閑話─唯一無二への軌跡
何故レティだったのだろう。
何故彼女が3度も同じ時間を繰り返す事になったのだろうか?
それがアルベルトの最大の謎だった。
勿論、レティも何故自分だったのかは分からないと言う。
それは……
もう何度も2人で話して来た事で。
訳が分からないが故に……
その奇妙なループの話を、アルベルトが信じてくれた事が何よりも嬉しいとレティは言った。
アルベルトは、レティがループをしていた理由を、彼女の持つ能力を引き出す為だったのでは無いかと考えていた。
レティの3度の人生での経験が、彼女の能力を引き出す為に必要だった。
しかしそれは……
小さなレティに背負わすには、あまりにも酷な事だと思わずにはいられない。
我が国を救う為にそんなループをさせる必要があるのなら、皇太子である自分であるべきだったと思うのだった。
そう……
彼が毎夜レティを抱き締めて寝ていたのには理由があった。
己の理性と戦いながらも。
レティは寝てる時に魘されている事が多々あると言う事を、入内時に公爵家の彼女の侍女が皇太子宮の侍女長のモニカに話してくれたと言う。
学園を卒業してからは特にあるのだと。
それ程までにレティは死の恐怖と戦っていた。
だから……
少しでも彼女が安心して眠れる様にと抱き締めて眠っていたのである。
何時からか……
アルベルト自身も、レティを抱き締めていないと眠れなくなっていたが。
それだけの苦しみをさせてまで、レティの中にある潜在能力を開花させる必要があったとしたら。
レティは魔力使いの操り師だ。
魔力使いに魔力を供給するヒーラの能力と、魔力を消し去る事が出来る能力の2つの能力を持っている。
ヒーラの存在は過去にもあったと言われている。
あのサハルーン帝国にいたと文献に残されていて。
しかし……
魔力を消し去る能力者がいた事などは何処にも記載されてはいなかった。
レティの1度目の人生は商人であり、2度目の人生は医師で3度度目の人生は騎士。
その経験から……
誰かを守りたいと強く願う想いがレティに備わって行ったのだ。
そして……
この4度目の人生は薬学研究員だが、商人であり医師であり騎士でもあった。
そんな彼女が魔力使いのアルベルトと出会い、アルベルトを守りたいと言う強い想いが、レティの中にあった潜在能力を引き出したのだと。
魔力使いは本当に稀有な存在で。
何故その様な能力が備わるのかの解明はされてはいない。
なろうとしてなれるものでも無く、弱い魔力ならば本人さえも自分に魔力がある事に気付かない場合もある。
また、歳がいけば魔力は次第に衰えて行く。
魔力使いの魔力は身体の中にある熱。
その熱は若い時にだけ現れるのだと言う。
シルフィード帝国に登録されている魔力使いの数は僅か12名しかいない。
彼等は本当に貴重な存在なのである。
よって魔力使いは国の宝として扱われる事になるが、実は人々にとっては危険な存在として認識されていて、忌み嫌われる存在でもあった。
戦争時には……
兵器として彼等は最前線に立たされた程の、殺傷能力のある魔力を持つ事を考えたら当然で。
だからこそ国が保護して管理下に置いているのだが。
神が……
魔獣に対抗する為に浄化の魔力を持つ者をこの世に出現させた。
それと同様に……
恐ろしい魔力使いに対抗する能力者を出現させたのだとすれば。
それがレティだったのである。
タシアン王国の国王だった災いの魔力使いのザガードと、彼の愛人とされる魅了の魔力使いのドレインが企んだ世界征服。
魔力使いによって世界が滅ぼされる前に……
どうしてもレティの持つ能力を引き出さなければならなかったのだ。
アルベルトは……
パレードの時からずっとその事を考えていた。
戸惑いながらも民衆に一生懸命手を振るレティを見ながら。
レティの3度のループの軌跡は……
彼女が魔力使いの操り師になる為に必要なプロセスだったのだと。
***
世界では色んな事が起きていた。
魅了の魔術師兄妹の所為で、王太子が廃太子にまでなったナレアニア王国。
ドラゴンの襲撃で壊滅しかけたサハルーン帝国。
隣国タシアン王国との事に関しては、ロナウド皇帝の怒りは凄まじく……
戦争突入寸前だった。
そしてそんな国々の中に置いて、我が国は磐石だと思っていた。
だけど……
聖女の出現がその磐石な筈の我が国を揺らがした。
二百年振りに現れた魔獣を浄化する魔力を持った聖女なのだから、舞い上がってしまったのも仕方の無い事なのだが。
昔ならば……
聖女を自国のものにする必要があった。
その為にも皇帝か皇太子の妃にしたのも納得が出来る話だ。
しかし今は……
魔道具の発達により船が大きく改良され、世界中を行き来出来る時代になった。
現に……
聖女誕生の事は知っているのに、どの国も差程欲しがりはしなかった。
あの……
サハルーン帝国のジャファルでさえも。
寧ろ……
彼はレティを欲しがっていて。
ローランド国のウィリアムも同様だ。
聖女に対しては……
自国に来て貰い、浄化をしてくれたら良いと言う考えがあるだけで。
反対にシルフィード帝国は……
過去の慣例を遵守する事に拘り過ぎた結果、皇太子が婚約破棄をされると言う前代未聞の茶番を引き起こした。
今回の騒ぎは、大国シルフィード帝国の恥ずかしい歴史になったのだった。
しかし世界から笑われずに済んだのは……
引き出物として贈られるミニ聖杯があったからで。
これには各国の王太子が多いに喜んだ。
自国の神器である聖杯を改良してでも、他国の為に聖杯を作ったシルフィード皇帝の懐の深さに感嘆し、そして大層感謝したのであった。
「 父上が泣いて喜びます。いや、我が国の皆が皇帝陛下に感謝するでしょう 」と言って。
シルフィード帝国は……
レティの所為のお陰で面子を保つ事が出来たのである。
ミレニアム公国とて、初めからこんなつもりでは無かったに違いない。
初めの対応を誤ったが為に調子に乗らせてしまったのだ。
シルフィード帝国とミレニアム公国は、持ちつ持たれつの関係で上手くやって来ていた筈だった。
しかし……
上手くやって来たと思っていたのは我が国だけで、シルフィード帝国の属国であるミレニアム公国としては、我が国に対して長年に渡る不満があったのかも知れない。
国と国の関係性の難しさを……
アルベルトはまた1つ学んだのだった。
いや、学んだのはアルベルトだけでは無かった。
シルフィード帝国の要人達のその心ない所為が、優秀な皇太子妃を永久に失う所だったのだ。
これは国としての損失になる事には間違い無かった。
それよりも……
皇太子の記憶が戻った時に最愛の彼女がいないとなれば、その時彼はどうなるのかを考えたら……
今更ながらに、ロナウド皇帝を始め重鎮達は肝を冷やすのだった。
それにしても……
このウォリウォール兄妹の凄さに皆は感嘆した。
我が国はその事を進言したこの2人に救われたのだと。
ウォリウォール家は……
代々シルフィードに仕えて来た皇族にとっては無くてはならない存在だと言う事を、皆は改めて認識したのだった。
アルベルトは元々自分の御代には少しも不安が無かった。
それは……
三大貴族の嫡男のラウル、エドガー、レオナルドがいるからで。
今回も……
記憶が失った自分を、彼等はしっかりと守ってくれて支えてくれたのだ。
そして……
自分には頼もしい妃が出来た。
世界で最も愛しい彼女が俺の妃となって、俺の横に並び立ち帝国民達から祝福を受けている。
ずっとこの日が来るのを待っていた。
レティを世界一の幸せな花嫁にする為に……
気が遠くなる程に己の欲を押さえ込んで来たのだ。
貴族席を見れば……
ラウルが泣いている横で、エドガーとレオナルドがレティとキスをしろと指で合図をして来ていて。
レティはそれに気付いていない様で、ずっと2人を見ている。
民衆達もそれを望んでいるのだろう。
あちこちからキスキスと言う声が聞こえて来て。
「 レティ 」
そう呼ぶ声も民衆の大歓声にかき消されてレティは気付かない。
アルベルトはレティの肩を抱き寄せ、驚いて真ん丸い瞳をして見上げて来るレティに顔を近付けた。
本当に……
何て可愛らしいのだろう。
「 レティ……愛してる 」
アルベルトはそう言いながらレティの唇に唇を重ねた。
こんな大勢の国民の前での突然のキス。
この後、レティがどんな顔をして怒るのだろうと考えると楽しくて仕方が無い。
彼女は世界で唯一無二の存在。
そして……
唯一無二の僕だけの妃。
今夜君は……
僕のものになる。
本編は完結しましたが……
書き足りなかった話を何話か更新する予定ですので、宜しくお願いします。
読んで頂き有り難うございます。




