公爵令嬢の勝負香水
格好良い。
壁に寄りかかっているだけなのに。
何故にこうも格好良いのかしら?
これは是非とも姿絵に残したい。
皇子様ファンクラブの会員達がさぞや喜ぶ事だろう。
グランデル王国のアンソニー王太子も然りだ。
いや、それよりも……
私の皇子様姿絵コレクションのファイルが見当たらない。
もしかして皇太子宮の部屋に置いて来た?
侍女長のモニカさんに聞いてみよう。
あれをアルに見られたら……
恥ずかしくて死んじゃうわ。
「 レティ……君は最高に素敵な女性だ 」
ボーッとアルベルトを見ているレティの頬に、腰を折りながらアルベルトが唇を寄せる。
ほっぺにチューは2人が決めた挨拶だ。
「 聞いてたの? 」
「 うん、一応……彼女が納得しないなら、僕が会った方が良いかと思って 」
「 アルは金輪際会わないで! 」
側妃になると言われていた女と会うなんて事はしないでと言って、レティは凄い剣幕でアルベルトを睨んだ。
「 それとも……会いたいのかしら? 」
「 そんな訳無いよ 」
アルベルトはレティと手を繋いで歩き出した。
庭園に行こうと言って。
庭園に着くや否や、レティが待ってましたとばかりに口を開いた。
「 サリーナを抱き締めたって言うのは本当かしら? 」
アルは記憶を失くしていた時の記憶はあるんでしょ?と言って、瞳をキラーンと光らせている。
さあ、さあ、さあ、何故抱き締めたのか言いなさいと、細長い扇子をアルベルトに向けて来る。
うわっ……
やっぱりスルーしてはいなかったか。
サリーナがそれを口にした時にマズイと思ったのだ。
「 あれは……サリーナに抱き付かれたからだよ 」
突然だったんだと言って、アルベルトは手を胸の前に広げて降参のポーズを取って。
「 全く……何時も何時も、何でそんなにガードが甘いの?」
「 ご……ごめん…… 」
「 まさか……彼女を好きだから抱き締めたの? 」
レティはキツネみたいに目を吊り上げて、持っている扇子をポロリと落とした。
キィーッとなる寸前だ。
「 違う! それは断じて無い 」
拾い上げた扇子をベンチの上に置きながら、アルベルトは声を荒らげた。
何時もは皇子様然としているアルベルトが、こんな風に取り乱すのはレティに糾弾されてる時だけである。
「 抱き締めたのには訳があるんだ。あの頃は……僕の頭はずっと白い霞が掛かっていて……ずっと誰かを探していたんだ。小さくて可愛いものだと言う事だけが頭の中にあって…… 」
「 小さくて可愛いもの? 」
「 サリーナは君と背格好が似てるだろ? だから、その小さくて可愛いものがサリーナの事かと思って……それで抱き締めたんだけど……彼女じゃ無いと分かったんだよ! 」
「 抱き締め無いと分からないってどー言う事かしら? 」
「 僕の……腕が君を覚えていたから違うと分かったんだよ! ずっと君を抱き締めて来たから…… 」
「 アルの腕が? 」
「 そう……君の……胸の形も……ちゃんと覚えているよ 」
アルベルトはそう言ってレティの胸の谷間を上から凝視した。
詰め物をして寄せて上げてる胸を。
「 なっ!? 」
レティは慌てて胸を両手で押さえて隠した。
「 君のその胸には違和感がある。それにこのドレスの胸元は開き過ぎてないか? 」
……と言って、アルベルトは自分の上着を脱いでレティの肩に掛けた。
「 アルのエッチィッ!! 」
レティは真っ赤になって抗議をする。
アルベルトに抱き締められて寝ている時に、夜中に目が覚めると、たまに自分の胸にアルベルトの手がある事を知っていた。
ゴソゴソ動かす様子も無い事からスルーしていたのだが。
よし!
何とか話を反らす事に成功した。
兎に角、あの頃は頭の中が混乱してたから、どうしてかと聞かれても自分でも上手くは説明出来ない。
追及が好きなレティを納得させる答えを言えそうに無いのだからと、アルベルトは話を反らせた事に安堵した。
「 どうしてこんなドレスを着て来たの? きついメイクや香水まで付けて…… 」
「 アルの好きな女性のタイプがこんな女性だからよ! 」
真っ赤の顔をしているレティが、涙目でアルベルトを睨んだ。
「 サリーナが私の真似をしているから、アルの好きなタイプはこんな女性だと彼女に言いたかったの!! 」
アルはエッチだとレティはまだぶつぶつ言っている。
もう触らせないとも言う。
「 僕の好きな女性のタイプ? そんなもの無いよ。レティを好きなだけだよ 」
もう直ぐレティの全部は僕のものになるんだからと、アルベルトはレティの耳元で甘く囁いて。
「 私の3度の人生でのアルのお相手は……ボンキュッボンの背の高い令嬢達ばっかりだったわ 」
何でそんなエッチな事ばかり言うのよ!と、レティはアルベルトの胸をポカポカと殴る。
「 それは…… 」
3度の人生での自分の事を言われたらどうしようも無い。
レティの3度の人生の自分は、レティを愛さずに一体何をしていたのかと思わずにはいられない。
レティに出逢う前の自分の事を思い返したら……
レティに出逢って無い彼女の3度の人生での俺は、そうなのかも知れない。
ボンキュッボンのスラリと背の高い令嬢ばかりが、自分のお相手だったと言う事は納得出来ないが。
「 君の3度の人生の僕は、今の僕では無いと何度も言ってるだろ? 」
レティ、痛いよと言ってアルベルトはレティの手首を持ち、レティにキスをしようと顔を傾けて来る。
レティにキスをしたいアルベルトと、キスをされたくないレティの攻防戦が始まった。
首を横に振り防戦をするレティの頬を、アルベルトはガッチリと両手で持った。
「 たとえ今のアルでは無くても、好みは一緒の筈だわ 」
頬をアルベルトにガッチリ持たれたレティは……
変顔をした。
「 レティ……そんな意地悪を言わないで……僕が好きな女性はレティだけなのは分かっているだろ? 」
アルベルトはレティの変顔を見て吹き出した。
アルベルトの完敗だ。
クックッと笑いながら……
これ以上レティの3度の人生での事を言われたらたまらないとばかりに、アルベルトはまたもや話題を変えた。
「 それよりも……僕に会いに来なかったのは何故? 」
「 アルが……私の事を忘れたからよ……私の事を知らない目で見て来る事が怖かったの 」
レティは勝ったと言って嬉しそうな顔をしている。
ああ……
そうだった。
レティは……
ループする事で1番辛かった事は、入学式の日に自分を知らない人を見る目で見て来る事だと言っていた。
アルベルトは、レティが自分と会おうとしなかった事を不思議に思っていたが。
レティの辛かった気持ちを知り、胸を痛くした。
「 僕の方こそ……忘れてごめん…… 」
アルベルトは……
レティの額に自分の額をコツンと合わせた。
「 君の事を忘れていても、僕は君を好きになったよ 」
食堂ですれ違った時に凄く綺麗な令嬢がいると思って、ラウルにあの令嬢は誰かと聞いたんだと言って、レティの唇にチュッとキスをする。
「 きっとあの時……君に恋をしたんだ 」
アルベルトはその綺麗なアイスブルーの瞳を揺らした。
レティがそれを聞いて喜んでくれると思いきや。
「 私と言う婚約者がいるのに、私に恋をするなんてぇーッ!! 」
「 えええっ!? 」
そんな風に暫くワチャワチャ揉めている2人だった。
***
ミレニアム公国から聖女サリーナを連れてシルフィード帝国にやって来た6人の公子達は、皇帝陛下からの怒りを買った事をいち早く察知して、ミレニアム公国に逃げ帰っていた。
そのやばい状況は……
滞在していた皇宮から追い出された事で、より強く認識した。
しかし……
本当は、ロナウド皇帝の意思とは全く関係無く、シルビア皇后の権限下の元に追い出されただけだったのだが。
VIP待遇で皇宮に滞在していたものだから、彼等は尚更危機感を感じたのだった。
彼等は父親である大公に、自分達が調子に乗り過ぎた事を泣き付き、大公が直々にシルフィード帝国に馳せ参じ、ロナウド皇帝の前で土下座をしたと言う。
それらの出来事が……
アルベルトとレティがシルフィード帝国を離れている間にあったのだった。
サリーナは間違ってしまった。
聖女になった瞬間は彼女はあれ程に輝いた。
魔法の部屋にある魔石が喜んだ。
二百年振りの聖女との遭遇を。
だから……
彼女に魔石の声が聞こえた様な気がしたのだった。
魔石と魔力使いの関係は、摩訶不思議な関係だとも言われている。
サリーナは……
歴代の聖女の中でも最高の魔力を持つ存在なのだが。
あのまま精進して浄化の魔力の精度を高め、世界中を浄化をして回れば……
大聖女として崇められる程の存在になれたのである。
魔力は魔力使いの身体の中にある生きている熱。
アルベルトを見れば分かる様に、彼の魔力もかなり強さを増している。
それは……
努力家のアルベルトが自分の魔力の調整をする為に、何度となく虎の穴の魔法の部屋に通っていたからであった。
サリーナは……
聖女である事よりも、側妃になる事にしか興味を示さなかった。
それは周りの責任でもあるのだが。
そんな彼女に……
聖杯にある魔石に融合するだけの、強い魔力を生み出せる筈は無い。
本来ならば魔力使いになった者には……
ルーピンの様な存在が、厳しく魔力使いとしてのノウハウを教える筈なのだが。
ミレニアム公国は聖女が現れたと喜び勇んで。
彼女にはシルフィード帝国の妃になる事が慣習だと言い、平民の彼女に貴族のマナーを即席で教える事に尽力しただけだった。
***
「 聖女の仕事を全くしない貴女はただの平民でしかありませんわ!貴女はそんな凄い能力を使わずに一体何をしているの? 」
レティの言葉がサリーナの頭の中をリピートしていて、気が付くと虎の穴に向かって歩いていた。
その時……
「 貴女は……浄化の魔力使いよね? 」
声を掛けて来たのは、橋の門番のいる場所にいた美しい様相の女性だった。
魔力使いにとっては聖女と言えども同じ魔力使いでしかない。
ただ、浄化の魔力使いだと言うだけで。
ルーピンもサリーナに対しては、そんな扱いしかしていなかった事からしても。
「 側妃に成り損ねたわね 」
そう言って、その女性はサリーナの心をえぐって来た。
「 貴女は殿下を好きなのよね? 」
「 ……… 」
「 フフフ……好きになるわよね、誰だって。あんなに素敵な皇子様なんだから 」
私も彼に一目惚れをしたのよとその美しい顔で笑った。
「 !? 貴女も……そうなんですか? 」
サリーナはその女性の話を聞いた。
殿下の愛人でも良いと思っていた事。
何もかもを持ってる彼女に嫉妬して、彼女に向けて風の魔力を放った事。
処刑される所を彼女に助けて貰った事。
その上……
刑期を終えた自分に、今の職場まで用意してくれていた事を話した。
「 彼女はね……なんか……懐がデカイんだよね。高貴な貴族令嬢なのに……驚く程のパワーがあるのよ 」
シルフィード帝国民の自慢の妃だと言った。
「 あの2人と一緒に何百匹ものガーゴイルと戦った事は、私の誇りよ。自分が魔力使いだと言う事が本当に嬉しかったわ 」
帝国の為に働く事が……
私達魔力使いの与えられた使命だと、あの時に感じたと彼女は胸を張った。
さっき見た……
詰め物をしたレティよりも立派な胸だとサリーナは思った。
アルベルトの好みの女性そのものだと。
こんな立派なボンキュッボンの女性でも彼の愛人になれなかったのだ。
よく見ると……
彼女の薬指には婚約指輪があった。
赤い炎の色の婚約指輪だ。
「 じゃあ、同じ魔力使い同士……国の為に頑張りましょう 」
その美しいボンキュッボンの女性は……
クルリと舞って、緑の魔力をサリーナに掛けた。
ふわりと優しい風がサリーナの頬に触れ、香水の香りが辺りに広がった。
この香水は……
さっきリティエラ様から香った香り。
「 私のこのお気に入りの香水が好きだと、殿下が言ってくれたの。リティエラ様がこの香水を持ってくれているのが嬉しかったわ 」
お金の無かった頃は……
とっておきの時に付ける勝負香水にしていたんだと、その美しい女性は嬉しそうに言って、去って行った。
「 勝負香水を……私と会うからと付けて来たんだわ 」
私は……彼女に負けたのねとサリーナはクスリと笑った。
そして……
レティの可愛さになんだか胸がキュンとした。
私も……
我が国、ミレニアム公国の為になる事をしたい。
サリーナは……
アイスブルーの宝石のバレッタを、髪から外してワンピースのポケットに入れた。
そして……
虎の穴の扉を開けた。
魔力使いの自分が誇れる仕事をする為に。
***
サリーナはその後、ミレニアム公国に家族と共に帰国した。
側室問題で婚約破棄騒動にまでなった自分が、御成婚の日にここにいる事はマズイだろうと、双子の侍女と相談して。
他国からまた欲っせられるのも嫌だった事もあり。
ある日突然に浄化の魔力が現れ……
聖女だともてはやされて、大国シルフィード帝国の皇太子殿下の側妃になれると夢見た平民の女。
聖女と呼ばれたサリーナが、この後どう生きるかは彼女次第だ。
浄化の魔力が融合されたミニ聖杯達は輝きを増し、シルフィード帝国の皇太子殿下と公爵令嬢の御成婚の際の、招待国への引き出物として用意された。
シルフィード帝国のアルベルト皇太子殿下と、リティエラ公爵令嬢の御成婚の日が……
いよいよ翌日に迫って来ていた。