第13話 その少女は刃の如く
「私に紹介したい人たちって彼らのこと?」
応接室のドアから現れた少女は、ツリ目がちな瞳でヒロたちを見つめながらタクトと話し始める。
彼女の問いに対し、タクトは肯定を現すようにうなずく。
「ああ、彼は期待の新星ヒロ君、こっちは聖女アリシアちゃん。で、こっちがセーラちゃん、彼女は何とヒロ君と契約した人型のクロスギアなんだよ!」
それまで眉一つ動かさず、興味なさそうにタクトの話を聞いていた彼女だったが、最後の説明に始めて表情を変えてセーラの方を凝視する。
「クロスギア? 彼女が……」
「おっ、君も彼らに興味がわいたようだね」
「その話がホントなら……よ」
大事なことを軽い口調で話すタクトに、どうやら彼女は胡散臭さを感じているようで、半信半疑という面持ちだった。
「本当さ、何なら君の相棒に聞いてみたらどうだい?」
『どうやらタクトさんの話は本当みたい。カレン、その娘クロスギアよ』
「……本当なの、カグラ?」
『ええ、間違いないわ』
突如声とともに姿を現した、赤い猫のような生き物。少女はその生き物の言葉で、ようやくセーラがクロスギアだと信じる気になったようだ。
話す猫と謎の少女という組み合わせに、ヒロはタクトに質問を投げかける。
「あの、タクトさん彼女は一体……」
「ああ、ごめんごめん、まだ彼女のことを紹介してなかったね。彼女の名前はカレン・カンナギちゃん。彼女はこの国、聖王国に10人しかいないBランク冒険者の一人で、今回の作戦の参加者の一人だよ」
タクトが紹介した彼女――カレンは、再度こちらに視線を向ける。改めて見た彼女の姿、背はヒロよりも低いはずなのに、まっすぐに背筋を伸ばして凛と立つ様は、まるで名刀のような鋭さを感じた。
「あなたがこの子の契約者なの?」
「あっ、はい……えっと、去年のこと覚えてますか……あの、ほら前にオレ、君に助けられたことがあるんだけど……」
そう聞かれて彼女は少しばかり、記憶をたどり、やがて一人の人物にたどり着く。
「ああ、あなたあのときの……そう、まだ続けていたのね。それで、ここにいるってことはあなたたちも作戦に参加するのかしら?」
「はい、そのつもりです」
「やめておいた方が賢明だと思うのだけど。そちらの彼女は聖魔法の使い手だからいいとしても、あなたが戦力になるとは思えない。今回の事件は危険よ、生半可な実力で来られると迷惑なの」
「っ……」
キッパリとそうカレンが言い放つ。その言葉は鋭く、刃となって少年の心を貫いた。ヒロは何も言い返せないことに悔しさで拳を握る。だが、そんなヒロ手にアリシアがそっと彼女の手を重ね合わせる。その手の温もりは手袋越しでも分かるほど温かく、少年の折れそうな心に勇気を与えてくれた。そして、少年はスッと立ち上がり、カレンに向けて今の己の気持ちを込めて彼女に伝える。
「それでも……それでもオレは、この町の危機を知って……黙ってなんていられない……っ」
ヒロのその真摯な眼差しと、カレンの視線がぶつかり合い、思いが交差する。
そんな空気を引き裂いて己の案を提示したのは、タクトであった。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。……カレンちゃんはヒロ君たちの実力を疑ってそう言っているんでしょ?
だったら、ボクにいい考えがあるんだ」
「いい考え……ですか?」
それまで状況を見守っていたセーラはタクトの言葉に首を傾げる。
タクトはにっこりと笑顔を見せると、ヒロたちにそのいい考えとやらを熱弁する。
「そう、実は今カレンには微小魔人領域の排除を依頼しているんだよ。――ああ、微小魔人領域というのはね、生まれたてのまだ完全に魔人領域を形成できない変異体の魔人領域を指すんだけど……どうやら今回の魔人領域からすでに内部で生成された別変異体たちが領域内から抜け出して、それぞれ別の領域を生み出し始めているようなんだ。だから本作戦が始まるまでのあいだ彼女にはそれらの微小魔人領域を排除――まあ簡単に言えば別の変異体の討伐を依頼しているわけなんだけど、ヒロ君にもこの依頼に同行して同行してもらおうと思うんだ」
「――ちょっと、あなた正気なの? こんな素人を変異体討伐に参加させるなんて……」
あきれた声でカレンがタクトに返答を求めるが、彼の方ではすでに決定事項なのか、態度を改めるようなことはなかった。
「もちろん正気さ、それにヒロ君をあきらめさせるにも変異体の脅威を間近で見た方が納得させやすいだろう?」
「そうだけど……私に荷物を抱えながら変異体と戦えっていうの?」
「君ならそれくらい何てことないはずだけど……ああ、『アレ』を見られるのがそんなに……おっと!」
会話の途中で突如カレンは、刀を抜いてタクトの首元目掛けて刃の先端を向ける。そして氷のような冷たい瞳で彼を見つめていた。
「それ以上言ったら……殺す」
ヒロは喉をゴクリと鳴らす。油断していたとはいえ、少年には彼女の動きがとらえきれなかった。彼女の穿いている緋袴の腰には先ほどまでなかった鞘があり、逆に先ほどの猫がいないことから、先日のウルフ同様、彼女もまたクロスギアと変形武装したのだろう。
刀と鞘のクロスギア、それがあの猫の正体といったところか。
それにしても彼女の動きは流れるように無駄がなく速かった。刀には抜きまたは居合と呼ばれる技術があると言われるが、彼女のそれはまさしく神業で、ヒロとそう年齢は変わらないはずでありながらすでに達人の域に達していた。
「……どうやらふざけすぎて逆鱗に触れたようだね。だけど、ヒロ君に変異体討伐に同行させるっていうのは本気だよ。……ひょっとしたら彼こそボクたちの求める人物かもしれないぜ?」
それから、カレンはタクトに向けていた刃を収め、やがてはぁ……とため息をもらした。
「……そんな可能性は万に一つもありえないと思うけど、確かに彼をあきらめさせるには良さそうね。いいわ、その話に乗ってあげる」
なし崩し的に渋々といった様子でタクトの提案を受け入れたカレンは、ヒロに改めて確認をとる。
「それで、あなたはどうするの?」
「オレは……やります」
念を押されて、だがそれでもヒロの決意は変わらない、町を――いや、アリシアや子供たちの日常を守るために、この戦いに向かうと。
「そう、わかっ……」
「カレンさん!」
その固い決意をカレンにぶつけ、彼女もそれを了承しようとしたとき、ヒロの真横から真剣な眼差しでアリシアも少年と同じく立ち上がって、カレンの方へ身体を向ける。
「あの、その任務……私も参加させてください!」
「アリシア……?」
ヒロは驚いてアリシアの方を見る。しかし彼女が冗談で言った訳では無いことが少年の目にもはっきりと分かった。驚いたのはヒロだけでは無かったようで、タクトもアリシアを凝視し、彼女の真意を聞いてくる。
「本気かい、アリシアちゃん? 君は浄化班なんだから、別に君までこの任務に参加しなくてもいいんだよ。確かに変異体を倒した後に微小魔人領域を浄化する必要はあるけど、微小魔人領域の方はそんなすぐ変異体が生まれるってわけでもないんだ。本作戦終了後に大規模魔人領域共々浄化したって……」
「いえ、私は後方の浄化班ではなく、ヒロと同じ前線の部隊で戦いたいんです。それにヒロがそんな危険な場所に行くのに、私だけ黙って見送るなんてしたくないんです!」
それからアリシアはカレンに向かって頭を下げ「お願いします、私も連れていって下さい」とお願いをした。
『いいじゃない、カレン。彼女も連れて行きましょう? うーん、好きな男の子を思う少女の姿……これぞ青春よね~、うふふ、いいわねこんなかわいい娘に好かれて』
カレンが何か言うより先に彼女の腰の刀の方が答える。当のカレンの方は頭痛でもしたかの様に頭を押さえながら、「カグラ……あなたね……」とつぶやいた。
それからタクトがパンッと手を叩き、うんうんと頷きながら腕を組む。
「そうか、アリシアちゃんも前線にねぇ……よし、分かった。そう言う事なら任務期間中の子供たちは我々の方で面倒を見よう。……そう言う訳だからカレンちゃんは二人……いやセーラちゃんを含めて三人かな? まあとにかくこのパーティで微小魔人領域の各個撃破をよろしくね♪」
「本当に簡単に言ってくれるわ……はぁ、報酬は弾んでもらうから」
「あの、よろしくお願いします!」
こうしてヒロたちは変異体という未知の領域に足を運ぶことになった。