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平民の聖女

 




 聖女誕生のニュースは、瞬く間にシルフィード帝国全土に広がり、人々を歓喜させた。


 二百年振りに現れた聖女。

 隣国との戦争が始まるかも知れないと言う暗い状況だった事もあって、帝国民達はこのビックニュースに沸きに沸いた。


 そして……

 聖女が平民だと言う事が民衆を更に歓喜させたのだった。



 そんな中で……

 この夜は、皇宮では聖女の誕生のお祝いの宴が開かれていた。


 皆が立ち上がり、入場してくる皇族に頭を下げて迎える中、サリーナは皇帝陛下にエスコートされて登場した。


 席は皇帝陛下と皇太子殿下の間。

 聖女は他国の王族と同等の扱いだった。



「 二百年振りに世に聖女が誕生した。彼女の存在が、我が国を末永く救う事になるだろう 」

 ロナウド皇帝の宴の始まりの挨拶に、皆がサリーナを凝視している。

 皆は聖女に興味深々だ。

 勿論、聖女を見るのは誰しも初めての事なのだから。



「 それでは……輝かしい未来に…… 」

 皆がお酒の注がれたグラスを持った。


 サリーナはもうずっと緊張の余り固まっていて。

 皇帝陛下の言葉なんか耳に入って来ない状況だ。


 ?

 皆が私を見てる?


 その時……

「 グラスを持って 」と、横の席に座るアルベルトから小さな声で囁かれ、サリーナは慌ててグラスを持った。


 ロナウド皇帝がサリーナにニッコリと微笑んで。


「 乾杯! 」

 乾杯と皆が大合唱して、グラスを掲げた。


 アルベルトを見れば……

 優しく微笑んでくれていて。

 サリーナは顔を赤らめた。



 何か印象が違う。

 あの魔法の部屋で見た、感じた、聖女の姿は何処にもない。


 今の彼女はオドオドとした哀れな平民の少女だ。

 こんな場所には勿論慣れていないから、こんな所作も仕方が無いが。


 アルベルトは、心許なげに皇帝陛下の横に座る場違いな聖女を見ていた。



 どうしよう。

 どうしたら良いの?


 カトラリーがズラリと並んでいるが……

 この3ヶ月間、必死で習得したマナーが、サリーナの頭からすっかり飛んでしまっていた。



「 端から順番に 」と、またもやアルベルトがサリーナに囁いた。


「 1度深呼吸をしてみてごらん? 学んだ事を思い出すから 」

 アルベルトは、平民のサリーナに貴族のマナーの教育をした事を、大公の息子達から聞いていた。


 浄化の魔力使いになったが故に、その他の魔力使いとは違って、貴族社会に飛び込まなければならなくなった事を不憫に思うのだった。



 アルベルトに視線を合わせたサリーナは、コクンと頷いて、息を懸命に吸って、吐いてと深呼吸をした。


 皇子様の……

 その優しい眼差しと、優しい声がサリーナを落ち着かせた。


 カチャカチャと音を立ててしまったが……

 それでも何とか頑張って料理を口に運んで行く。



 次はメインデッシュのステーキだ。

 一番の難関。

 ナイフを入れると……

 力が入ってしまい、ステーキの切り身がテーブルの前の床に飛んで行った。


「 あっ!? 」

 しまった!


 サリーナの声で皆がサリーナを見た。

 フォークを持ったままにサリーナは固まって、顔が真っ青になって行く。


 失敗した。

 どうしよう。



 その時……

 ポーンと空中に何かが派手に飛んだ。

 ()()はサリーナの飛ばした牛肉の切れ端の横に落ちた。


 ()()は……

 一口大の牛肉。



 その時、可愛らしい声が響いた。


「 ごめんあそばせ……今宵のメインデッシュは、まだ生きてるみたいですわ。本当に……暴れ放題ですわね 」

 オーホホホと腰に手をやり仁王立ちで笑ったレティは、スタッフに拾う様に命じた。

 その肉は……

 ワンちゃんに上げる様にと言って。



 レティの横にいたラウルがゲラゲラと笑う。

「 お前……今、肉を投げたな? 」


 アルベルトもクックと笑って。


 レティはサリーナが肉を飛ばしたのを見て、自分のフォークから肉をつまんで投げた。


 自分に注目を集める為に。



「 牛さん、ごめんなさい。そしてシェフもごめんなさい 」

 腹を抱えて笑うラウルを横目に、食べ物を粗末にしてしまった事を心の中で詫びて。


 料理をするレティは何時も綺麗に平らげる。

 出された料理は決して残さない。

 どの国のどんな料理でも。



「 まあ、やっぱりお転婆さんね 」

「 噂どおりですわね 」

 夫人達のヒソヒソは……

 ローズの一睨みで消えた。

 誰も公爵夫人を敵には回したくは無い。


 ロナウド皇帝はクスクスと笑っていたが……

 シルビア皇后は眉を潜めた。



 アルベルトは……

 サリーナの前にあるステーキの乗ったお皿を、こっそりと自分の前に置いて小さく肉を切り分けた。


「 どうぞ! これで暴れなくなったよ 」

 そう言って、お皿をサリーナの前に戻した。


「 あ……有り難うございます 」

 サリーナは……

 2人の優しい心遣いに胸がいっぱいになっていた。



 この2人となら……




 ***




 舞踏会ではサリーナはアルベルトにエスコートされて、入場して来た。


 聖女誕生の宴の今夜の主役はサリーナ。

 何時もならファーストダンスは両陛下達が踊るのだが、今宵はアルベルトとサリーナが踊る事になっている。



「 基本のステップが出来るのなら、後は私に身を任せるだけで良い 」

 ホールに入場する前に、アルベルトはそう言ってサリーナに緊張をしなくても大丈夫だと言って優しく微笑んだ。



 宮廷楽団の音楽が奏でられると、皇子様はサリーナの前に立った。


「 今宵の主役は貴女です。誰よりも輝く貴女と踊る事をお許し下さい。私と踊って頂けますか? 」

「 はい……喜んで……」

 差し出された手にサリーナはオズオズと手を重ねた。


 こんなに歯の浮くような言葉を言われたのは初めての事。

 それも……

 こんなに素敵な皇子様に。



 パートナーの女性を喜ばせる為の、賛辞の言葉を送る事は社交ダンスのマナー。

 ずっとお互いに見つめ合う事も。

 これから踊るダンスは2人だけの世界で、よりロマンチックなダンスに演出すると言う思いから。


 それを知らない平民のサリーナは……

 すっかり舞い上がってしまっていた。



 アルベルトがサリーナ手に大きな手を合わせて、腰をグイっと引き寄せると、流れる様なステップで夢の様な時間が始まった。


 凄い……

 踊れている。


 貴族としての最低限のマナーを習ったが……

 食事のマナーよりもこのダンスが苦手だった。

 食事は最悪残せば良いと思っていたけれども、ダンスだけはそうはいかない。

 皆の前で踊るのだから。


 それも……

 帝国の皇太子殿下と踊るのだ。



「 顔を上げて、私の目を見なさい 」

 足下ばかり見ていたサリーナは、頭上から聞こえる優しい声にドキッと胸の鼓動が跳ね上がった。


 そう……

 皇子様は声も素敵で。



 顔を上げると……

 綺麗なアイスブルーの瞳があった。


 皇子様が私の目から視線を外さない。

 まるで私に恋をしたみたいに熱い瞳。


 サリーナは……

 皇子様との2人だけの夢の世界へ落ちて行った。



 ギャラリーからは感嘆の声が上がる。


 アルベルトの巧みなリードは……

 踊りが下手なサリーナを素敵な淑女にしていた。




 ***




「 良いの?こんな場所にいて 」

 急遽開かれた舞踏会だったので招待客は少なくて、何時もの大ホールでは無く、今回は小さめのホール。


 レティはホールの隅っこのテーブルに座っていた。


 そのテーブルにオレンジジュースが入ったグラスがコトリと置かれた。

 やって来たのはレオナルドだった。


 ラウルは宰相ルーカスと別の場所にいて、エドガーはアルベルトの護衛で上座に立っている。



「 今宵の主役は聖女様ですもの 」

「 何時もの様に、私の男に手を出すな~ってやるかと思って期待していたのに 」

「 そんな事はもうしないわ。わたくしはもう立派な淑女ですから 」


「 聖女が現れたら決闘するって言ってたんだろ? 」

 アルが嬉しそうに話していたよと、レオナルドは聖女に決闘を申し込んで来いと言う。

 面白いからやれと言って。


「 彼女は……平民だわ 」

「 関係無いと思うけどね 」

 アルに近付く女は皆敵だ。

 早く暴れて来いとレティを嗾ける。


 関係あるわよ。

 相手が皇女や王女なら獲物だけれども、普通の平民ならそうはいかない。


 ましてや彼女は聖女。

 魔獣が増えて来た今、()()()待ち望んでいた存在なのだから。



 すると……

 突然レオナルドがレティの手を取った。


「 お前が行かないのなら呼んでやるよ 」

 レオナルドはそう言って、レティの手の甲に唇を寄せた。


「 !? 」


 その時……

 レオナルドの頭がキラリと光った。


「 痛ーっ!! あいつ……雷を飛ばして来やがった 」

 レオナルドが頭を押さえてアルベルトを見やった。


 レティもアルベルトを見れば……

 聖女と並んだアルベルトは、貴族達から挨拶を受けている所であった。


 誰よりも頭ひとつ背の高いアルベルトは、レオナルドとレティを見ている。

 ここからでも分かる程の殺気で。



「 それにしても嫉妬深い男だ。こんなに直ぐに雷が飛んで来るとは思わなかった 」

 どんだけレティを見てるんだと言って、頭に手をやりスリスリとしているレオナルドを見ながら、レティはクスクスと笑った。



 カツカツとした靴音と共にアルベルトがやって来た。

 レオナルドを睨みながら。


 そして……

 アルベルトはレティの細くて白い手を取って跪いた。


「 私の愛する婚約者が、ハイエナに狙われているのを黙って見過ごす訳にはいきません。どうか私とダンスを踊って頂けませんか? 」

 そう言ってレティの手の甲に唇を落とした。

 早速消毒をしている。


「 喜んで 」

 レティはクスクスと笑った。


 レオナルドはレティにウィンクをして見送る。

 手はまだ頭の上に。

 自慢のシルバーグリーンの長い髪が、ハゲてないだろうなと気になって。



 レティはアルベルトにエスコートをされて、沢山のカップル達が踊っている中へ。

 既に楽曲が始まっていたので、2人は直ぐに踊り出した。



「 聖女様はいいの? 」

「 父上が何とかするだろ。レオの奴、俺のレティにキスをするなんて 」

 許せんと言ってアルベルトは踊りながらも、またレティの手の甲に唇を寄せる。


「 レオがね……アルを呼んであげるって 」

「 挨拶が終わったらレティの側に来るつもりだったよ 」

「 そうだったの? でも……ビックリしたわ。直ぐに雷が飛んで来たんだもの 」

 レティはクスクスと笑う。


「 当たり前だ……僕は……君しか見えないんだから 」

 アルベルトはそう言ってレティの可愛いおでこに唇を寄せた。

 蕩けるような甘い甘い顔をして。



 音楽が終わり……

 レティはアルベルトにカーテシーをする。

 ドレスは美しく弧を描き、それはそれは美しいカーテシー。


 皆はそれを見てうっとりと溜め息を付いた。

 いつの間にか他のカップルはいなくなり、ホールに2人だけになっていた。

 2人の素敵なダンスを見ようと、途中で踊るのを止めて端に寄っていたのだ。



「 お2人を見ていると安心致しますわ。わたくしは()()異物が不快でしたの 」

「 やっぱりお2人のイチャイチャを見てると幸せになりますわね 」

「 わたくしは未来永劫、お2人推しですわ 」


 こんな話をするのは学園時代の生徒達。

 皇子様のベンチに座り、レティの料理クラブが終わるのを待っていたアルベルトに、胸をキュンキュンさせていたアルベルトの御代を支えていく若者達だ。



 その時……

 2人の元に聖女が駆け寄って来た。

 銀色の髪を靡かせて。



「 こんな素敵な2人の側にいられる事が幸せです。末永く宜しくお願いします。()()()! 」


 サリーナはそう言うと、アルベルトの腕に自分の手を回した。

 そして……

 反対の腕をレティの腕にも回したのだ。



「 ………お……おねえ……さま? 」















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