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皇太子の負傷

 




「 殿下っ! 危険です! お下がり下さい!! 」

 馬車の近くにいる者達は、グレイの叫び声で異常を察知した。


「 えっ!? 殿下が!? 」

 女官達と打ち合わせをしていたクラウドが、腰の剣を抜きながら駆け出した。

 旅先では元騎士団にいたクラウドも帯剣をしている。



「 嘘だろ!?リテェエラ様が魔獣に追い掛けられている 」

 今さっき、浄化したばかりじゃ無いのかと言って。


 馬から降りていた第1部隊の第1班の他の騎士達も、剣を抜きながら一斉に駆けて行く。


 リテェエラ様を助けに行ってるのなら、殿下は下がる訳が無いと皆は思った。


 そして……

 殿下の雷の魔力があれば大丈夫だとも思って。

 殿下は世界最強の皇子なのだからと。



 その時……

 レティが叫んだ。


「 アル!! 逃げてーっ! この魔獣は雷の魔力が効かないわ! 」


「 えっ!? 殿下の魔力が効かない!? 」

 そんな……



 しかし……

 皆は見る事になる。

 アルベルトが聖剣を振るう姿を。


 格好良い。


 アルベルトが、聖剣から魔力を放出する姿は何度も見たが。

 こんな風に、聖剣で斬り付ける姿を見るのは初めての事だった。



 見惚れていると……


 アルベルトの様子がおかしい事に気が付いた。

 両手で目を覆い跪いたのだ。


 

 殿下に何かあった!?


「 殿下ーっ!! 」


 主君のこんな姿は見たくはない。

 俺達は何の為の護衛だ!?



 地面に座っていたレティとグレイが立ち上がり、アルベルトに駆け寄っていた。


「 アル!? 」

「 レティ……目が……目に……魔獣の血渋きが……入った 」


 アルベルトは跪いたままに、辛そうに両手で目を覆っている。


「 目を擦ったら駄目よ! 」

 レティがそう言うと、アルベルトは目を覆ったままに頷いた。


「 ルーピン所長!! 早く! 来て! 」

 レティは駆けて来るルーピンに、急げと手招きをした。


「 痛む? 」

 痛みの為にアルベルトの美しい顔がどんどんと青ざめて行く。


「 殿下! ………我々が…… 」

 皆がアルベルトに何か言おうとしている所を、クラウドが制した。


「 今は……静かに……リテェエラ様にお任せしよう 」

 皆はそのまま一斉に膝を付いた。



 皆がアルベルトの側に駆け付けた中で。

 聖女とリナとルナの3人は、ずっと馬車の前で振るえているだけだった。



 騎士達が取り囲む中、ルーピンがやって来た。

 足の早さが恐ろしく遅い。

 イライラする程に。


「 ルーピン所長! 水を出して下さい。アルの目を洗います 」

「 ………分かった 」

 ルーピンは頷くと両手の袖を捲り上げた。


 ルーピンの指先からチョロチョロと水が流れていて。

 それを見ていた皆は目を見張る。

 それが……

 どうしても体液にしか見えなくて。



「 アル……仰向けに寝てくれる? 今から目を洗うから 」

 レティは仰向けに寝転んだアルベルトの頭を、胡座を組んだ自分の足の上にそっと乗せた。


「 目を開ける時には少し痛いかも知れないけど我慢してね 」

 アルベルトはまたコクンと頷いて。



 アルベルトの目をレティの指先で開けると、綺麗なアイスブルーの瞳が緑色になっていた。


「 くっ!! 」

 アルベルトの美しい顔が痛さで歪んだ。


 こんな綺麗なアイスブルーの瞳が、魔獣の血で汚されたなんて。


 レティはルーピンから出る水の魔力で、綺麗に雷獣の血を洗った。

 完全に緑色がなくなるまでそれを続けて。



 レティの横には、ナニアとエリーゼがタオルを持って跪いていた。

 彼女達は涙目になっていて。


 皆が……

 主君の負傷に胸が張り裂けそうになっていた。

 自分達が守らなければならない皇子様を、こんな姿にしてしまった事に。



「 痛みはどう? 」

「 ああ……いくらか楽になった 」

 アルベルトの声で皆が安堵した。


 アルベルトの目がゆるりと開けられた。

 ぼんやりと空を見ていて。


「 だけど……目の前が真っ暗だ……レティ、君の顔が……見えない 」




 ***




 皇宮まで馬車を走らせると2日間はかかる距離だが、元気な馬に取り替えながら、夜通し走らせる事になった。


 宿に泊まり、帝国民にアルベルトの今の状態を見られる訳にはいかなかった。

 帝国中が大騒ぎになる。


 強い君主を印象付ける為には、皇帝と皇太子は弱くてはならないのだから。



 アルベルトとレティが皇太子殿下専用馬車に乗り、クラウドとグレイ、ロン、ケチャップが馬に乗って帰路に着いた。


 残りの者達は……

 爺軍団と一緒に温泉施設に一泊してから帰城する事になったが、サリーナは自分も同行するとゴネた。


「 私もアルベルト様を看病したいわ 」

「 聖女様、今は貴女は必要ございません。医師であるリテェエラ様がいらっしゃれば十分です。何よりも……殿下を一刻も早く帰城させなければなりません。どうかご理解下さい 」


 魔獣が現れても……

 何もしなかった聖女なのに。

 浄化をする事以外に何の役に立つのかと、クラウドは歯噛みした。 



 クラウドはレティを同行させた事を正解とした。


 ミレニアム側と一部の大臣達が、アルベルトとサリーナを、この浄化の旅で近付け様としている魂胆が見え見えだった事から、レティを同行させたのだが。


 何時もなら喜んで旅に付いてくるレティなのに、何故だか嫌がるのを不思議に思いながら。



 そして聖女は……

 あの時魔獣を見て怯えているだけだった。


 彼女が魔獣に浄化の魔力を飛ばしてくれたなら、こんな事態にはならなかった筈。

 皇宮の橋の上での()()は何だったのだろうと。


 しかし……

 怯えるのも無理も無い。

 あんな突撃して来る魔獣が怖くない訳がない。

 男でも怖くて縮み上がるだろう。



 我々騎士は、殿下を守る為に敵に向かって行く訓練をしているからこそ()()が出来るのだから。


 それにしてもリテェエラ様は、何故()()が出来るのだろうかと思わずにはいられない。


 魔獣から殿下を守ろうとして……

 両手を広げて巨大化した魔獣の前に立ち塞がった姿が忘れられなかった。



「 リテェエラ様は……殿下の為に神が遣わした天使なのかも知れない 」

 エドガーは魔除けだと笑っているが。


 あながちそれが間違いでは無いとクラウドは思うのだった。



 道中ではアルベルトは熱が出ていた。


 レティは必死で看病をした。

 頭を濡れたタオルで冷やして、デカイ顔のリュックから取り出した熱冷ましを飲ませた。

 このリュックには何時も医療セットを常備していて。



 あの場に、水の魔力使いであるルーピンがいた事が救いだったとレティは思った。


 雷獣の血が目に入った直後に綺麗に洗えたからだ。

 騎士達は……

 ルーピンから出る水は体液では無いのかと怪しんでいたが。


 ルーピンの水は魔力である。

 その水は純粋な綺麗な水であり、その上魔力も入っている。


 その魔力があるから、魔獣の血を綺麗に洗い流す事が出来たのだ。

 それは……

 ドラゴンの血を研究する事で分かった事で。


 ドラゴンの血は……

 水の魔力使いの水で無ければ分解する事が出来なかったのだ。



 この浄化の旅で……

 同行させた魔獣研究の第一人者が、薬学研究員であった事も、医者であった事も幸いだったと言える。




 ***




 皇宮は大騒ぎになった。


 皇太子殿下の負傷は、一足先に馬を走らせて帰城したクラウドによって伝えられた。


「 そうか……レティちゃんが一緒だったな…… 」

 クラウドの話に驚きを隠せないロナウド皇帝だったが、レティが適切な処置をした事を聞いて安堵の顔をした。



 そして……

 クラウドから詳細を聞いた。

 クラウドは予めレティから聞いていた話をする。


「 何だと!? たまたま蹴った石が、たまたま魔獣に当たった!? それで怒った魔獣が追い掛けて来ただと!? 」

 何事にも動じないロナウドが珍しく素頓狂な声を出した。


 ルーカスはクラクラして眉間を押さえた。

 何故石を蹴飛ばすのかと。

 母親が聞いたら卒倒しそうだと。



「 それでも良かった。のう、ルーカス。レティちゃんが石を蹴飛ばさなかったら、魔獣が暴れて地域民に被害が出ていただろう 」


 レティちゃんに感謝しなきゃなとロナウド皇帝は笑った。ルーカスは苦笑いをするだけだったが。


 レティの……

 たまたま論とそんな子論は未だ健在だった。



 バタバタとしている内に、アルベルトとレティを乗せた馬車が皇宮に到着した。


「 皇太子殿下がご帰城されましたーっ!! 」



 目に包帯を巻かれたアルベルトが、小さなレティに支えられて馬車から降りて来た。


「 殿下……お痛わしい 」

 出迎えに出ていた皆はショックを隠せない。


 アルベルトは今まで大した病気や怪我をした事の無い健康な皇子だった。

 勿論、子供時代にはそれなりの感染症にはかかったが。



 皆が涙目で見つめる中。

 レティに手を引かれたアルベルトが、ゆっくりと皆の前を通り過ぎて行く。


「 ねぇ……部屋に戻ったら湯浴みをしてくれる? 」

「 湯浴みはテリーさんに頼んでよ! 」

「 テリーは腰痛だから僕を支えられないよ。ダドリーはまだ戻って来て無いしね 」

「 …… 」

「 レティ医師にお願いしたいな~ 」

「 ほら、階段よ! 右足から出して…… 」


 アルベルトは小さなレティの肩に手をやって、皇太子宮への階段をゆっくりと上って行った。

 時折、躓く振りをしてわざとレティを抱き締めたりしながら。



「 ………… 」

 侍女達は慌てて2人の後に続く。


 死にそうな位に心配して集まった宮殿のスタッフ達は、ホッとして胸を撫で下ろした。


 そして……

 クスクスと笑った。

 皇宮が久し振りにピンク色に染まったと言って。


 聖女が現れて……

 2人の事をちょっと心配していたが。


 良かった。

 2人の仲は相変わらずラブラブで。

 少しも変わってはいなかった。




 ***




 医師達の診断は、アルベルトは失明はしていないと言う事だった。

 魔獣の血が入った事で、一時的に見えなくなっているのだろうと。


 レティ医師が直ぐに目を洗った事が良かったと言って、改めて診察に来た病院長やユーリが、レティを称賛した。



「 診察が終わったらさっさと部屋から出て行け! 」

「 ? 」

 アルベルトの機嫌が悪い。


 見えない分、レティがユーリとどんな顔で会話をしているのかが気になって仕方が無い。


 大体何でユーリが来るんだ?

 主治医でも無いのに。



「 リテェエラ君、ちょっとこれの事で話があるんだ 」

「 あっ! これね……後から病院に行くわ 」

 ガサガサと2人で何かを見ている。


「 駄目だ! レティは俺の側から離れるな! 暫くは病院で働くのは禁止だ! 」

 最早、我が儘な皇子でしかない。


 いや、この皇子は子供の頃から我が儘は言った事は無い。

 とても出来た皇子様だったのだが。


 侍女達がクスクスと笑って。



「 レティ? 何処に行った? 」

 目に白い包帯を巻いたアルベルトが、手を中に彷徨わせてレティを呼ぶ。


 レティがその手を握って、アルベルトの頬にチュっとキスをした。

「 何処にも行かないわ 」

 ……と、言って。



 そんな甘い毎日の中、アルベルトの目は数日が過ぎても見える様にはならなかった。


 浄化の旅から戻って来ていたルーピンが言う。


「 聖女の浄化の魔力を目に掛けたら、目が見える様になるかも知れません 」

 失明していないのなら……

 目の中に蔓延る魔獣の血を浄化すれば良いのではないかと。



「 成る程……それなら直ぐに聖女に浄化して貰おう 」

「 魔獣は浄化で消えて無くなるのだから、妙な血も消えるに違いないわ 」

 アルベルトもレティも喜んだ。



 しかし……

 その後にルーピンは言いにくそうに言った。



「 ただ……もしかしたら……殿下の記憶が失ってしまうかも知れません 」



















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