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3-①

「お前さあ、湊さんには迷惑かけんなよ」

「は、」

「ストーカーとか」

 するかそんなもん、という言葉に力はない。第三者からの率直な意見を聞いて、ようやく目を覚ましてしまったような気がした。

 こんなことあるわけがない。

 嘘を吐いたら本当になるだなんて、対象年齢三~六歳の絵本の世界だ。

 ついさっきまでは頭から信じ込んでいたことが、一気に色褪せて見える。マルチ商法の元締めが金の指環を全部の指に嵌めているのを見たら、たぶんこんな気持ちになる。

 そんな気持ちになっている井原は、そんな気持ちになっているので、しかしなお信じたがった。

「いやマジだよ。マジの話だから、これ」

「マジの話だと思ってんなら病院行った方がいいぞ」

 夏、教室。

 明日から夏休みだった。

 暑くて、蝉が鳴いていて、次に控える一学期最後の授業は漢文で、すでに眠くて、クーラーの設定温度は二十八度だから汗ばんでいて、頭が茹ったとしてもおかしくはなかった。

 だからたぶん、平尾もそう思ったのだろう。井原の頭が茹っていると。手を伸ばして額に手を当てて、井原はそれを暑苦しいと言って振り払う。

「マジの話だからマジだと思ってんだよ」

「信じる信じないはお前の自由にしても、それを外に出すなよ。やべーやつだぞ」

「う、」

「特に湊さん。『この間、」

 平尾は周りのクラスメイトたちを見て、声を潜めて、

「飲みかけのジュースをこっそり飲んだら嘘が本当になるようになったんだけど!』とか言って突撃すんなよ。お前そーいうとこあるからな」

「し、」

 しないわ、とは言い切れなかった。

 というか、言えなかった。

 言いに行くつもりだったのだ。正直なところ。この話が終われば。意を決して。勝手に飲みかけのジュースを飲みましたすみません。自分は変態ですすみませんすみません。ところで飲んでからというもの嘘を吐いたら本当になってしまうという夢みたいな状況になっているんですがどうすればいいんでしょうかすみませんすみませんすみません。

 馬鹿みたいだし、自分でも馬鹿だなあと思うが、このやり方以外は知らないのである。馬鹿だから。

「する、これから」

「悪いこた言わないから頭冷やした方がいいと思うぜ。十年くらい」

「脳が死ぬわ」

「気付いてないかもしんねーけど、もうほとんど死んでるぞ」

 否定できない自分がいた。

 が、五十分間の漢文の授業の間、否定できない自分と戦い続け、最終的に素直な心が勝ってしまった。

 チャイムと同時に椅子を引いた井原に向かって、平尾が、

「…………」

 何も言わなかった。

 絶句だった。

 絶句される理由もわかる。井原は頷いて、目を瞑り、神妙な面持ちで、

「死んでくる」

 教室の扉を開けるとき、心配と不安で顔面を塗り潰された平尾がついてきた。


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