閑話─肖像画
最終話です
結婚式の前日。
アルベルトとレティは御成婚記念の2人の肖像画を書いて貰っていた。
この肖像画の顔を元に、色んな姿絵が世に出回る事になる。
白馬に乗ったアルベルトの姿絵も、世に出ている肖像画の顔を元に、絵師達がその勇姿を見てサラサラと書いた絵なのであった。
本格的な肖像画を描いて貰う事はレティにとっては初めての事。
勿論、小さい頃の姿絵は何枚かは書いて貰った事はあるが。
アルベルトと婚約した時にはまだ学生だからと言う事もあり、レティの姿はシークレットにして貰っていた。
そのせいかレティの顔を一目見ようと、公爵邸の前でパパラッチに張り込まれたり、皇宮に忍び込む者までいたのだとと言う。
それは……
ある理由から、公爵令嬢の顔は目と目の間が離れていると言う噂が広まったからなのだが。
「 妃殿下にはお初にお目に掛かります。あたしの事はエンジェルと呼んで下さい。さあ!殿下も妃殿下ももっと頬を寄せ合って下さい 」
レティは皇宮では既に妃殿下と呼ばれていて、呼び慣れない敬称にドギマギしている。
アルベルトはもうそれだけで上機嫌だ。
爺達からは、何故か初めて会った時から妃様と呼ばれているが。
「 殿下! 妃殿下にキスをしようとしないで下さい 」
「 妃殿下はそんな嫌そうな顔をしないで! 」
やがて絵師からどんどん注文が入り出し、絵を書かれるのってやっ張り面倒くさいて思っていると……
「 殿下、この腕はこちらに……このお美しいお顔はこの角度で…… 」
この絵師はやたらとアルベルトにベタベタと触りだした。
その美しい顎に手をやり……
クイッと上げたりするその手つきが何だか妖しげで。
何だこいつ?
レティはこの絵師の所為が気になった。
しかし……
それよりももっと気になっている事があった。
駄目だわ。
もー我慢出来無いわ!
「 貴方……ゴンゾーね!? 」
「 えっ!? アタシはゴンゾーではありませんが? 」
絵師はアルベルトを触っていた手を止めて、ジーと見つめて来るレティから顔を背けた。
ゴンゾーとはレティのダンスレッスンの講師の事。
この絵師はどうみてもゴンゾーにしか見えない。
「 どう見てもゴンゾーだわ 」
「 !? ……ゴンゾーは私の弟でござます!」
「 やっぱりゴンゾーなのね? 」
「 だから……ゴンゾーは弟ですってば! 」
こうなったらレティはしつこい。
絵師がアルベルトに助けを求めても……
ラブラブモード全開の皇子様は、彼女を蕩ける様に見つめているだけで話にならない。
夜はずっとレティが公爵邸に帰っている事から、レティが恋しいアルベルトは、目の前にある可愛い頬にやたらとキスをしたくてたまらない。
結局絵師は……
レティに『 ギンジ 』と呼ばれる事になった。
ゴンゾー2と呼ばれるよりはマシだと言って。
ギンジはレティの愛読書である『魔法使いと拷問部屋 5』に出てくるゴンゾーの兄だからと言って、そう名付けたのだが。
そもそもゴンゾーにはちゃんと本名があるのだが。
初めて会った時に『 フェアリー 』と呼べなどとふざけた事を言うから、どうせならと言ってレティに妙な名前を付けられたと言う。
『 エンジェル 』と呼べと言うギンジも同罪だ。
その後……
何度も動かない様に注意をされて、何度も違うパターンのポーズを取らされたりと、かなり大変な目にあいながらも大体のデッサンが終わった。
仕上がりまでは何度も通わなければならないが。
「 殿下、妃殿下! お時間です 」
その時間を知っていたかの様にクラウドが、次の予定がある事を伝えて来た。
部屋から出ようとしてアルベルトはレティと手を繋ごうとするが、レティがモジモジと掌を合わせて何かを言いたそうにしている。
「 レティ? 何か気になる事があるの? 」
アルベルトが腰を折ってレティの顔を覗き込む。
好き。
何度見てもこのなあにの顔が好き過ぎる。
「 アル……あのね……壁に凭れてるアルの姿絵を書いて貰って欲しいの…… 」
「 ?……どうして壁に凭れてる所なんだ? 」
「 ……カッコ良いから…… 」
自分で言ってキャッと顔を両手で隠す。
皇子様ファンクラブの皆にあのカッコ良さを見せて共有したい。
来国しているアンソニー王太子にそのカッコ良さを話すと、是非とも書いて貰ってくれと頼まれた事もあって。
「 そう? じゃあ、壁に凭れている姿を書かせるよ 」
横顔の姿絵に続いて……
何だかまたまた変なおねだりをされたが。
レティにカッコ良いと言われたら喜んでしまう。
誰もが欲する世界一美しい皇子様は、大好きな婚約者にキャアキャア言って貰う事に何時も一生懸命だ。
それを横で聞いていたギンジは大喜び。
「 勿論お引き受けしますわ!アタシ……殿下と2人っきりで部屋にいるとドキドキしちゃうのよね 」
あの美しい横顔を描いた時は……
とっても官能的な時間だったわとうっとりとして。
あの、横顔の姿絵を書いたのはギンジ。
そして……
ギンジもオネエだった。
ゴンゾーはレティからゴンゾーと名付けられてからはダンス講師の依頼が増えたと喜んでいた。
インパクトのある名前が功を奏したのだと言って。
ギンジもやがて肖像画の依頼が増えるのだった。
名前は大事なのである。
***
この日の少しの空き時間に……
皇宮にある歴代の皇帝達の肖像画が飾ってある部屋に、レティはアルベルトに案内をして貰っていた。
その部屋は『 皇家の間 』と呼ばれている。
その『 皇家の間 』の豪華な扉を開けるとこれまた豪華な部屋が現れた。
天井には大広間にある程のシャンデリアに、白い壁には素敵な飾りライトが設置されている。
こんな広い部屋もあるなんて、皇宮ってどんだけ広いのか。
皇太子宮は隅々まで案内されたが皇宮はまだ隅々まで案内された事は無くて。
結婚してからちゃんと案内するよとアルベルトは言っていたが。
そこには当然ながら歴代の皇帝や皇后の肖像画が飾られていて。
その威圧感は凄い。
レティは部屋に入ると直ぐにカーテシーをした。
そんなレティを見てアルベルトはクスリと笑う。
「 では私の妃殿……私の祖先に挨拶をしよう 」
そう言ってレティに手を差し出した。
何時か墓にも挨拶に行こうと言って。
部屋を見渡すレティの目はずっと見開いたままで、キョロキョロと顔を動かすので忙しい。
アルベルトと繋いだ手を離してレティは部屋の中を歩き回る。
あちらこちらにトコトコと。
アルベルトはそんなレティを甘い甘い顔で眺めている。
レティが可愛くて仕方無いのだ。
流石はアルのルーツ。
皆が美形。
その誰もが何気に無くアルと似ているけれども。
だけど……
やっぱり私のアルが一番だわ。
世界の王子様ランキングでナンバー1のアルベルトは、歴代の皇族の中でもナンバー1だった。
嫁の贔屓目では無く。
そして……
絵の下に書かれている妃の名前を見てると……
ここにある絵の全てが正妃だけであると分かる。
側妃の名は決して世に残される事は無いのだ。
お妃教育で、歴代の皇帝には側妃がいたと聞かされた。
いないのは現皇帝陛下だけだとも。
勿論、それぞれの時代に色んな諸事情があるのだろうが。
皇帝にどんなに愛され様とも、側妃はただの愛人でしか無い。
正妃と側妃。
そこにはどろどろの愛憎劇が起こる筈だとレティは改めて思うのだった。
私も……
そうなる所だったのね。
完全犯罪にはあの毒よりもあれの方が……
……と、悪い顔をしながら極悪な事を熱心に考えていると……
「 僕達の肖像画はこの横に飾られる事になる 」
アルベルトの素敵な声が部屋に響いた。
心臓が飛び出る程に驚いたレティがアルベルトを見ると、おいでと手招きをしていて。
レティは慌ててアルベルトの側まで駆けて行く。
カツカツカツとレティの走るブーツの音だけが鳴り響くのが面白い。
本当に静かな部屋だ。
「 そんなに慌てなくても大丈夫だよ 」
そう言って笑うアルベルトが見ている場所は、ロナウド皇帝とシルビア皇后の結婚式当時の肖像画が飾ってあった。
この肖像画は世に出回っている肖像画だから、レティも見たことがある馴染みの肖像画だ。
その横には、陛下が皇太子の時や即位をした時の肖像画が何枚も飾られている。
そして……
両陛下とアルベルト皇子のスリーショットの肖像画があった。
「 これは何時の時? 」
「 7歳の時かな…… 」
シルフィード帝国でも男女共に7歳になった時にお祝いをする風習がある。
うわーっ!
私が持ってる10歳の頃のあの姿絵よりも幼い皇子様だわ。
小さいアルは可愛い。
お姫様みたいに美しい。
いや、お姫様でもこんなに美しくは無いだろう。
最早神。
レベルが違うのである。
アルベルト皇子がロナウド皇帝の膝の上に座って、その横にいるシルフィード皇后がアルベルト皇子の手と繋いでる絵だ。
「 これを書いて貰ってる時……嬉しかったんだ 」
5歳から独りで皇太子宮で暮らさなければならなくなった皇子が、両陛下と会うのは朝食の時だけだったのだとアルベルトは言う。
公務で朝から出掛ける日が多かったとも。
先の皇帝の突然の死は、幼い皇子を孤独にした。
「 母上に手を握って貰うのも、父上の膝の上に乗るのも嬉しくて…… 」
絵を書いて貰ってる時が楽しみだったと言うアルベルトがあまりにも寂しそうで。
レティはアルベルトの腰に手を回した。
「 これからは私がいるわ 」
「 うん……君がいる 」
アルベルトはレティをギュッと抱き締めた。
レティの頭に暖かい頬が寄せられた。
独りが寂しい気持ちは私にも分かる。
私も領地で月の半分は独りだったから。
だけど……
アルはずっと独りだったのよね。
レティは……
アルベルトの胸に顔を埋めてトントンと彼の背中を叩いた。
何だか泣きそうになる。
「 レティ…… 」
頭上から声が降って来た。
レティお母さんが、なぁにと見上げると、アルベルトの顔が近付いて来た。
綺麗なアイスブルーの瞳を細くしながら顔を傾けて来て。
えっ!?キスをするつもり!?
今は母親の気分なのに。
「 待って! 皆が見てるのに! 」
肖像画の皇帝達の両目がこっちを見ている。
何だか親戚中から見られている様で恥ずかしい。
肖像画って不思議と目が合うのよ。
「 僕の先祖達に僕達の仲良しを見て貰おう…… 」
アルベルトはそう言いながら……
逃げない様にとレティの腰に素早く手を回した。
そして腰を折り……
見上げているレティの頬に手をやり、その赤い唇に唇を寄せた。
体躯の良いアルベルトにガッチリとホールドされては動けない。
観念した小さなレティはつま先立ちになり、アルベルトの首に手を回して口付けを受け入れて。
私達を見ているのは肖像画だ。
まあ良いかと思って。
翌日の結婚式後のバルコニーで……
大勢の帝国民達が見ている前でアルベルトから口付けをされる事になろうとは……
シルフィード帝国の国民達に訪れる幸せな瞬間は、明日である。
この閑話で最終話です。
また、ひょっこりと書く事もあるかも知れませんが。
その時は宜しくお願いします。
少しでも面白かったと思って頂けましたら、ブックマークや五ツ星を押して応援して頂けると嬉しいです。
長きに渡り読んで頂き有り難うございました。
PS.新作を更新しております。
そちらも読んで頂けたら嬉しいです。