公爵令嬢降臨
「 私達が初めて会った時に、私が買った唐揚げは何個? 」
「 ええっ!? 」
あの唐揚げ屋の唐揚げは1個がデカイ。
あの時は……
ラウルにお土産に買って来た唐揚げを、俺の口に突っ込まれたから……
食いしん坊なレティも1個は食べてる筈だ。
「 2個 」
「 ブブーッ! 正解は1個よ! 買ったのは1個。もう1個は店主にオマケに貰ったんだもの 」
本当に記憶が戻ったのかしら?と、レティは眉を潜めた。
「 それって僕の記憶じゃ無くない? 」
そんな事分かるわけ無いと言うアルベルトに、レティはにやりと悪い顔をしている。
2人はサハルーン帝国の港に向かう馬車の中にいた。
記憶を失っていたアルベルトに、ちゃんと記憶が戻ったのかの確認を、レティにされているのだ。
「 では、次。私が初めてアルにあげたクリスマスプレゼントは何かしら? 」
それは簡単だ。
「 真っ白なマフラーだ。帝国の紋様のライオンが刺繍されていて…… 」
凄く嬉しかったんだとアルベルトは甘い顔をする。
「 ブブブーーッ!! 」
「 えっ!?正解だよ? 」
「 正解は……私の手垢がいっぱいの豚のマフラーよ! 」
勿論、アルベルトが正解なのだが。
してやったりと悪い顔をするレティが、可愛過ぎてたまらない。
腕を組んで次の質問を一生懸命考えていて。
記憶を取り戻したかの確認よりも……
アルベルトにダメ出しを出したいだけの質問になっていて。
「 悪役令嬢のアイテムは? 」
「 それって僕の記憶と関係ある? 」
「 答えられないの? もしかして偽者? 」
記憶の確認よりも……
本者か偽者かになってるし。
「 扇子……? 」
「 ブブーッ!! 扇子と鞭よ! 」
それ……
前から思っていたが……
レティは絶対に悪役令嬢を何かと勘違いしてるって。
アルベルトはクックと笑った。
こんな風にして、暫く質問攻めにあったが……
レティが満足そうな顔をした所で、アルベルトが向かいの椅子に座るレティに向けて両手を差し出した。
「 レティ、おいで……ギュッとさせて 」
自分の膝の上に乗せ様として。
レティは立ち上がり、アルベルトの膝の上に………跨がった。
腕をアルベルトの首に回して。
「 !? 」
近い。
目の前にあるレティの可愛い顔が、アルベルトを覗き込んでいる。
レティの大胆過ぎる行動にドギマギとして。
すると……
レティは自分のワンピースのポケットからハンカチを取り出して、アルベルトの瞼をゴシゴシと拭き始めた。
「 レティ、何? 痛いよ…… 」
「 何でキスなんかされてるのよ!! 」
あの女……
どさくさに紛れて私のアルにキスするなんてと言いながら、何度も何度もゴシゴシと拭いて。
両陛下のいるあの場面でよくもあんな真似が出来たものだと、更に悪態をつく。
「 何時も何時も女に良い様にされるんだから! 」
「 ご……ごめん…… 」
瞼を閉じたままに謝るアルベルトに、レティは下唇を噛んだ。
あの女……
この至近距離で……
この綺麗過ぎる顔を見てムラムラしたんだわ。
魔力を出す為にキスをするなんてあり得ないわよ!
キィーーっ!!
レティの手の動きが止まったので、終わったのかと恐る恐るアルベルトが目を開けると……
キツネみたいに目を吊り上げているレティの顔があった。
怖い……
あんなに大きな真ん丸い目が、こんなにも尖るんだと感心してると、レティはアルベルトのこめかみをガシッと掴んで来た。
「 目を閉じて! 」
皇太子殿下に命令をして。
アルベルトが言われた通りに目を閉じると……
レティはアルベルトの瞼にそっと唇を寄せた。
消毒だと言って。
「 !? 」
両方の瞼に代わる代わるにチュッとキスを繰り返して。
最早、レティのやりたい放題。
本当に……
君といるとこんなにも楽しい。
***
砂漠の夜は寒く馬の休憩も少なくて済み、港には思ったよりも早く到着した。
軍船には灯りが灯っていたが……
暗闇で見るその巨大なシルエットは本当に不気味だった。
こんな物が突然現れたら、そりゃあパニックになるわとレティは思った。
それと同時に……
自分を迎えに来る為に、こんな軍船を出してくれた事に申し訳無く思った。
そして……
自分の結婚する相手が……
こんな軍船に乗って来る程の凄い人物なのだと、改めて思うのだった。
アルベルト・フォン・ラ・シルフィード。
自国の名前を名字に持つ皇太子。
レティは……
皇太子殿下の妃になる事の覚悟を決めて……
アルベルトに手を引かれてタラップを一歩一歩登って行った。
そしてそこには……
片膝を付いて2人を出迎える騎士達と乗組員達がいた。
「 待たせたな……お前達にも心配をさせた 」
「 !? 殿下…… 」
アルベルトの記憶が戻った事に気付いた騎士達は啜り泣いた。
「 無事に私の妃を奪還して来たぞ! 」
そう言いながらアルベルトが、隣にいるレティを片腕で抱き上げると……
エイエイオーーッ!!!
皆は歓喜して勝鬨を上げた。
騎士達は皆熱い。
そして……
アルベルトに抱き上げられ、騎士達と一緒になってエイエイオーーッ!と腕を高く上げている……
騎士達よりも熱い未来の皇太子妃がそこにいた。
「 何でこいつがエイエイオーってやってるんだよ? 」
勝手にサハルーン帝国に行ったくせにと言って、ラウルとレオナルドは呆れ返るのであった。
エドガーもグレイも一緒になってエイエイオーーッと盛り上がっていて。
やれやれと両手を広げて肩を竦めるラウルとレオナルド。
騎士の熱さには付いていけない。
この2人は文官である。
軍船での帰路の旅は2度嵐に遭遇したが……
そこはシルフィード帝国の誇る軍船だ。
取り付けられた魔道具が素晴らしい働きをして、結婚式の1週間前にシルフィード帝国に到着した。
港街勤務の騎士が早馬で皇宮に向けて伝令に走り、皇太子殿下専用馬車と共にやって来たのはクラウドだった。
「 立派に任務を果たし、お2人での無事のご帰還をお喜び申し上げます。そして……記憶が戻った事も……両陛下を始め帝国中が喜んでおります 」
既にこの皇太子殿下による公爵令嬢奪還劇は、皇宮の皆に伝えられていて。
皇太子殿下専用馬車が港に向かっていると聞いて、人々が大興奮で港や沿道に集まって来ていた。
2人が軍船の甲板に現れると、皆は2人の美しい佇まいに安堵した。
この令嬢に何の異論があるのだろう。
あれだけの事を成し遂げた我が国自慢の公爵令嬢だ。
それは……
他国の王女にも引けを取らない崇高な姿。
何よりも……
皇太子殿下がこれ程までに寵愛している公爵令嬢なのだと。
皆は2人の仲睦まじい姿に酔いしれた。
溢れ返る程の群衆は、ばんざーいばんざーいと連呼して、サハルーン帝国からの公爵令嬢の奪還に成功した皇太子殿下を称えた。
サハルーン帝国のジャファルとしては良い迷惑だが。
しかし……
ジャファルがシルフィードに到着すると、皆はジャファルに頭を下げた。
我が国の宝を保護してくれて有り難うと言って。
ジャファルがレティを保護しなければ、とんでもない事になっていたかも知れないのだから。
号外で出た新聞には、その辺りの詳細書かれていたのであった。
『 祝 皇太子殿下御成婚 』
皇太子殿下専用馬車に乗っての皇宮までの道程は、1週間後に控えた結婚式のお祝いムード一色だった。
街の至る所に垂れ幕が掲げられ、街中が花で溢れ、夜は魔道具の灯りでライトアップされていた。
帝国中が華やかに彩られて、人々は既にお祭り騒ぎをしていた。
「 これ……私が帰らなかったらどうしていたの? 」
馬車の窓のカーテンからこっそり外を見ていたレティが青ざめた。
お祭り好きの帝国民達の恐ろしい程の熱気がそこにあった。
「 僕が吊し首になったかもね 」
皇子様なのだから、そんな訳無いだろとレティは突っ込みを入れたが。
「 君が何処に逃げたとしても……僕は……地の果てまでも君を探しに行くよ 」
そう言って甘い甘い顔をして……
レティの頬にチュッとキスをする皇子様。
婚約破棄なんて……
この皇子にかかっては……
簡単には成立しないと思い知らされたのであった。
レティは皇太子宮にある自分の部屋から引き揚げていたので、結婚式までは公爵家にいるとアルベルトに言った。
アルベルトは渋ったが……
軍船ではさんざんイチャコラしたのだからと諦めた。
クラウドから渡された、結婚式に向かっての予定表と台本を2人で真剣に読んで行く。
「 時間が無いので、帰城するまでに読んで把握をして下さい 」と、クラウドは言った。
兎に角やる事、やらなければならない事が多いのだ。
そろそろ招待した他国の王族や要人達が、来国して来たりもする。
熱心に台本を読み耽るレティの可愛い頬に、アルベルトは時々チュッとキスをして。
それに気付いたレティが顔を上げると、見つめ合った2人は自然と互いの唇を重ね合う。
離れていた時間を取り戻す様に。
軍船の中でも……
馬車の中でも甘い甘い2人だった。
***
「 皇太子殿下と公爵令嬢のご帰還です!! 」
帰城を告げる門番達も気合いが入っている。
皇宮に到着すると……
2人の帰還を待ちわびていた、レティと議会でやり合った大臣や議員達が2人の前で跪いた。
アルベルトは彼等に言いたい事はあったが……
彼は何も言わなかった。
全てが自分が記憶を失ったからで。
彼等の意に従ったのは自分の意思である事は間違いない。
たとえ記憶を失った自分であろうとも。
レティがいなければ……
自分は国益を優先する皇太子であっただけで。
ロナウド皇帝陛下はアルベルトとレティをある部屋に連れて行った。
そこは……
シルフィード帝国の神器である聖杯と聖剣が置かれている、皇族しか入る事の許されない神秘の部屋であった。
勿論レティは初めて入る部屋だ。
壁にある灯りが灯されただけの少し薄暗い部屋なのだが、聖杯と聖剣が置かれている場所だけが、何故か光り輝いていた。
その部屋の片隅に……
レティのオハルから加工されたミニ聖杯が置かれていた。
その数は8個だったのだが……増えていた。
「 父上……これは? 」
「 我が国にあった聖杯を錬金術師に加工して貰った 」
「 !? 」
「 ………… 」
アルベルトとレティは驚いて声も出ない。
台座に置かれている聖杯を見れば……
小さくなっていて。
聖杯と聖剣はシルフィード帝国の神器として、皇室に代々伝わる物である。
「 自国のみが特出した栄華は、やがては己の国を滅ぼす事になりかねませんわ 」
レティが議会場を去る時に言った言葉が、頭を鈍器で殴られた様だったとロナウド皇帝は笑った。
「 ルーピンによると、聖杯の威力はその大きさが小さくても変わらないそうだからな 」
この結婚式に来国して来る各国の王太子に、引き出物として渡すのだと言う。
いや、これはもう最高の引き出物だ。
どの国も……
喉から手が出る程に欲しい聖杯なのだから。
「 レティちゃん……すなまかったね。余が間違っていた。そなたが戻って来てくれて誠に感謝する 」
ロナウド皇帝がレティの手を取り、その手の甲に唇を寄せた。
「 陛下……わたくしの方こそ……勝手な行いをした事を申し訳無いと反省しております 」
「 いや……そなたの身を持っての抗議は、余や大臣達の目を覚まさせてくれた。寧ろ感謝する。ラウルも含めてな 」
ロナウド皇帝はそう言って、アルベルトの肩を叩いた。
しかしだ。
この聖杯には、まだ聖女が浄化の魔力を融合して無いと言う。
皇帝陛下がここまでしてるにも関わらずだ。
サリーナは……
アルベルトに会わせてくれない限りは、浄化の魔力を放出しないと言っているのだと言う。
彼女を聖女と崇め過ぎた皺寄せがここに来ていた。
アルベルトの側妃になると言われていたのだから、彼女の主張は最もな事だったが。
「 聖女には何の罪も無いと言う事だけは分かって欲しい。彼女を特別扱いし過ぎた余達が悪いのだ 」
二百年も前の慣例に……
拘り過ぎた両国の犠牲になっただけだと言って、ロナウド皇帝はアルベルトとレティに申し訳無さそうな顔をした。
「 分かりました。私が彼女に会って話をします 」
アルベルトは自分の責任でもあると言って。
その時レティの瞳が輝いた。
「 いえ! わたくしが彼女に会いますわ! 」
レティは一歩前に進み出た。
あの女……
聖女だからって調子に乗るのも大概にせえよ!
陛下が他の国の為にと、ここまでしてるのに……
まだそんな事を言ってるのかと、レティの怒りが沸々と湧き上がって来る。
シルフィード帝国から離れている間に、既に聖杯と聖剣に浄化の魔力を融合したと思っていた。
婚約破棄をしたのは……
それを急がす為でもあったのだから。
レティは顔を上げ、両手を腰に当てて胸を張った。
わたくしは……
シルフィード帝国の最高位の貴族令嬢である公爵令嬢。
「 公爵令嬢としての、最後の務めを果たしてみせますわ 」