一夫多妻制の国
レティはサハルーン帝国への船の旅で、ジャック・ハルビンと共にいた。
思えば不思議な縁で。
2度目の人生ではユーリ医師が、3度目の人生ではグレイ騎士がレティとの関係が深い存在であった。
ジャック・ハルビンは1度目の人生では、レティのループの原因になっただけのただそこに居合わせただけの存在だった。
しかし、4度目の人生では彼とは思わぬ場所で出会い、レティの店の仕入先業者となっていた。
そして……
この5度目の人生では、一緒に旅をしているのである。
レティは、比較的安全な貴族が泊まるエリアに宿泊をしているが、やはり女性の1人旅は危険が伴う。
貴族令嬢が1人で船に乗るなんて事は有り得ない事なのである。
それでも……
レティの3度の人生での経験があるから、そんな大胆な行動力が出来るのだと言えるのだが。
彼女は1度目の人生でも、1人でローランド国行きの船に乗っていた事から、これはもうレティの生まれながらの資質と言えよう。
今は……
共通語もサハルーン語もタシアン語も話せる様になっているが、1度目の人生でのレティは、共通語も話せないのにローランド国に行く事を決めたのだから。
思い立ったら吉日。
猪突猛進タイプの性格で、後先考えずに行動をするのは子供の頃からで、親には後から報告をするのが常であった。
「 俺達夫婦に見えるかな? 」
「 見えるわけ無いじゃない 」
ジャック・ハルビンは平民だ。
貴族と平民はその服装を見ただけで分かるので、2人が一緒にいても高貴な貴族令嬢のお供をする下男にしか見えない筈だ。
「 私達は親子位に歳が離れてるのでしょ? 」
ジャック・ハルビンはレティと同い年のノア・ハルビンの叔父である。
「 なっ!? 何を? 俺は我が主君と同じ歳だぞ!! 」
「 えっ!? 」
ジャファル皇太子と同じ歳なら、アルベルトと同じで……
「 貴方……私と2歳しか違わないの!? 」
ジャック・ハルビンはノアの叔父だから、自分の父親のルーカスと差程変わらない歳だと思っていて。
勿論ルーカスよりは年下だとは思っていたけれども。
先入観もあってか、アラフォーだと思っていたのだった。
サハルーン帝国では皇族だけで無く、貴族や平民も一夫多妻制である。
ジャック・ハルビンとノアの父親は腹違いの兄弟であった。
ジャック・ハルビンは父親が若い妾に産ませた子供で、ノアの父親であるジャック・ハルビンの兄とは親子程歳が離れていた。
一夫多妻制の国ではこんな事はザラである。
ジャック・ハルビンは成人である16歳になる以前から、諜報員としての訓練を受けていて、世界を巡り情報を集めていたのである。
「 貴方……老けてるわよ。ちょっと仕事がハードなんじゃ無い? 」
「 それは……俺も気になっている 」
ジャック・ハルビンはそう言ってワシャワシャと頭を掻いた。
どうりでお兄様と気が合う訳ね。
ラウルとジャック・ハルビンは彼がシルフィード帝国に来れば、必ず飲みに行っていると言う。
そこは高級クラブのラウルの店では無く、平民達が騒ぐ酒場だ。
将来の宰相予定のラウルの立場からすれば、お互いに各々の持ってる情報を聞き出したい関係だとも言えるが。
まあ、そんな腹の探り合いも楽しいのだと言う。
ラウルの好みそうな事である。
そんなジャックハルビンとの船旅を終えて、船はサハルーン帝国の港に到着した。
***
「 ふ~ん……それで私の妃になりに来たんだ 」
真っ先に私の元へ来てくれて嬉しいよと、レティの手の甲にキスをしているのは、サハルーン帝国の皇太子ジャファルである。
サハルーン帝国に到着して直ぐに、ジャック・ハルビンがジャファルの元にレティを連れて来た。
案内されたのは皇宮ではなくて皇太子宮で。
サハルーン帝国では、皇宮には両陛下と側室達と嫁ぐ前の皇女が住み、皇子達は成人を迎えるとそれぞれに別宮を与えられている。
今回はただの公爵令嬢の訪問なので、ジャファル皇太子の知人としてこの宮に連れて来られたのである。
前回の訪問時は……
アルベルト皇太子の国賓としての訪問だった事から、皇宮に滞在していたのだった。
流石は皇太子宮ね。
皇宮同様に贅沢を極めた装飾があらゆる所に見て取れた。
砂漠の国なのに宮殿の中は快適そのもので。
サハルーン帝国はシルフィード帝国以上に魔道具の発達した国だった。
それが……
1日にして火を吹くドラゴンに破壊されたのである。
それを仕掛けたタシアン王国の国王の罪は限りなく重い。
港街から順に街を焼き付くし、皇宮に向かって飛んで来たドラゴンは、夜になった時に急にその姿を消した。
騎士団の騎士達が懸命に探し出し、洞窟にいるドラゴンを眠っている間に蒸し焼きにして、その首を落としたと言う。
この宮殿が破壊され無かったのは全くの不幸中の幸いだったのである。
この宮殿を見てると……
ここに到着するまでに馬車から見た、破壊された街との違いに胸が痛かった。
栄華を極めた国。
さぞや国民の生活も豊かであっただろうに。
応接室で待っている間に詳細を話していたのだろう。
ジャファルはアルベルトとレティが婚約破棄をした事の全てを知っていた。
それなら話が早い。
「 違いますわ! わたくしは絹の生産を学びに来ただけですから。アルベルト皇太子殿下とは婚約破棄をしましたが、わたくしは誰とも結婚する気はございませんから、勘違いの無き様お願い致しますわ 」
まだレティの手を離さないジャファルに向けて、レティは先制パンチを告げた。
どうだ!!
バチーンと言ってやったわ。
「 まあ、最初はそれでも良いだろう。そのうちに私の魅力にハマるだろうからな 」
そなたに虫が付かない様にするからと、何やら意味深な笑いをした。
客間に通されたレティの元に、ジャファルの3人の側妃が挨拶にやって来た。
彼女達は、ジャファルがシルフィード帝国にやって来た時に、レティが女官として通訳をした時に知り合っていた。
以前にサハルーン帝国に来た時にも合っていて。
外交官の侯爵令嬢や皇女達と、アルベルトを巡りバトり合った事が懐かしい。
「 リティエラ様は……ジャファル殿下の正妃になりに来られたのですか? 」
あの愛し合っておられた、アルベルト皇太子殿下と婚約破棄をしたなんて信じられないと言って、不安そうにする側妃達。
ああそうよね。
そう思うわよね。
「 違いますわ! わたくしは絹の生産を学びに来ただけですから。アルベルト皇太子殿下とは婚約破棄をしましたが、わたくしは誰とも結婚する気はございませんから、勘違いの無き様お願い致しますわ 」
それを聞いて安心した顔をする側妃達だった。
ジャファルは……
レティの持っている『 世界の美しい王子様ランキング トップ10 』の冊子では、第1位のアルベルト皇子に次ぐ、第2位の美貌の皇子である。
しかし……
世界で最も美しいと言われているアルベルトの顔を見ているレティは、ジャファルを見ても何とも思わない。
いや、本当は、ラウル、エドガー、レオナルドの美貌にもジャファルは劣ると思っているのだ。
兄達が王子で無いのが残念だと何時も思っている。
そして…
「 違いますわ! わたくしは絹の生産を学びに来ただけですから。アルベルト皇太子殿下とは婚約破棄をしましたが、わたくしは誰とも結婚する気はございませんから、勘違いの無き様お願い致しますわ 」
レティはこの台詞を皇太子宮で会う人毎に言わなければならなかった。
サハルーン帝国では……
ジャファルは第3皇子であっても、ジャファルは正妃の子供であるから、皇太子の地位にいるが……
ジャファルに皇子が産まれなければ、皇子が生まれた他の兄弟達にその皇太子の座を譲らなければならないのである。
産まれた子が皇女では駄目で、何年か過ぎても皇子が産まれなければ、皇帝の判断で廃太子になるのである。
なので……
兄弟の宮殿に務める者達の間では、各々が一丸となって自分の仕える皇子を応援しているのである。
この皇太子宮でも皆がジャファルを応援していて、突然現れた異国の公爵令嬢に敵意を向けて来るのだから、理由を言う必要があったのだった。
***
絹の生産を学ぶ事については、ジャファルはあっさりと許可をしてくれた。
シルフィード帝国には恩があるからと言って。
サハルーン帝国は……
ドラゴンの襲撃をされた時から、ウォリウォール公爵の名で食糧の支援を受けて続けている。
その娘であるレティの願いを無下には出来ない。
絹の輸出は、サハルーン帝国の独占的な収入源として誇っている事なので、本来ならば他国に教えるのは有り得ない事なのだが。
レティは毎日の様に養蚕農家に通った。
以前に来た時はノートにメモを取るだけだったが、今回は実際に世話をやらせて貰ったりもした。
それは楽しかったが……
護衛の騎士を何人も付けられていて。
赤毛で金色の目が特徴のサハルーン人の中では、亜麻色の髪にピンクバイオレットの瞳の色のレティは、かなり目立つので暴漢に襲われやすい。
それ故のジャファルの配慮らしいらしいが……
折角自国の護衛達から離れて、自由になれたと思っていたレティにとっては少々不満だった。
夜はジャファルと妃達と食事をしたりしていて。
レティは側妃が3人もいるジャファルの生活を凝視した。
もしかしたら……
自分もこうなっていたかも知れないと。
ジャファルの妃達は各々貴族の出だが、とても仲が良さそうだった。
3人はとても穏やかにジャファルと接している。
自分が側妃を拒んでいるのが滑稽に思える程で。
分け合うとは……
こう言う事かと思った。
これが……
一夫多妻制の国の自然な姿。
自分とは考え方が違うのだと思い知らされた。
一族の繁栄の為なら、妻の他にも自分の子を沢山産ませる事の道理を皆からも聞いた。
子供の間に病気で死ぬ事が多い時代には必要な事だと。
それが……
絶対に世継ぎを残さなければならない王族や皇族ならば尚更な事で……
当然受け入れるべきだとも言われた。
だから……
それを出来ない自分が、婚約破棄をしたのは間違いでは無かったのだとレティは思うのだった。
この日は3人の妃達とお茶をしていた。
「 第1皇子の宮で側妃が失踪したそうですわね 」
「 またですか? また正妃の仕業ですわね 」
「 これで3人目よ 」
第1皇子の正妃の気性は荒いから宮では何時も争いが絶えないのだとか。
「 第2皇子の所は、側妃のお腹の御子が流れたとか…… 」
「 まあ、お可哀想だわ 」
「 確か……側妃は平民の出だったかしら? 」
3人が意味深な笑いをしていて。
現皇帝にはジャファルを含めて7人の皇子がいるが、第4皇子は病弱であり、第5皇子と第6皇子は母親が平民だから、今の所は対象外。
第7皇子はまだ幼い皇子である。
だから……
実際の争いはジャファル皇太子の2人の兄との争いになる。
世継ぎがたった1人であるシルフィード帝国も問題を抱えてはいるが……
世継ぎが多過ぎるサハルーン帝国では、余計な争い事が多過ぎる事が難点であった。
ジャファルの側妃達は自分達の事を……
3人の内の誰でも良いから、ジャファルの為に世継ぎの皇子を産んであげて、早く皇太子の地位を万全にしたいと考えているチームみたいな存在だと言う。
だから……
嫉妬心や争う事は無いのだと。
レティは3人の側妃の内の1人に、ある事を思い切って聞いてみた。
「 あの……ジャファル皇太子殿下が他の妃様の所へ閨に行かれている間は……あの……貴女はその夜はどう過ごしてらっしゃるのですか? 」
側妃は困った様な顔をしたが……
ゆるりと口を開いた。
「 自分の部屋で大人しく……呪いの人形に釘を打っているのよ 」
「 !? 」
そうでもしていないと嫉妬で精神的に参ってしまうのだとか。
他の妃には内緒よとクスクスと笑って。
ヒェー!!!
レティは仰け反って倒れそうになった。
恐ろしや~
結局は泥々じゃないの!!
やっぱり女達の本心は……
自分と同じ様に、夫の唯一無二である事を望むものであるのだと。
そんな頃……
サハルーン帝国の港では人々がパニックになっていた。
シルフィード帝国の……
軍船が現れたと言って。