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雀さん、ちゅんちゅん

 翌朝、雀の鳴き声で目を覚ます。ちゅんちゅんと可愛らしい鳴き声を漏らす小鳥たちに挨拶をするため、窓を開ける。先ほど生まれたばかりの光は優しくエリザベートを包み込む。


「おはようございます、雀さんたち」


 無論、雀は返事をしないがそれでも彼ら彼女らはエリザベートに反応してくれているような気がした。


「今日からしばらくこのお屋敷を離れます。北方の都市、エルリュートに向かうんです」


 エルリュートにも雀はいるだろうか。そのような疑問を抱きながら深呼吸をする。


「ふう、学院にやってきてから移動が増えましたね」


 学院にやってくる前のエリザベートは隠れてダンジョンに潜る以外、外に出ることのない引き籠もりであった。ゆえに移動することは滅多になかった。


「旅というのはなかなか楽しいです」


 先日の保養所の小旅行を思い出す。


 そんな呑気な気持ちで馬車に乗ってカレンの住まう寮へ向かう。


 カレンはマクスウェル家の馬車を見ると「まあ」と驚いた。


「こんな豪勢な馬車に乗ってもいいんですか」


「もちろんです」


「私、王都にやってくるときもその前も乗合馬車にしか乗ったことがありません」


「ふふふ、マクスウェル家の馬車はバーカウンターもあるんですよ」


 エリザベートは飲まないが、蒸留酒などが常備された一画がある。そこには黒猫のルナ用に「チュール」が常備されていた。


 黒猫のルナはそれをペロペロと舐めている。


「ルナさん、こんにちは」


『にゃあ』


 チュールを舐めるのに忙しいルナは適当に挨拶をするが、彼の横にひょこんと飛び出すのは緑色の獣だった。カレンの使い魔であるカーバンクルのカーくんである。ルナはチュールを取られまいと警戒するが、カーバンクルは木の実しか食べない草食性の生き物であった。ルナは『幻獣は言葉が通じないから苦手にゃんだよね』と言うが、長い旅になるので使い魔同士でもなかよくしてほしかった。


『それはこの緑の毛だるまに言ってよね』


 ちゅーるに興味津々のカーバンクルを『ふにゃー』と遠ざけながらルナは邪険そうに言った。まあ、ルナは意地悪ではないので時間がたてば仲良しさんになるだろう。そのような憶測のもと、カレンとガールズトークに花を咲かせる。


「王立学院にきて驚いたのは学院生の半分が男子だと言うことです。私が育った修道院ではありえない光景です」


「それはわたしも同じです。マクスウェル家では女性の使用人のほうが多かったですし、同じ年頃の男子と一緒に勉強するのは不思議な光景です」


「男子はがさつな人が多いですね」


「そうですね。女子のような繊細さがありません」


『それを君が言うかな』 


 ルナが差し出口を挟んでくるので二本目のチュールを開ける。


『にゃん♪』と膝の上にやってくるルナをなで回す。


「しかし、男女混合で勉強をするのは楽しいです。知っていますか? 騎士科のヴァイオレッタさんは聖職科のレゴスさんと付き合っているんですよ」


「本当ですか?」


 小さい口をあんぐりと開け驚くカレン。


「聖職科って将来神官や聖職者になるんですよね。女子とお付き合いしてもいいのでしょうか」


「よくないと思うけど、きっと愛は止められないんですよ」


 エリザベートは本の虫である。読みあさる本の中には恋愛小説もあるが、恋愛というのはなかなか楽しいものらしい。カレンとエリザベートはいまだ恋というものを知らないが、そのうちに経験するのだろうか。


「エリザベートさんはともかく、私は駄目ですよ」


「どうしてですか? カレンさんは学校の人気者です」


「私は聖女ですよ。聖女が恋愛をしたら聖女でなくなってしまいます」


「そうなんですか」


「はい。星教会の教義にも書かれています」


『星教会の偉い人は処女厨なんだね』


 ルナはそのように言うが、聖女というやつは生涯、結婚できないのであろうか。エリザベートは結婚に興味がないが、他人に強制されて結婚しないのと自主的にしないのとでは天地ほどの差があった。


「カレンさんはそれでいいのですか?」


「いいもなにもこの腕に聖痕が現れて以来、覚悟しています」


 カレンはにこりと手の甲にある聖痕を見せる。聖女にのみ現れるという聖なる痣がそこにあった。


「わたしは八歳の時に家族を流行病で亡くしました。そして教会の孤児院で育つのですが、一二歳のときにこの聖痕が現れたんです」


「――聖女の証」


「そうですね。数十年に一度しか現れないという聖女の証です。平和な時代に生まれれば教会の奥に鎮座してお祈りを捧げればいいのですが、今はそうはいきません」


「そうですね。魔王が復活します」


「しかも星教会は保守的で閉鎖的なので自らが主導権を握りたいようです」


「そうですね」


 仮に魔王が復活するにしても聖女様が主導し、魔王を打ち払うというのが星教会が思い描く未来図なのだろう。そこにレベル九九のカンスト令嬢が干渉するのは好ましくないらしい。


「私はエリザベートさんの強さ、人柄を知っていますが、星教会の偉い人たちはそれを知りません。エリザベートさんが魔王を倒す(キー)だと分からないのです」


「それを知らしめるために星教会の聖地に向かっているんですよね」


「そうですね」


 と相づちを打つと最初の宿場町にさしかかる。星教会の聖地エルリュートは王都の街道を北上すれば自然と到着する。道中、宿場町があるのでベッドには困らないかもしれない。


「それでも夏休みは有限ですから、なるべく急いで移動しましょう」


 とはカレンの言葉であった。たしかに転校騒動にかまけてばかりいると宿題をやり損ねて落第しかねない。風の騎士ルクスにアサガオの観察日記を委託しているが、彼の脳天気な性格を考えると枯らせてしまう可能性も多々あった。またエリザベートは数学の宿題が苦手なのでなるべく時間をかけて取り組みたかった。


「あら、エリザベートさんは数学が苦手なんですか?」


「はい。歴史や国語は得意なんですが」


「数学は理知的でスマートな考え方が必要ですからね」


「カレンさんは得意なんですか?」


「苦手です」


 くすりと笑うとカレンは鞄の中から数学の宿題を取り出す。


「宿場町に着いたら一緒に宿題をやりましょう」


「そうですね。苦手なこともふたりでやれば千人力です」


「三人集まれば文殊の知恵、ふたりと二匹が集えば知の女神ミネルヴァです」


 謎のことわざを口にするとカレンとエリザベートは宿場町に向かう。女子同士なので同部屋だ。そこでふたりと二匹で数学の宿題を行うが、猫のルナとカーバンクルのカーくんは全く役に立たなかったと明記しておこうか。


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