第23話 はじまりの夜-2
月灯りが照らす廊下。
学園の全てが青白く染まり、見慣れた風景もなんだか別世界の様で。
もしかしてここは夢の中では?そんな錯覚させ覚えてしまう。
普段ならば夢想から現実へと戻してくれる友人達の声も今は無い。
私も友人達も列の一部となり、青白い世界を無言で歩き続けているから。
別に会話する事を禁じられている訳では無い。
歩き続けるうちに会話が止まり、そのまま皆無言になってしまった。
会話が続かない理由はただ一つ、皆不安だから。
私達は今『召喚の間』へと向かっている。向かっているのだけど、そこへ辿りついた時の事を考えると不安になってしまう。
ちなみに『召喚の間』とは異界の存在を呼び出す儀式を行う部屋で、何を呼び出し何をするかは術者それぞれで様々。
精霊や幻獣を呼び出し『使い魔』にする事もあれば、『高位存在』を呼び出し知識や術を得る事もあるらしい。
私達の目的は言うまでも無く、魔王を対話し契約するため。
教室での説明で、契約の儀式に不安を抱く必要が無い事はわかったけれど。
それでもやはり落ち着かない。
こう言う時はせめて何か会話をして、気分を紛らわせたい。
なのに、その会話が産まれない。
そうなるとますます落ち着かない。はぁ、誰かの声が欲しい。
「…シルファの髪って月灯りに映えるわね……」
そうそうこんな風に。
やはりコロネは一味違う、空気を変えてくれるのは彼女しか……
「え…?」
私の口から驚きの声が出たのは、声の主がコロネでは無く予想外の人物の物と気付いたから。
これはコロネの声じゃない、でも知ってる子の声。
「わ、私、変な事を言ってしまったかしら…?」
「ううん、そうじゃない、そうじゃないの…ありがとうルキア」
声の主の方へと振り向けば、ルキアが指と指を合わせ俯いていた。彼女のあんな姿を見ていると、なんだか私まで恥ずかしくなってしまう。
そう、声の主はルキア、間違い無くルキアだ。思い込みだけで聞き間違えるはずの無い声を勘違いしてしまった。
「なになに?何か面白い事でもあったの?」
これは間違いなくコロネの声。私の肩に彼女の顎が乗ってるし間違え様が無い。
でも、彼女の声を聞くとなんだか安心感の様な物をを覚えてしまう。
それはルキアも同じなのか、私とルキアの口から小さな笑い声が零れ出した。
「二人とも何?何?ねぇ、教えてよー」
そんな私達を見て、ぽかんした表情になるコロネが可愛くもあったり。
………
……
…
再び無言の時間が続いている。
私達の会話を切欠に雑談をする子達が増えたけれど、それも一時の事。
会話はすぐに途切れはじめ。みな直ぐにまた無言になってしまった。
あれから変わった事と言えば階段を降りた事くらいで、目的地となる『召喚の間』にはまだ到着していない。
長く歩いた気がするけれど、今何時だろう?
溜息混じりの呼吸をしながらふと思う。
だからいつもの様に懐中時計を見ようと胸元に手を伸ばすのだけど……
「あ……」
胸に触れた手が止まる。そこにあるはずの懐中時計が無い。
正しくは私があると思い込んでいただけ。
私が今着ているのは儀式用の装束、衣嚢の類は付いていない。
だから懐中時計は教室に置いて来てしまった。
ちなみに本来なら『召喚の間』で着替えを含めた準備をするらしい。
でも、今宵は契約の儀式で使う生徒の数が多い、だから教室で着替えをする事に。
それに、貴重品等を管理するにもその方が都合良いとか?
とにかく、時計が無ければ時間を確認する事ができない。
確認できないとわかると余計に落ち着かない。
お姉さまと話がしたい……
お姉さまと話せば単純な私は直ぐに落ち着くのに。
そんな事を思う私の視界の片隅で黒が月灯りに煌めいた。
お姉さま、お姉さまの黒髪だ。
召喚の間へと向かう私達を導く様に、列の先頭をお姉さまが歩いている。
でも、私から見えるのはお姉さまの後ろ姿。
隣に行って話がしたいけれど、列を乱す訳にはいかないし。今は我慢する。
ああ、またしたくても出来ない事が増えてしまった。
せめてこちらに振り向いてくれないかな?
『お姉さまこっちを向いて、こっちを向いてください……』
なんて念を送ってみたり。魔王との契約はまだだけど。
思念を送るくらいなら出来る…はず。
お姉さまの反応は。
無い。
お姉さまは先からと変わらず前を向いたまま歩き続けている
でも、代わりに金の髪が揺れ、そして瞳がこちらへと振り向いた。
「………」
「………」
ライラだ。僅かに振り向いたライラと視線が合った。
薄暗い青白い光の中だけど、はっきりとライラの瞳が見える。
青緑石の瞳はいつもより深い色、夜の湖の色。
でも彼女が歩いているのは私よりも五人ほど前。
そんな離れた位置に居る者同士で言葉を交わし合えるはずも無く。
ライラは無言のまま、再び前を向いてしまった。
仕方が無いよね、ただでさえ周囲が無言なのに。
離れた者同士で会話なんてしたら目立つし、なにより恥ずかしい。
それに、ライラとはまだまだ距離が縮まっていないから。
距離が縮まっていない。そう、ライラとの距離はまだ縮まっていない。
思い出すのは昨晩の出来事……
…
……
………
「皆さま…服との良い出会いをなされて、なによりです……」
「うんうん、なによりなにより…へふっ」
凛と姿勢を正したシロノさんが丁寧に頭を垂れ、その隣ではクロノさんが納得した様にコクコクと頷いている。
あ、シロノさんに頭を押されました。くきょっと曲がるクロノさんの腰。大丈夫かな……
二人が頭を垂れる先には私達三人。私とコロネそしてライラの三人。
それぞれの腕の中には、装飾文字で『フロイライン』と印刷された紙袋が抱き締められている。
中身は勿論、この店で購入した儀式用の装束。私達は無事、自分の身体に合う装束を購入する事が出来た。
魔絹の装束は若干お高めの値段だったけど。
嬉しい事に、学園の方から店に補助金が出ていると言う事で、学生割引その他ものろもろ合わせお手頃な値段で購入する事ができました。
ちなみに私達が街中で使えるお金は学園からのお小遣い制なのだけど、それについてはまたいずれ詳しく。
ともあれ、装束は購入出来たし、急ぎ足で帰れば寮の門限にも間に合うはず。
シロノさんとクロノさんにお礼の挨拶をすると、私達は店を出て一緒に帰路へ。
…と思っていたら。
「私はこちらから戻りますので、お二人ともごきげんよう……」
ライラはそう言うと、金の縦ロールを揺らしながら、私達が来た道とは異なる方へと向かってしまった。
確かに三人とも別々の道からこの店へ辿りついたけれど。同じ店で買い物をした者同士だし一緒に帰るくらいしても……
やはり彼女との距離はまだ縮まっていないみたいです。はぁ、また溜息が出てしまいます。
「あの子にも思う所はあるんだよ。だからさ私達は私達で帰ろ?」
なんてコロネはいつもの調子で言うけれど、やはり簡単には割り切れない物で。歩き去って行くライラの背からは目を離せず。
思い切って声をかけるべきなのか、別の機会を見つけるべきなのか。
考えても考えても答えは出て来ない。
「もう、シルファ行こうよ!門限に間に合わないよ?」
「う、うん……」
そんな私をコロネが急かす。
「シルフぁ~」
うん、わかった。でも……
「…ルファ、シルファ…前!前ぶつかる!」
コロネが私の名を呼び続ける。う、うん?あれ?
「え?」
聞こえたのは夢想の中の彼女では無く現実の彼女の声。
その声で私は慌てて足を止めた、気付けば前を歩く生徒にぶつかる直前だった。
「…?」
「あはは…ふぅ」
その前の子は振り向いて不思議そうな顔をしていたけれど、私は笑って誤魔化すしかありませんでした。
ともあれ、ほっと息を吐きつつコロネの方へ向けば、良い笑顔の彼女が居ました。
「シルファは相変わらずだねぇ?やっと召喚の間に着いたみたいだよ?」
「あはは…申し訳ない事です……」
もう恥ずかしくて、乾いた笑いを返すしかないです。
なにはともあれ、コロネに促され前へと視線をやれば、そこには他の教室の物とは異なる金属製の扉があった。
独特の雰囲気を醸し出すその扉は、未熟な使い手である私達にも分かるほどに強い魔法の力を発している。
この扉の向こうにあるんだ、儀式を行うための魔法の舞台が。
そして私達はそこで魔王と契約するんだ……
ここまで読んでいただきありがとうございますです。




