エピローグ─最強の皇太子妃
最終話です。
6月吉日。
朝から晴れ渡ったこの日は、シルフィード帝国のアルベルト皇太子殿下と、ウォリウォール公爵家のリティエラ嬢の結婚式が執り行われる。
何処までも広がる青い空には、花火がパンパンと絶え間なく上がり、シルフィード帝国の国民達は最高の瞬間を一目見ようと、地方からもどんどんと人が集まって来ていた。
中には何日も前からパレードが行われる沿道に陣取っている者もいて。
この日から1週間に渡り、皇室からは祝い酒が振る舞われ、紫のリボンで小さな花を形取った栞が配られる。
この栞がどんな意味を持つのかは、続編として出版される『 皇太子殿下御成婚物語 』の本を読んだ者達が知る事になるのだが。
御成婚記念のコインや2人の姿絵などの予約も始まり、シルフィード帝国はお祭りモード一色だ。
結婚式は大聖堂で行われる。
聖女誕生のパレードの時に現れたガーゴイルが、この大聖堂の鐘を目掛けて飛んで行った事は記憶に新しい。
御成婚の日が近付き、結婚式が行われるこの大聖堂が注目される様になると……
あの日、皇宮に掛かる橋の欄干の上に立ち、ガーゴイルを鏡で誘導していた勇敢な公爵令嬢がいた事を帝国民達は思い出していた。
レティの人気は高まるばかりだった。
***
両陛下や王族が席に着いた事を知らされたアルベルトが、レティのいる控え室に迎えに来た。
シルフィード帝国の結婚式では、挙式をする2人が並んでバージンロードを歩く。
大聖堂の真ん中に敷かれた真っ白い絨毯の上を、これから夫婦となる2人が手を取り合って歩んで行く姿を見届けて貰う様にと。
開けられたドアから現れたアルベルトは、背凭れの無い椅子に座るレティに惚けている。
純白のウェディングドレスはレティのデザインで、レティの店のお針子達の力作だ。
光沢のある絹のドレープタップリのドレスは後ろの裾が長く、そのシルエットが美しいデザインになっている。
レティの頭には……
皇太子妃のみが被る事の出来るティアラがキラキラと輝いていて。
髪はアップにしている事から、真っ白な首筋が露になっていて、とても艶かしい。
アルベルトが出会った時のレティはまだ14歳。
21歳になったレティは……
匂い立つ程の美しい大人の女性に成長していた。
「 レティ……綺麗だ…… 」
「 有り難う……アルも……素敵よ…… 」
2人は暫く見つめあっていた。
アルベルトは真っ白な軍服の正装姿。
何時もなら……
マントの色は皇太子の色の赤なのだが、結婚式仕様で白いマントを肩から垂らしている。
腰には聖剣を帯剣していて。
前髪を後ろに撫で付けている事で形の良い眉毛が露になり、その色っぽさは半端ない。
そして……
アイスブルーの瞳は変わらずに美しい。
この類い稀な世界一の美丈夫が、シルフィード帝国の皇太子なのである。
レティは……
額を見せたアルベルトの顔に弱い。
婚約式の時はお神輿ワッショイ状態だったが為に、式典の記憶はあまり残ってはいない。
なのでこの結婚式には気合いを入れている。
しっかりと胸に刻もうとして。
この日を無事に迎える事を目標に……
ずっと頑張って来たのだから。
「 こんなに美しい君を……誰にもみせたく無い。僕だけのものにして閉じ込めておきたい……」
アルベルトはまるでうわ言の様に呟いて。
特にあの王子達には見せたくないなと言って、レティの手を掬いその指先に形の良い唇をつけた。
いやいや……
誰にも見せたく無いのはアルの方よ。
女共は秋波を送ってくるに決まってる。
男の色気がこんなにも駄々漏れしてるのだから。
レティの頭の中では……
今回も危うくお神輿ワッショイとなる所だった。
無理矢理蹴っ飛ばしたが。
「 殿下、妃殿下、お時間です 」
王族達が着席し、両陛下も席に着いたとクラウドの秘書官が告げて来た。
「 では、参りましょう。私達が夫婦となる誓いを立てる場所に…… 」
白い手袋をしたアルベルトの掌に、白い手袋をしたレティの手を乗せると、アルベルトは手の甲に唇を寄せた。
夫婦と言う言葉がくすぐったい。
大聖堂の大きな扉の前に立つと……
レティは……
緊張のあまり、思わずアルベルトの腕に回していた手を固くした。
この扉の向こうには……
沢山の王族や要人達がいる。
両陛下やお父様、お母様……
お兄様やエド、レオも。
アルベルトは緊張などした事が無いと言う。
両陛下もそうであると、以前にそれを聞いたレティが驚いた事がある。
彼等は生まれながらの王族。
国中の人々から注目をされながら生きて来た人達なのである。
そんな所からも、ただの貴族に過ぎないレティとは違う。
そう……
レティが公爵令嬢と言う大貴族であるのにも関わらずだ。
そんなレティの緊張を少しでも解す為にと、会場に入る前にはアルベルトは何時も気合いを入れる。
「 レティ、行くぞ! 」
「 はい 」
バーンと大きな扉が開けられると眩しい光を浴びた。
響き渡るパイプオルガンの美しい音色と共に、大きな拍手が沸き起こった。
ステンドグラスの天井から注がれる陽の光の中、大聖堂の中央に敷かれた真っ白な絨毯の上を、2人がゆっくりと歩いて行く。
右側には昨夜の宴で一緒だったジャファル皇太子や各国の王太子夫妻達が座り、左側には両陛下を初めシルフィード帝国の重鎮達が座っていて。
皆の嬉しそうな顔が2人に注がれていた。
大神官の待つ祭壇の前に2人で並び立った。
大神官の愛の教えの長い朗読。
2人の誓いの言葉。
そして……
指輪の交換。
リハーサル通りに粛々と式典は進んで行く。
レティの頭上には……
静かに受け答えをするアルベルトの少し低めの声があって。
『 皇子様は遠くから愛でるもの 』
皇子様ファンクラブの掟が、この時程正しいと思った事は無い。
自分の直ぐ横にいる皇子様。
目の前で甘い顔をして見つめてくる皇子様。
あまりにものカッコ良い姿と素敵な声の、結婚式仕様の皇子様に……
レティは何度も腰砕けになる所だった。
いや、腰砕けになる所だったのはレティだけでは無い。
ここにいる殆どの女性達(+アンソニー王太子)も同じ様なものだった。
大聖堂での結婚式には誓いのキスは無い。
台座の上に置かれてある誓約書にサインをすれば、結婚式は終わりとなる。
婚約式の時には2人でやらかしていた。
冷静になって考えれば……
顔から火が出る程に恥ずかしかったレティは、結婚式では誓いのキスは無いと聞いて安堵した。
リハーサルの時に……
キスをしようと迫って来たアルベルトは、神官から慌てて制止され、無いと聞かされて残念がっていたが。
あの婚約式の時のキスは……
帝国史上最も美しいキスシーンだと語り継がれていて、大人気の姿絵にまでなっている。
『 アルベルト・フォン・ラ・シルフィード 』とアルベルトが誓約書にサインをした後に、レティもサインをする。
『 リティエラ・ラ・ウォリウォール 』
ウォリウォールと書くのはこれが最後。
書き終えた時には少し涙が浮かんだ。
これで結婚式の終わりだと思いホッとした時に……
アルベルトが、徐に帯剣していた聖剣を抜いた。
「!? 」
2人の前にいた大神官は驚いて後退りし、会場はざわついた。
「 私は……たった今、私の妃となった妻に騎士の誓いを立てる 」
少し低くよく通る澄んだアルベルトの声が、大聖堂に響き渡った。
アルベルトがレティに聖剣を持つ様に促すと、レティは首を横に振りながら持てないと言う。
聖剣は皇帝陛下か皇太子殿下しか持つ事の出来ない神器である。
「 良いから僕の言うとおりにして 」
アルベルトはニッコリと笑いレティに聖剣を持たせた。
そして……
レティの前に跪いた。
騎士の誓い。
それは……
臣下である騎士が、自分の命を賭して仕える事を主君に誓う儀式である。
当然ながら主君であるアルベルトは誓われる方だ。
レティも……
3度目の騎士人生での騎士団の入団式の時には、皇太子殿下に騎士の誓いを立てた。
今生では、昨年にアルベルトにレティは騎士の誓いを立てている。
「 レティ、聖剣を僕の肩に当てて…… 」
「 ……… 」
レティはそっとアルベルトの肩に聖剣を当てた。
その時……
聖剣が輝いた。
聖剣がレティに共鳴しているのだろうとアルベルトは思った。
騎士団の入団式には、レティが見学に来ていた時にだけ聖剣が光るのだ。
勿論、自分の魔力は込めてはいない。
しかし同じ輝きでも……
今回は特別凄強い輝きを放っている。
この聖剣は……
聖女サリーナの浄化の魔力が新たに融合された聖剣。
聖剣の持つ浄化の魔力がより強くレティと共鳴していると考えられる。
レティはヒーラなのだから。
結婚式に出席をしているルーピン所長の瞳が輝いていた。
大聖堂にいる皆が息を飲んで2人を見つめていた。
黄金色の輝きが2人を包み込む。
それは……
何故か泣きたくなる様な優しい光。
「 私は……そなたの唯一無二の夫として、生涯そなたの傍でそなたと共に生き、この命ある限りそなたを愛し、そして守り抜く事を誓います 」
アルベルトは右手を心臓に当ててレティに頭を垂れた。
「 レティ? 」
何か言えとアルベルトは目で合図をすると、レティは下唇を噛んだ。
そして……
意を決して口を開いた。
「 私は……貴女の誓いを受け入れます。未来永劫……貴方は私の物。私だけを愛し、私だけを貴方の側に置いて……下さい 」
最後は涙声になった。
「 御意 」
アルベルトがそう言うと……
水を打った様に静かだった大聖堂に、ワッと声が上り割れんばかりの拍手が送られた。
「 アル……有り難う 」
レティの瞳からポロポロと涙が溢れ落ちる。
レティは騎士である。
その騎士に主君が跪き、そして騎士の誓いを立てたのである。
感動しない訳がない。
泣いているのはレティだけでは無い。
騎士の誓いを立てたこの場にいる護衛騎士達も泣いていた。
主君の崇高な姿に感動して。
勿論、今日はアルベルトの友人として式典に参加している騎士エドガーも泣いている。
騎士達は熱いのだ。
そして……
1番泣いていたのは、レティの父親である宰相ルーカスだった。
「 殿下は……ここまでレティの事を…… 」と言って。
横に座るローズよりも泣いていて。
前に座る両陛下も涙ぐんでいた。
アルベルトは側妃の話を終わりにしたかった。
側室制度を廃止しても尚、取り沙汰される問題に。
宰相として……
帝国の繁栄を願う事を優先して、それを言わなければならない立場のルーカスを……
その立場から解放してあげたかった事もあって。
辛い筈だ。
最愛の娘を悲しませる事をしなければならないのだから。
そして……
何よりもレティの為に。
記憶を失くしたからと言っても、レティを悲しませたのは自分なのだ。
レティを心から安心させてあげたかった。
聖剣を収めたアルベルトは、レティの頬に手を添え親指で流れる涙を拭った。
僕の妃は泣き虫だなと言いながら。
***
パレードが始まった。
大聖堂から皇宮までの道程をゆっくりと進む事になる。
沿道から2人を見える様にと天井が開けられている馬車。
聖女のパレードの馬車よりも、かなり高い位置に座席が取り付けられていて、2人の姿は沿道の人からよく見えた。
レティは……
騎士達の姿を見ていた。
騎士団の第1部隊の隊長がパレードの先頭を進む中、グレイは騎乗弓兵部隊の隊長として、弓矢を背中に背負って行進していた。
レティの3度目の人生で……
一緒に絶望の道を駆けて行った8名の仲間達と、あの時には死んでいた1人の騎士の9名の弓騎兵達を引き連れて。
もしも……
3度目の人生の続きがあったならば。
私も……
皆と一緒に行進していたのだろう。
皇太子殿下とアリアドネ王女の御成婚のパレードを。
泣きそうな顔をしたレティの肩を抱き寄せたのは……
ずっと恋慕って来た皇太子殿下。
ワッと沸き上がる黄色い歓声でレティは我に返った。
「 レティ……今は……君は私の妃だ。さあ、手を振って。皆が僕の妃になった君を祝福してるよ 」
アルベルトはレティの心の傷を察していた。
きっとループしていた時の事を思い出したのだろうと。
普通ではとても信じて貰えないレティの数奇な運命を、アルベルトが信じてくれたからこそ、今この場にいるのだとレティは思った。
レティが恐る恐る手を振ると……
凄い歓声が沸き上がった。
「 皇太子妃誕生おめでとうございます 」
「 21歳の誕生日おめでとうございます 」
結婚を祝福する声が上がる中、レティの誕生日を祝う声もあり……
レティは実感した。
本当にこの日が来たのだと。
その大歓声は……
バルコニーに出た時には更に大きくなっていた。
レティはアルベルトと共にバルコニーに立ち、沢山の人々の前に立って手を振っていた。
歓声と共に振られる手、手、手。
人々の嬉しそうな顔、顔、顔。
「 皇太子殿下ばんざーい! 」
「 皇太子妃殿下ばんざーい! 」
「 ご結婚おめでとうございまーす!! 」
次々に起こるシュプレヒコールに、感動のあまり胸が熱くなった。
何時も貴族席から見ていた光景がここにあった。
レティは貴族席を見た。
お父様がお母様の肩を抱いて……
お母様がハンカチで目を押さえている。
その横ではお兄様が……
嘘……泣いてる。
ラウルは袖で目をゴシゴシと拭いていた。
「 お兄様……」
レティは胸が熱くなって涙で視界が歪んだ。
今日1日ではもう何度目の涙だろうか。
3度の人生では……
仲の良い兄妹では無かった。
小さい頃は別にして。
兄妹で同じ馬車に乗って学園に通いだしたのが良かったのか、2人で色んな事を話す内にどんどんと仲良くなっていったのだ。
それが今までとは違う……
この4度目の人生の始まりだった。
ラウルの横にはエド、レオがいる。
私も……
ずっとあの場所にいた。
本当にこの場にいることが夢の様で。
未だに信じられない。
頭の中はフワフワとしていて。
男泣きをしているラウルの横で……
エドガーとレオナルドが、2人で指を合わせてハート型にした。
何度も何度も……
えっ!?何かの合図?
レティがそう思った時に……
アルベルトがレティの肩を抱き寄せた。
見上げたレティの顔に……
アルベルトの美しい顔が降って来た。
キャーッと言うピンクの悲鳴と共に歓声が大爆発する。
2人は口付けを交わした。
太陽の光を浴びて……
キラキラと黄金色に輝く髪の皇太子殿下と、キラキラと銀色に輝くティアラをした皇太子妃殿下。
幸せな甘い甘い2人に……
帝国民達は何時までも熱い歓声を送るのだった。
この日……
リティエラ・フォン・ラ・シルフィード皇太子妃が誕生した。
帝国の皇太子に騎士の誓いをされた彼女は……
最強の公爵令嬢から最強の皇太子妃となった。
これは……
永く永く自国の皇太子殿下に片想いをしていた数奇な運命を生きていた公爵令嬢が……
その恋を諦めた時から始まった物語。
その物語は御成婚記念として本になっていて、2人が知り合った日から、御成婚の日までの3巻までを発刊する予定であった。
しかし……
世界中の人々はこの日……
何冊目かの本を読み終えた。
シルフィード帝国の皇太子と皇太子妃の物語は……
まだまだ続いていたのであった。
━━━ Fin ━━━
無事に完結する事が出来ました。
楽しく書いていたら……
処女作なのにも関わらず、こんな長編になってしまった事に自分でも驚いております。
下手な横好きですね。
今夜から……
もう、レティとアルベルトが私の頭の中には現れないのかと思うと寂しい限りですが……
また、2人が私の頭の中に現れたらポツポツと書くかも知れません。
それから……
私の別の作品にもお目にかかる事があれば、また宜しくお願い致します。
数ある作品の中からこの作品を見付けて下さり、こんな適当な物語をずっと読んで下さった全ての読者様に感謝でいっぱいです。
読んで頂き有り難うございました。