公爵令嬢は少しキレた
サリーナは恥ずかしかった。
エスコートされる時に、皇子様や騎士の手に自分の手を重ねる事が。
農業をしながら機織りをしていたサリーナの手は、日に焼けて黒くゴツゴツとしていた。
勿論、手だけでは無い。
公爵令嬢であるその全てに美しいレティを見れば……
その差は一目瞭然だ。
日に焼けた顔。
荒れた肌。
パサパサな髪。
どれだけ香水をつけても土臭さは抜けない。
こんな自分に綺麗なドレスは似合わない。
高価なアクセサリーも。
皇子様の横に並ぶのには……
私はあまりにもみすぼらしい。
お姉様になりたい。
***
「 止まれ!! 」
走り出して10分位過ぎた頃に、馬車を先導していたグレイの声がした。
「 ? 」
「 何があった!? 」
「 後続から伝令が来た様です 」
馬車が止まると騎乗したままでグレイが扉の前までやって来た。
「 殿下! 聖女様の意識が急に無くなったそうです 」
聖女の馬車に並走していたジャクソンが、馬車の外から慌てた声で言う。
「 えっ!? 」
「 何だって? 」
アルベルトとレティが外に出ると、聖女を乗せた馬車が後ろに止まった。
ドアが勢いよく開かれ、リナが飛び出て来た。
「 聖女様が……急に意識がなくなって 」
レティが直ぐに馬車の中に入った。
既に手にしていたデカイ顔のリュックから医療セットを取り出して、意識が無いままに椅子に横たわるサリーナの診察をした。
「 ルーピン所長からポーションを貰って来て! 」
レティは双子の侍女に言った。
医学的には何の問題も無い。
だったら魔力切れだ。
ドラゴンを討伐した直後のアルもこんな状態だった。
ルーピンからポーションを受け取ったリナは直ぐにレティに渡した。
「 魔力切れを起こしていますね 」
「 確かに……サリーナから感じる魔力が極端に少ない 」
馬車の外ではルーピンとアルベルトが話をしている。
「 リテェエラ様は、触っているだけでも魔力が入りますからね 」
ルーピンはアルベルトを見ながらニヤニヤとして。
「 お前がレティの熱を知っているのがムカつく 」
大火の時に、レティは水の魔力使いであるルーピンを、ヒーラーの力で助けた事があるのだ。
駄目だわ。
こんな状態ではポーションは飲めない。
早く処置をしなければ……
タシアン王国で……
雷の魔力使いが魔力切れで死んだ事を先日聞いたばかりだ。
確か……
私の事をヒーラだとルーピン所長が言っていた。
あの大火の時は……
水の魔力使いであるルーピン所長が私の掌にキスをした。
レティはサリーナの唇に自分の掌を当てた。
しかし……
何をどうすれば自分がヒーラになれるのかはさっぱり分からない。
取りあえずサリーナの唇に掌をグイグイ押し付けながら念じた。
ムムムムム………
力一杯念じた。
ムムムムム。
すると……
サリーナの目がゆっくりと開いた。
「 ……… 」
「 良かった…… 」
サリーナの口元にレティの両掌が押し当てられている状況に、困惑しているかの様にサリーナは目をパチクリとして。
レティは慌てて手を離した。
「 魔力は感じる? 」
「 はい……身体の中に少し熱を感じます 」
ヒーラの力が何かのかは分からないが……
サリーナの意識が戻り、熱を感じると言うのだからきっとそれで魔力が戻ったに違いない。
私の念の効果はあったのだろう。
「 さあ、取りあえずはこのポーションを飲んで 」
レティはポーションの入った小瓶を、サリーナの口元に持って行く。
「 お姉様……どうしても飲まないと駄目? 」
「 ええ……変な味がするけど、即効性があるの 」
「 やっぱり変な味がするのね? 」
サリーナは驚いた顔をして、レティが持つポーションの入った小瓶を見つめた。
「 ?………もしかして、今まで飲んで無かったの? 」
ポーションの効果はルーピンが説明していた。
なのに飲んで無かったと言うの?
「 だって……お肌に悪そうだし…… 」
サリーナは口を尖らせた。
こいつは一体何をしに来たのだとレティは呆れたが。
それでもあれだけの魔力を放出した事は評価する。
こんな魔力切れを起こす程に頑張ってくれたのだ。
彼女が森を浄化したから、この森に程近い我がウォリウォールの領地民達は、これから安心して暮らせる事になったのだ。
言いたい事はあったが……
レティはぐっと言葉を飲み込んだ。
「 ルーピン所長から渡された時に、ポーションをちゃんと飲んでいたら、こんな魔力切れは起きなかったのよ 」
だからそのポーションはちゃんと飲んでと言って、レティは小瓶をサリーナに渡した。
飲み終わるまで見てるからと言って。
サリーナは渋々ポーションを飲み干した。
吐きそうだと言いながら。
ドラゴンの血なのだから不味いに決まっている。
これでもかなり改良されて随分と飲みやすくなってる筈。
「 じゃあ、ルーピン所長から渡されたポーションはどうしたの? 」
「 あれは……捨てちゃった 」
サリーナは舌をペロッと出した。
「 捨てた!? ポーションの説明はルーピン所長がしていたわよね? 」
どれだけ貴重な物なのかを。
「 魔力切れは命を落とすかも知れない。実際に魔力切れで死んだ魔力使いもいるのよ! このポーションは体力回復に即効性があるの! ドラゴンの血から作られた貴重な物よ。 これ一本で、人1人の命が助かった事がある事を分かって欲しいわ! 」
レティは少しキレた。
しかし……
これがサリーナに伝わるとは思わなかったけれども、どうしてもポーションの価値を知って欲しかった。
「 嘘……ドラゴンの血……気持ち悪い 」
サリーナは青ざめ、吐く真似をした。
それを見たレティは悲しくなった。
あれだけの苦労をして皆でドラゴンを討伐した事を思って。
だけど……
それはあの場にいた者しか分からない事だから、理解せよとここで言っても無駄なのだ。
「 ドラゴンの血が、どれだけ貴重なのかが分からないのは仕方が無いわ。だけどこれからは絶対に捨てないで! 」
もうそれだけを分かってくれたら良いとレティは思った。
「 私が平民で、学園にも行って無い馬鹿だから分からないって言うの? 」
「 なにを……!? 」
また……
平民だからと言う。
だから……
この女には関わりたくは無かったのに。
「 どうした!? 」
その時、アルベルトが馬車の扉をノックした。
2人の言い争う声は外にまで聞こえていた。
オロオロとしながら、2人のやり取りを見ていたルナが慌てて扉を開けた。
「 アルベルト様~お姉様が~、私が平民で学園にも行って無いからポーションの事を説明しても分からないって言うんですぅ~ 」
アルベルトが顔を見せるなりサリーナは涙を流した。
「 そんな事は言ってないわ! 」
レティは真っ赤な顔をしてサリーナを睨んでいる。
アルベルトは2人を見やった。
泣いてる? サリーナに……
顔を真っ赤にして不機嫌な顔をするレティ。
「 一旦この話は私が預かる。兎に角、サリーナを休ませてあげよう。魔力切れを起こしたばかりだ 」
「 やっぱりアルベルト様は魔力使いだから、私の辛さを分かってくれてるわ 」
サリーナはクスンと涙を拭った。
「 レティ、サリーナにはポーションの事をちゃんと説明しておく。彼女はまだ魔力が開花したばかりだから、魔力の事もよく分かって無いのだろう 」
サリーナはな~んにも知りませんと、キュルンとした顔をしている。
「 ええ……お願いしますわ。同じ魔力使いがしっかりと教えてあげて下さいませ 」
レティはアルベルトの顔も見ずに馬車から降りた。
「 レティ! 何処に行くんだ? 」
「 頭を冷やして来ますわ!」
そう言い残して、ドアの前にいるアルベルトの前をずんずんと歩いて行った。
レティの護衛をする為に近寄って来たロンとケチャップを、フンッ!! っと鼻息で蹴散らして。
「 殿下が魔力の事を教えて下さるのなら、もしかしてあの白い馬車に乗せて貰えるかも知れませんよ 」
「 もっと弱った風を装って、庇護欲を最大にして下さい 」
リナとルナはひそひそとサリーナに耳打ちをした。
「 アルベルト様……あの……私……まだ身体が思うように動かなくて…… 」
「 それはよく分かる。私も魔力切れを起こした時は大変な思いをした 」
「 でしたら…… 」
「 クラウド! ナニアとエリーゼに言って何か食べ物を持って来させてくれ! 」
「 了解です 」
クラウドは、馬車から降りてこっちの様子を見ている女官達の方へ向かった。
「 魔力を使ったら恐ろしい程に腹が減るからね 」
「 ………… 」
確かに……
魔力を使った後は恐ろしい程に食べている。
「 サリーナ! ルーピンは魔力研究の第一人者だ。彼に魔力の事をしっかりと教えて貰いなさい。魔力切れがいかに危険だと言う事と、ポーションの重要性を 」
アルベルトは近くにいるルーピンを呼んだ。
「 ルーピン! 彼女が理解出来る様に教えろ! 」
「 何度も教えましたが? きっと聖女様の理解力はゼロなんでしよう 」
魔力研究の第一人者であるルーピンにとっては、サリーナはただの魔力使いの1人。
浄化の魔力を研究したいだけで。
それに……
ルーピンは馬鹿は嫌いだった。
何時も接している虎の穴の研究員達の頭脳はズバ抜けているので。
魔力使いはまた別だが。
爺達も、かつてはシルフィード帝国の中心にいた重鎮達だった。
今は多少呆けてはいるが……
サリーナが、ナニアとエリーゼから食べ物の入った篭を受け取っているのを見届けたアルベルトは、直ぐにレティの元へ向かった。
少し歩くと……
岩に腰掛けているレティの後ろ姿が遠くにあった。
近くにはグレイやロン、ケチャップがいてこちらを見ている。
アルベルトは手を上げて、騎士達を下がらせた。
レティが怒るのも無理はない。
彼女がポーションをどんな思いで完成させたのかが分かるから。
まだ……
流行り病の特効薬が発見されていない時の、秘策のポーションだったのだ。
***
この場所は森と温泉施設の丁度中間辺りの林だ。
アルベルトはあの森を、温泉施設に泊まった貴族達が遊ぶ狩場にしようと思っていて。
浄化が出来たのなら計画を進められる。
最近は……
ガーゴイルが何百匹も出現した事で、温泉施設に来る客はいなかった。
爺軍団が久し振りの客だ。
帰城したらクラウドと計画を進め様と思うのだった。
何よりも……
結婚式が終わったら。
レティとこの温泉施設に来ようと思っていて。
1ヶ月位はレティと2人で籠るつもりだ。
子を作れ作れと言うのなら……
この位は認められるだろう。
まだレティには話して無いが。
後……
3ヶ月か。
長いなと、レティの後ろ姿を見ながら溜め息を吐いた。
勿論、アルベルトは聖女を側妃にする事なんか考えてはいない。
レティ一筋だ。
レティのループが終わった事で、アルベルトと交わった彼女の4度目の今生を、これから大切に2人で生きて行こうとしているのだ。
二百年も前の話を慣例だと言われても笑うしかない。
時代は変わったのだと。
現に皇族の側室制度は廃止されているのだから。
聖杯と聖剣に浄化の魔力を融合させたら、聖女をミレニアム公国に帰国させる様に皇帝陛下に進言しようと思っていた。
もう直ぐ結婚式なのに……
帝国民に、誤解させる様な異分子を皇宮に滞在させたくは無い。
実は……
この浄化の旅もアルベルトが提案した事で。
錬金術師のシエルの話では、聖杯と聖剣への魔力の融合には大量の魔力が必要で。
虎の穴では、何故か魔力の調節が上手くいかない事から、気分転換も兼ねて外で実戦する方が良いのかもと思ったのである。
狩場の浄化も上手くいった事もあって。
実際に、聖女は魔力を大量に放出出来る様になっていた。
皇都周りや、ウォリウォール領地に近いこの森も浄化出来て、正に一石二鳥だ。
温泉施設も安心のお墨付きが出来たのだから。
***
岩に座っていたレティはすくっと立ち上がり、アルベルトに向かって駆けて来た。
可愛いな。
あんなに一生懸命走って。
アルベルトは……
両手を広げてレティが飛び込んで来るのを待った。
しかし……
レティの後ろから魔獣が現れた。
レティは魔獣に追い掛けられていた。




