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浄化の旅

 




 ミレニアム公国に聖女が誕生すると、聖女をシルフィード帝国の皇帝か皇太子の正妃か側妃にする事が、両国間で決められていた事だった。


 ミレニアム公国は魔石の採れる国。

 それ故に何時も他国から狙われ、侵略しようとする国と戦い続ける事には、王族だけで無くミレニアムの国民も疲れきっていた。


 その結果……

 タシアン王国に侵略される事になり、国王夫婦や王太子が殺され、王家が滅んでしまったと言う。


 あの、聖女伝説の元になった出来事があってからは、聖女をシルフィード帝国に差し出す見返りに、自国を守って貰うと言う事でミレニアム公国は国の安寧を保っていた。



 聖女がシルフィード帝国の正妃か側妃になるのは、聖女の身分が関係する。


 あの、聖女伝説の聖女は王女だった事から、当時はまだ王国だったシルフィード王の王妃になった。


 次に現れた聖女は貴族だったが、シルフィード帝国の皇后が他国の王女だった事から、聖女は皇帝の側妃になるしか無かった。

 皇太子はまだ10代だった。


 平民のサリーナは、そんな事を議論するまでも無く、側妃になるしか無いのだが。



 聖女の誕生は突然の事なので、現れた時のシルフィード帝国の皇帝か皇太子の年齢によって、どちらの妃になるかが決められる事になる。


 今回はアルベルトが22歳の若き皇太子である事から、当然ながら皇太子の側妃になる事になると、サリーナは大公邸に滞在中に言われたのだった。



「 聖女様はラッキーだわ 」

「 あの、素敵な皇太子殿下の側妃なれるなんて 」

 双子の侍女のリナとルナは常に羨ましがっていて。


 勿論、サリーナも嬉しかった。

 アルベルトがまだ結婚をしていない事も。

 皇太子妃になる方が貴族の令嬢だと言う事も。


 勿論、平民のサリーナにとっては公爵令嬢も雲の上の存在でしか無いが、皇太子妃が王女よりはマシだと思った。

 それに……

 リナとルナから聞かされていたウォリウォール公爵令嬢が、身分に拘らない気さくな方だと言う事も。



 そして……


「 サリーナ! お前はアルベルト皇太子殿下の寵を得て子を孕み、ミレニアムの血をシルフィードの皇族の血統に入れるのだぞ! 」

 それが大公からの命令だった。


 シルフィード帝国の妃になった聖女は過去2人いたが、彼女達は誰も子をなしてはいない。

 皇子どころか皇女も生んではいないのだ。


 過去の皇帝には側室が沢山いた事から、皇子や皇女を生んでいなければ、聖女と言う立場以外では他の側室と何ら変わりは無かった。



 今回は……

 何としてもミレニアムの血が入った皇子を生み、シルフィード帝国との関係性を確固たるものにしたかった。


 もしも……

 皇太子妃との間に子が出来なければ……

 ミレニアムの血を受け就いた皇子が皇太子になり、やがては皇帝になるかも知れないのだから。



 しかしだ。

 肝心の皇太子が頭を縦には振らなかった。


「 私の考えは、あの聖女の歓迎会で言ったとおりだ! 変える気は毛頭無い 」


 大臣達が、再度アルベルトを説得しようと試みたが……

 けんもほろろに拒絶された。



 皇太子と聖女の浄化の旅は……

 聖女を側室にと願う、大臣達の期待が込められた旅でもあった。




 ***




「 そんな…… 」

 お姉様が魔獣の研究者なの?


 浄化の旅をする朝に、皇帝陛下への挨拶の時に集まった面々を見てサリーナは固まった。


 魔力の研究者とは虎の穴のルーピン所長の事で、魔獣の研究者はレティの事だった。



 サリーナは6人の公子達から、この旅で皇太子殿下の心をゲットする様に言われて来た。


 アルベルトは、何時も沢山の人々に囲まれている事から容易には近付けない。

 虎の穴では……

 どこから湧いて出て来たのか、赤いローブの爺さん達がアルベルトとの接触を邪魔して来ていて。


 だから……

 若い男女が少しでも長く一緒にいられる事は、より親密になれるチャンスなのだと言って。



 なのに……


 サリーナは……

 魔獣研究の第一人者と言う、よく分からない名前でこの旅に参加するレティにモヤっとするのだった。



「 聖女には大いに期待をしている。この度の浄化の旅の無事を祈る 」

 ロナウド皇帝がサリーナを優しく見た。


 初日の時とは違い、サリーナは真っ直ぐに皇帝を見据えていた。

 魔力が開花した自信が、サリーナ変えていたのだった。

 


 ロナウド皇帝への挨拶が終わると直ぐに、アルベルトはサリーナに手を差し出した。


「 では、サリーナ聖女。私が馬車までエスコートをしましょう 」

 サリーナがアルベルトを見上げれば優しく微笑んで、どうぞと頷いた。



 お姉様より私を?


 サリーナは真っ先に自分が優先された事で優越感に浸った。

 公爵令嬢よりも私が上なんだと思って。

 さっきまでのモヤモヤが吹き飛んだ。



 2人が歩いて行くと……

 周りにいる騎士や見送りに来ていた人達が一斉に頭を垂れる。


 なんて素敵。

 平民の私が……

 高貴な貴族達に頭を下げられているなんて。


 サリーナは……

 アルベルトの手に重ねた自分の手が、熱くなるのを感じていた。



 馬車に乗り込み御者がドアを閉めると、アルベルトはマントを翻して踵を返し宮殿に入って行った。


 ドキドキとする胸を押さえながら、その素敵な後ろ姿を見送っていると……

 サリーナの乗った馬車の横を、カラカラと白い馬車が静かに通り過ぎ、正面玄関口に止まった。



 真っ白で豪華な皇太子殿下専用馬車。

 皇太子殿下だけが乗る馬車である。

 当然ながら、そこに同乗する事が許されているのは特別な女性(ひと)


 そこに……

 手を繋いだ2人が現れた。

 皇子様と魔獣研究の第一人者が。



 2人は開けられた扉の前で何やら揉め出した。

 抱っこして馬車に乗せようとするアルベルトに、嫌だと言うレティ。


 2人でいると皇子様の溺愛が炸裂する。

 そんな2人を、見送りに来ていた侍女達がニコニコしながら見ていて。


 そうしてわちゃわちゃした後に……

 2人は皇太子殿下専用馬車に乗り込んだ。

 結局抱っこはレティに断られていたが。



「 …………… 」

 サリーナはいつの間にか、指の爪をガリリと噛んでいた。


 この時は……

 この感情が何なのかは、サリーナはまだ気付いてはいなかったが。



 皇太子殿下専用馬車のドアが閉められのを見つめていると、馬車のドアがガチャリと開いた。


「 まさか……リティエラ様が魔獣の研究者だとは…… 」

「 折角、皇太子殿下と親しくなるチャンスだったのに 」

 リナとルナがサリーナの乗る馬車に乗り込んで来た。

 彼女達はサリーナの世話をする為に同行するので。


「 何か作戦を考えなきゃならないわよね 」

「 ………… 」

 黙り込むサリーナとペチャクチャと話す双子の侍女の乗った馬車は……

 いつの間にかカラカラと動き出していた。




 ***




 浄化の旅と言っても皇都周辺を回る旅。

 何ヵ所かの沼地のある森を浄化をして、あの何百ものガーゴイル討伐をしたコーサス地方の森まで行く事になっている。


 あの温泉施設のあるコーサス地方は皇族所有の土地だが……

 その近隣には、帝国の食糧を担うウォリウォール領地がある事から、あの森は早急に浄化をする必要があった。


 聖女はまだ魔力が不安定だとしているが……

 先日ガーゴイルを浄化した事により、その浄化の期待は大だった。



 アルベルトがサリーナをエスコートして、広間から消えて行った時に、レティはミレニアム公国の侍女として来ていた2人に遭遇した。

 この2人はずっと皇宮にいたので、今までレティと会う事は無かった。



「 まあ!? リナさんとルナさんが聖女様の侍女だったのね!? 」

 会えて嬉しいわと言って、レティがサリーナの双子の侍女であるリナとルナに駆け寄って来た。


 ミレニアム公国では、大公邸に滞在中はとてもよくしてくれた2人だ。


「 わたくし達もお会い出来て嬉しく思います 」

 リナとレナは素っ気なくそう言うと、軽く頭を下げてサリーナとアルベルトの後を追い掛けた。



「 ? ………」

 残されたレティの側に女官達がやって来た。


「 立場が変わればなんとやらですかね? 」

 今回、女官のナニアとエリーゼがレティの世話をする為に同行していた。


「 何だか悲しい。私が帰国する時には、あんなに淋しいと言って泣いてくれていたのに 」

 今は……

 私の存在は自分達の主君の邪魔でしか無いものねと、レティは息を一つ吐いた。



 サリーナに苦手意識を持っているレティは、この旅への同行を渋ったが……

 クラウドや侍女達や女官達が、是非とも同行して欲しいと懇願した。


 最終的には……

 助手の爺達が張り切って引き受けた。


 魔獣には全く興味は無いが、退屈な爺達は旅には行きたかった。

 殿下に同行すれば美味しいものが食べられると言って。


 爺達は今日も元気だ。



「 爺! 皇太子とレティちゃんを頼むぞ 」

 ロナウド皇帝は、笑って10人の赤いローブの爺達を見送った。


「 御意 」

 爺達は……

 自分達の任務に胸を張って馬車に乗った。



 今回の浄化の旅は……

 魔獣研究の第一人者の助手が10人も同行すると言う、経費だけがやたらと嵩む旅になった。













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