皇太子殿下と聖剣
やってしまった。
公爵令嬢が平民の少女にキレるなんて。
これは虐げてると思われても仕方が無い。
あの場にいたリナとルナは絶対にそう思った筈。
世界中の女性を一瞬にして恋に落とせる様な……
あんな美しい皇子様の側に来たのなら、少しでも綺麗になりたいと思うのは当たり前の事。
聖女だと言っても彼女は18歳の平民の少女。
ましてや側妃になれるなんて言われてるのだから、アルに釣り合う様になりたいと一生懸命になるに決まってる。
サリーナの切ない気持ちが手に取る様に分かる。
普通の女性は……
魔獣の浄化に興味なんか持つ訳が無い。
彼女だって浄化の魔力を好んで持った訳では無いだろうに。
持ってしまったが故に、家族とも離され、否応なしに貴族の真似事をさせられているのだ。
他国に連れて来られ、聖女だと称賛されて、いきなり人々の注目を浴びる事の戸惑いは如何程のものだろう。
それは……
皇太子殿下の婚約者になった私も嫌と言う程感じて来た事。
そんな中でも彼女は他国であるシルフィードの為に、浄化をしてくれているのだ。
魔力切れを起こす程に。
魔力使いの事は分からないが……
身体の中にある熱を放出するのにはかなりの負担があるに違いない。
命懸けで魔力を放出する魔力使い達。
「 ………… 」
魔力使い達が魔力を放出する度に……
安易に格好良いと言って、はしゃいでいた自分が恥ずかしくなる。
聖女のくせに……
やるべき事をさっさとやりやがれ!と、思っていた自分の傲慢な考えが嫌になる。
魔力は身体の中にある熱だとアルが言っていた。
そこには体調の変化が関係して来るのは確かな事。
ましてや女性は月のものがあるのだから。
私は……
医師として失格だ。
帰城したら……
サリーナにスキンクリームをプレゼントしよう。
私の開発したスキンクリームなら、彼女の手の荒れにも効果があるわ。
あれは美白の効能もあるのだから。
それをミレニアム公国で宣伝して貰ったら……
いやいや、商売根性を出してどうする。
レティは根っからの商人であるから、直ぐに金儲けの算盤を弾いてしまう令嬢である。
ポーションの事だって。
ドラゴンの血が貴重とか、普通の女性ならそんな事を聞かされてもピンと来ないわよね。
お母様だって皇后様だって……
ドラゴンなんかと無縁の世界にいるわ。
私が……
こんな数奇なループを繰り返している私が変なだけ。
1度目の人生の私は……
お洒落の事ばかり考えていた普通の公爵令嬢だったのだから。
皇太子殿下に……
綺麗な自分を見せたいと言う思いだけで生きていただけの。
はぁ。
大きな岩のある場所まで歩いて来たレティは、足下にある石を蹴っ飛ばした。
スコーンと。
石は放物線を描く様に遠くに飛んで行き、岩場のある場所に落ちた。
レティは缶蹴りが得意である。
「 だからといってアルは譲れないけれども 」
アルが私を好きでいてくれる限りは。
そこは戦わせて貰うわよと呟いて。
レティは岩に座って空を見上げた。
青い空が綺麗で、サヤサヤと吹く春の風が気持ちいい。
さっきまでのイガイガした気持ちが落ち着いて行く。
「 ん!? ……何かいる? 」
石が飛んで行った方を見ると……
何かがもそりと動いた。
私が蹴った石が当たったの?
レティが目を凝らして見ていると……
その固まりの顔がこちらを向いた。
「 ヒッィ!? 魔獣! 」
現れた魔獣は雷獣。
顔はネズミみたいで、身体は熊みたいな魔獣。
四つ足で走り、そのスピードはかなり早い。
岩場に多く出現すると言われている。
これはローランド国でよく見られる魔獣。
ローランド国に留学した時に、王立図書館で読んだ魔獣の本に記載されていたから知っていて。
やった!
生け捕りだ!
背中のオハルを手に取ろうと手を背中にやったが。
そうか……
オハルはもう無いんだわ。
だったら……
この場合は逃げるしかない!
聖女の所に行けば……
彼女が浄化してくれる。
聖女がいる。
それだけで物凄い安心感がある。
やはり聖女はずっと我が国にいて欲しいかも。
レティは踵を返して駆け出した。
見ればアルベルトがこっちに向かって歩いて来ている。
アルに教えなきゃ!
この魔獣には雷の魔力が効かないって事を。
***
「 嘘だろ!? 」
レティが魔獣に追い掛けられている。
浄化した筈じゃ無かったのか!?
いや……
今この場所にいるのならば……
浄化する前に出現していたって事か。
「 殿下っ! 危険です! お下がり下さい!! 」
魔獣に気付いたグレイが、剣を抜いてアルベルトに向かって駆けて来る。
本来ならばアルベルトは出てはならないのだ。
アルベルトも自分の価値を分かっていて。
守られる立場である皇子様は、決して危険な場所には行かない。
しかし……
そこにレティがいるのなら、アルベルトにその声は聞こえない。
ロンとケチャップが後ろで弓矢を構えるが……
雷獣の前をレティが走っているから矢を射れない。
上手く命中しても雷風の矢が当たり、あのデカイ雷獣が爆発すれば、その骨や肉片が飛んで来てレティやアルベルトに激突する恐れがあるのだ。
あんな物が爆発の勢いで頭に当たれば即死だ。
しかし……
普通の矢では飛距離が足らない。
ロンとケチャップは弓矢を構えたままに固まって。
「 レティ!! 」
アルベルトの手は魔力を放とうとして黄金色に光っている。
「 アル!! 逃げてーっ! この魔獣は雷の魔力が効かないわ! 」
レティはトップスピードで走りながら、レティを助ける為にこっちに向かって走って来るアルベルトを必死で止め様とする。
しかし……
アルベルトは雷の魔力を放った後だった。
黄金の魔力がレティの頭上を越えて行く。
ピンポイントで狙える様になったのは鍛練の賜物だ。
何でも出来る皇子様だけれども……
その裏では彼は努力を惜しまないのである。
ドカーン!!
黄金の光は雷獣に当たると共に凄い音が鳴った。
ガァーー!!
それと同時に叫び声を上げ、その威力で雷獣は仰向けに倒れた。
「 よし! 」
誰もがやったと思ったが……
レティの言葉通りに、直ぐに雷獣は起き上がった。
あれ程の雷を落とされても雷獣には効いていなかった。
効かないどころか、雷獣はさっきより身体が大きくなっていた。
雷の魔力を吸収するみたいだ。
「 くそっ! 」
アルベルトは、帯剣していた聖剣を抜きながらレティに向かって走った。
大きくなった雷獣が四つ足で走りながら、再びレティを追い掛け始めた。
追い付かれる。
駄目だ!
このままでは私だけじゃ無くて、アルも襲われる。
レティは立ち止まり、踵を返して両手を広げて雷獣の前に立った。
その時……
ガゥ~ッ!!
雷獣が唸り声を上げてレティの前で2本足で立ち上がった。
魔獣が立ち上がった大きさは5メートル程で。
「 グレイ! レティを頼む!! 」
アルベルトは自分の直ぐ後ろを走って来ていたグレイに叫んだ。
そして……
聖剣の剣先を雷獣に向け、手を広げて大の字になっているレティの腕を掴んでグレイの方に放り投げた。
小さくて軽いレティは、アルベルトの力で簡単に飛ばされてしまった。
何時も優しい皇子様の所作が乱雑だった事は、この場合は致し方ない。
「 レティ! 」
アルベルトから飛ばされたレティを抱き抱えながら、グレイはゴロゴロと地面を転がった。
必死のあまりにレティと呼んでしまって。
バシュッ!!!
アルベルトは立ち上がっていた雷獣の腹を斬った。
雷獣の血渋きと共に……
雷獣は跡形も無く消えた。
「 凄い……これが聖剣の威力 」
グレイの腕の中に抱き締められたままに、地面に横たわりながらも、レティはアルベルトが聖剣を振るうその瞬間を見ていた。
綺麗だった。
黄金の髪をキラキラと光らせながら、アルベルトは両手で聖剣を持って、雷獣の腹に一太刀入れた。
その瞬間……
その聖剣に斬られた雷獣は、シルバーの光を放ちながら緑色の血渋きと共に消えたのだ。
浄化の魔力が聖剣から発動された瞬間だった。
シルフィード帝国には……
聖杯がある事により魔獣の出現が極端に少なかった事から、この聖剣の本来の使い道を知らなかった。
『 皇帝陛下が聖杯で帝国を守り、皇太子殿下が聖剣を振るうと、必ずや勝利が訪れる 』
シルフィード帝国にはこんな言い伝えがある。
騒ぎに気付き、駆け寄って来る中でのこの瞬間を目撃した皆は……
あまりにも美しい一枚の絵の様な光景に打ち震えていた。
ハァハァと息を整えながら……
レティはグレイの腕から起き上がって座り込んだ。
「 リテェエラ様……お怪我はございませんか? 」
グレイは腕を押さえている。
「 グレイ班長こそ……大丈夫ですか? 」
凄い勢いのレティが飛んで来たのだ。
怪我をしない様に受け止めたその衝撃は以下程のものか。
グレイが受け止めてくれたお陰で、レティは掠り傷程度の軽傷だった。
アルベルトに捕まれた腕は痛かったが。
その時……
「 レティ……目が……… 」
「 !? 」
レティが振り返ると……
アルベルトが片膝を付いて、両手で目を押さえていた。