皇子様の想い
魔力使いは歳を取って死ぬまで魔力を使える訳では無い。
なので、魔力使いに年寄りはいない。
勿論その理由はまだ分からないが。
いや、そもそも魔力の研究者である水の魔力使いであるルーピンでさえも、魔力の事は殆ど分かってはいないのだ。
自分自身が魔力使いであっても。
子供の頃から魔力が現れる者もいれば、一生涯自分の魔力に気が付かない者もいて、魔力が弱ければ弱い程に気が付かないと言われている。
魔力は光、火、水、風、雷、浄化が今まで確認されている。
今回タシアン王国で、新たに、魅了の魔力と災いの魔力を知る事になったが。
災いの魔力に関しては、魔力使いの魔力では無い事から認定はされ無かった。
そして……
2百年振りに現れた浄化の魔力使い。
それは魔獣を浄化する魔力であるが故に、聖女と呼ばれて来たのである。
虎の穴にある魔石は……
ミレニアム王国を逃げる時に聖女が持って逃げた魔石だ。
この魔石は聖女の魔石だった。
その魔石が与えた浄化の魔力。
聖女になったサリーナは……
それに値する聖女になったのだった。
堂々と……
雷の魔力使いであるシルフィード帝国の皇太子と、視線を合わせる程の。
「 聖女ね 」
この場に似つかわしく無い可愛らしい声が響いた。
皆の心臓は飛び上がり……
声の主に視線を注ぐ。
「 またお前かぁ!? ビックリするだろうが!? 」
「 何が、聖女ね。だ!?」
「 お前はまた、何でここにいるんだよ!? 」
悪ガキ達も聖女誕生の瞬間に立ち会っていた。
レティはラウルとレオナルドの前に立っていて、エドガーの横にいる。
群衆の先頭にいつの間にか並ぶ技は、皇子様ファンクラブでゲットした裏技。
「 あら? わたくしは薬学研究員ですわ! 」
ここはわたくしのテリトリーですわと、腰に手を当てて偉そうにしている。
ホホホと笑って。
聖女誕生の瞬間が……
レティの登場でワチャワチャしたと言う。
***
虎の穴から引き揚げると、アルベルトは執務室で執務をしていた。
2ヶ月分の溜まった執務を。
「 殿下…… 」
レティの護衛騎士達の報告書をチェックしていたクラウドから、昨日にレティが港に行った事が記載されていると告げられた。
レティの事は、どんな些細な事でも報告をする様にとクラウドに言ってある。
「 丁度、殿下がお出迎えをしている所だったと書かれております 」
そこでアルベルトを見ていた事も。
「 俺……昨日は執務室に缶詰だと言った 」
アルベルトは青ざめて。書類に走らせていた万年筆の手を止めた。
この万年筆はレティからプレゼントされた物。
「 ? 聖女を出迎えに行くのは3日前から決まってましたよね? 」
何でそんな嘘を?と言いながら、クラウドは他の騎士達の報告書をチェックしている。
3日前から遣いの者を走らせた事で、休暇中の騎士達を収集する事が出来た。
長期休暇中の騎士を直ぐには集める事は難しい。
電話も何も無い時代なのだから。
「 女性を迎えに行くとは言い難くかった……余計な心配をさせたくなくて…… 」
「 まあ、女性関係の派手な殿下ですからね。そのお気持ちは分かります 」
「 何だ? その言い草は!? 」
俺はレティ一筋だとアルベルトは怪訝な顔をする。
そのルックスが罪なんだとクラウドは思った。
そして……
アルベルトは本当に優しくスマートに女性に接する。
これ程の美丈夫にあれをやられては、誰しも恋をするだろうと。
殿下は本当にお伽噺に出て来る様な皇子様だ。
他国の王子も色々と見て来たが……
最近、娘に読んであげている絵本の中の王子様そのもの。
いや、最早お伽噺の王子様より輝いている。
そんな皇子様の想い人はただ1人。
しかしそれが中々一筋縄ではいかない令嬢で……
この美貌の皇子様が、苦戦しているのだから笑わずにはいられない。
「 殿下とリティエラ様は互いに引き合っているのですから、そんな嘘はつかない方が身のためですよ 」
本当に何処でも出会うのですからと言うクラウドは、アルベルトの側近として昔から2人の事をよく見ている。
この2人の特別な絆に感服しているのだ。
「 あっ! グレイも書いてますね 」
「 グレイが? 何と? 」
グレイはレティに気付いていたのか……
アルベルトは何だか軽いショックを受けた。
あの時は……
聖女から感じる魔力に気がいっていたのだ。
好きな女がいる前で他の女の事を考えていた自分が情けない。
レティに気付かなかった事が腹立たしい。
「 殿下にリティエラ様がいる事を伝え様としたら、リティエラ様が首を横に振ったと 」
「 ………… 」
クラウドは、万年筆を持ったままに黙ってしまったアルベルトをチラリと見た。
「 きっと、公務の邪魔をしたくなかったんでしょうね。正直に話した方が良いですよ。嘘をつかれた側は後を引きますから 」
そう言って、クラウドは空を見据えた。
何かを思い出しているかの様に。
「 妻に嘘をついたら……絶対にバレますからね 」
クラウドは一人言の様に呟いてブルリと身体を震わせた。
きっと嘘をついて散々な目にあった事があるのだろうとアルベルトは思った。
それは勿論分かっている。
まだレティのループを知らなかった頃には、レティのつく小さな嘘に悩まされていたのだから。
嘘をつくしか無かった彼女もさぞかし辛かった事だろう。
聖女の誕生は喜ばしい事だが……
今更と言う感じがしないでも無い。
あんなに苦労をしてガーゴイルを討伐したのだ。
レティは肩を痛めて、熱まで出して。
何故今になって現れた?
もう少し早く出現していたなら。
アルベルトは溜め息を吐いた。
「 今から許しを乞いに行く 」
アルベルトは虎の穴に出向いた。
あの後、レティは虎の穴で研究をするというので別れたのだ。
昼食を一緒に食べる約束をして。
レティは薬学研究室の自分の研究室にいた。
アルベルトが入室すると……
あら?もうお昼なのと言って。
「 レティ……君は……昨日は港に行ったんだって? 」
「 ………そうよ。市の最終日だったの。掘り出し物が買えたわ。騎士達とロブスターも食べて来たのよ 」
レティは作業をする手を止める事無く、アルベルトの質問に答える。
「 執務は随分と早く終わったのね 」
「 いや、執務はしてない……ごめん……何となく行くって言えなくて…… 」
レティの誘導の尋問は巧みだ。
感心する程に。
「 迎えに行くのが……女性だと聞いたら君が嫌な気持ちになるかなって…… 」
「 それだけが理由じゃ無いでしょ? 」
「 えっ!? 」
「 私が……もし、聖女を側妃にしても良いって言ったら……アルは聖女を側妃にする? 」
前に言ってたわよねと、レティはこの時初めてアルベルトの目を見た。
前に?
アルベルトは思い出した。
あの時の失言を。
『 聖女は逃がしたく無いから、王妃や側妃にするのは仕方が無い 』
……と、言う様な事を言ったのだ。
確か……
ミレニアム公国へ行く船の上で。
勿論、自分の事では無い。
歴代の王の事を言っただけで。
それよりも……
レティからそんな質問をされた事に、アルベルトはショックを受けた。
「 それは無い! 絶対に。レティ、私だけだと言ってくれ!僕の妃になるのは私だけで無いと嫌だと 」
アルベルトはレティの両肩に手をやった。
「 ………嫌よ……勿論嫌だわ 」
「 うん……有り難う…… 」
アルベルトはホッとしてレティの額にコツンと額を合わせた。
レティの言うとおりに……
アルベルトが嘘をついてしまった裏にはこの側妃問題があるからで。
シルフィード帝国では、誕生した聖女は代々王妃か側妃にして来た。
他国に取られない様にと。
きっと……
ミレニアム公国に圧をかけて強引に手に入れたのだろう。
だから……
聖女がやって来たとは言えなかった。
間違いなら、いらぬ心配をする時間が可哀想だと思って。
勿論、彼女が聖女だと確定したら、自分の口から言うつもりでいた。
大臣達が側妃にしろと大合唱する事は目に見えている。
慣例だと言って。
奴等は慣例を頑なに変えようとはしない。
聖女云々の話なんて、二百年も前の古い話なのにだ。
「 僕が何とかするから。また君に嫌な思いをさせる事になるかも知れないが…… 」
「 うん……信じてる 」
レティはそう言って、くるりと向きを変えた。
よく見れば矢を綺麗に並べている。
「 ねぇ……君はさっきから何をやってるの? 」
ここは僕に抱き付く場面でしょと、アルベルトはレティの背後からその細い腰に手を回した。
「 聖女にこの矢を浄化して貰おうと思って 」
聖女の魔力なら普通の矢が聖なる矢になる。
矢尻に魔石を付けなくても済むのだ。
「 側妃や正妃と言う前に、先ずは聖女の仕事をして貰わなきゃ! 」
魔獣は何時なん時出現するかも知れないのだから。
折角聖女が現れたのだ。
とことん仕事をして貰わないと。
「 聖女が二百年出現しないのなら、二百年分の矢が必要よ。アルも頑張って雷風の矢を作ってね 」
じゃあ、やる事があるからと言って隣の錬金術師の部屋に入って行った。
好きだ。
何時も前を向き続ける君が大好きだ。
僕の妃は……
我が国を何よりも思う妃になりそうだと、アルベルトは顔を綻ばせた。
聖女を側妃にしなくても良い方法を考えなければならない。
俺の妃は後にも先にもレティただ1人だ!
***
皇帝陛下達とミレニアム公国の6人の息子達が話し合いの結果、聖女を大々的に公表する事になった。
外交が盛んになった昨今では、秘密裏にはしておけないだろとして。
「 聖女誕生 」のニュースが帝国民に伝えられると……
帝国中がお祭り騒ぎになったのは言うまでも無い。
こうして……
聖女のお披露目がこの皇宮で開かれる事になった。
『 聖女の誕生祭 』と言う名の元に。