第12話 変異体
ギルド長を名乗る謎の青年、タクト・ツクヨミに案内され、ヒロたち三人はギルドハウスの奥にある応接室にたどり着く。
「さあ、ここがボクの執務室兼応接室さ!」
「こ、これは……⁉」
応接室の扉が開かれ、その部屋の様子を見たセーラが驚きの声を上げる。
その扉の向こうに広がる光景とは……
「き、き、き……」
「フフフ、驚いて声も出ないようだね!」
「きったなーい‼ なんですかこの部屋は、ゴチャゴチャじゃないですか⁉」
見渡す限りの物・物・物……執務室兼応接室は完全に片づけられない人の汚部屋と化していた。
「いや~、ギルド長は仕事道具が多くて大変だな~、部屋が多少散らかっていても仕方ないな~」
「いやいや、これは全然『多少』ってレベルじゃないじゃないですか‼ 赴任してから数日のはずなのになんでこんなに散らかっているんですか⁉」
あっけらかんとした顔で仕方ないと言い訳をする新ギルド長にツッコミを放つセーラ。
ヒロが試しにゴミのなかから本を手に取りタイトルを見ると、『モエモエ! ハレンチ学園』と書かれていた。どういう内容かはあえて読まないが、少なくともギルド長の仕事に必要だとは思えなかった。
「ちょ、ちょっと変わった人だね……」
アリシアがぎこちない笑みで新ギルド長をそう評価するが、正直ちょっとどころではないと、ヒロは思った。
三人は座るように言われ、ソファーへと腰を掛ける。幸いソファーの方は無事だったため座ることができたが、本来応接用に用意された大きな机には本やチェスの駒などが散らばっており、机としての機能がマヒしていた。
「さて……今日ボクが君たちをここに読んだのは、君たちにお願いがあるからなんだ」
「お願い……ですか?」
タクトはヒロたちの対面の椅子に座ると、さっそく要件を切り出してきた。
「うん、ヒロ君たちは『魔人』って知ってるかな?」
「魔人って……たしか、魔物の原点とされる伝説上の生き物ですよね?」
「おっ、さすがアリシアちゃん、さすがわずか一年で洗礼を終えた才女はちがうね」
正解を言い当てたアリシアをタクトがほめる。こういった知識は治療師になるために首都でシスターの洗礼を受けていたアリシアに一日の長があった。
「そう、彼らは『人竜大戦』から後の世に姿を現し、歴史の上で幾度となく人類を脅かしてきた、この世すべての魔物の祖にして最強の生物。それが魔人だ」
「はあ、その話と今回オレたちを読んだことに何の繋がりが……まさか、オレたちで魔人を⁉」
そう真剣な眼差しで新ギルド長に聞くと、当の本人は何がおかしいのか笑いながら否定した。
「アハハ、さすがにボクもそこまで鬼じゃないよ、今回の依頼はそのスケールダウン版、変異体の話さ」
「変異体、ですか?」
ヒロはあまり聞きなれない言葉に疑問を返す。
それに対し、タクトはうんうんと頷きながら説明をつづける。
「まあ、まだ新人の君たちではあまり耳にしない言葉かもしれないね、変異体っていうのはね、一言で言えば先祖返りさ。
さっきも述べたけど魔物っていうのは魔人の子孫みたいなものなんだ、だからねときどきそんな彼らのなかには先祖である魔人の力を一部取り戻してしまったヤツが出てくるのさ。有名なのはオークロードとかゴブリンキングとかかな?」
「なるほど……」
確かにオークロードやゴブリンキングなどの上位個体の話はヒロも聞いたことがある。それらは種族を超越した強さをもつ危険な魔物だとも。
「変異体と他の魔物の最大の違いはね、ヤツらは存在するだけで汚染することかな。呪いを振りまくと言ってもいい。ヤツのいる場所は穢れ、やがては魔の領域へと変化し、人外魔境の地へと成り果てる。そこでは魔物が繁殖し、また新たな変異体が生まれるんだ。
分かるかい、変異体はまさしく世界を汚す穢れそのものなんだよ」
そこまで言われてヒロにもことの重大さが理解できた。変異体がまた新たな変異体生み出すのであれば、それはもう、負の連鎖だ。鼠算式に変異体が生まれ世界に混沌が生じることは明白だろう。
「そんなヤツが生まれたって言いたいんですね」
「うん、そうなんだ、それも一年も前に……ね。
一年前、当時ベテランだった冒険者パーティが突如、行方不明になる事件が発生した。そのときは冒険者ならよくある油断によるものだと思われたんだけど、その後、彼らの遺留品が発見されてから事態が変化した。そう、その遺留品を教会が検査したところ、その遺留品から膨大な『呪』の痕跡が見つかってね、そこで変異体の疑いが発覚したんだ。
でも前のギルド長は当初、その事件ことを軽視して大々的な討伐を行わなかったんだ。しかし何度も同様の事件が起これば疑いから確信に変わる。事件からしばらく立ってから、ようやくことの重大さに彼も気づいたってわけさ。このまま責任を追及されれば自分は首になる、そこで当時のギルド長は自身のコネなんかを利用し、何人かの上位冒険者を雇って極秘に討伐を開始した。しかし……」
「すでに『魔人領域』が完成していたんですね」
セーラの発した言葉に、ヒロが振り向く。セーラはいつになく真剣な表情で新ギルド長を見ている。
タクトはゆっくりと口を開き、その問いのアンサーを答える。
「そう、彼らが向かうとそこには強力な『呪』の領域が完成していた。完成された『呪』の祝福を受け強大になった魔物たちによって討伐に向かった上位冒険者パーティーも壊滅し、完全に事態が後手に回ってしまったんだ。あとはまあ、想像どうりさ彼は首になり、ボクがその後釜に決まったのさ」
「そんなことが……では依頼というのは……」
「うん、これから一月後に行われる変異体討伐任務にヒロ君たちも参加して貰おうと思ってね」
驚愕の真相に、ヒロは手をギュッと握り締める。だが……と少し考えながら、ヒロは新ギルド長に質問する。
「どうして、オレたちなのですか?」
「それはもっともな質問だね、その理由は全部で二つ……いや三つかな。
まず一つは君がクロスギアの所有者であること。
変異体討伐は各地に散らばっている上位冒険者を集めて大々的に行うけど、それでも取り逃す危険性がある。さっきも言ったけど、変異体は変異体を生み出す性質を持っている、つまり一匹でも変異体を取り逃がせば元の木阿弥だ。故に、ボクらは一人でも多くの優秀な人材にこの討伐に参加して欲しいと考えているんだ。そして、変異体を打ち倒す最大の切り札こそ、いにしえの魔導文明が残した最強のアーティファクト、クロスギアというわけさ」
「クロスギアが……」
「君たちの現状も把握している。ゴールディ家との決闘の話もね。けど、だからこそ闇雲に訓練するより、上位冒険者の戦いを間近に見るのも、いい勉強になると思うんだけど、どうかな?」
そう聞いてヒロは再びセーラの顔を覗き込む。セーラは肯定も否定もせず、ただじっと男の方を見ている。そのあと、ハッとあることに気づいてタクトの方に視線を戻す。
「では、必要なのはオレとセーラだけで、アリシアは関係無いんでよね、だったら……」
「いや、君たちを選んだ理由その二はずばり、アリシアちゃんなんだ」
「私……ですか?」
話を振られたアリシアがそう問いかけの言葉を放つと、タクトは頷きその理由を話し出す。
「変異体の放つ世界を蝕む厄災の火種――『呪』は大元である変異体を叩いても消えることはない、高位の聖魔法による浄化が必要不可欠なんだ。でなければ、残された魔人領域から新たな変異体が生まれてしまうからね。そして、この町でそれが可能な聖魔法の使い手は……」
「私だけ、ですか……」
「うん、でも強制はしないよ、一応首都から高位の神官も来るんだけど、人数が想定される領域の規模を考えるとちょっと不安でね。できればお願いしたいんだけどどうかな?」
そこまで言うと、言葉を止め、アリシアに目線を向ける。
アリシアはうつむき、自身の硬く握った手を見ていた。まだ答えを決めかねているのか、ヒロはそう思っていたが違った、アリシアの目は決意に満ちた瞳だった。
「分かりました、受けます。この身が皆のお役に立てるというのなら、私は身命を賭す覚悟です。それがセーレスティア教会のシスターである私の使命ですから」
顔を上げるとアリシアは固い意志を込めて、ギルド長に自身の決心を言葉にする。
タクトはその言葉を聞き入れ、ニッコリと笑い、彼女の決意を讃える。
「歓迎しよう、若き聖女。我々は君のその決意を決して無駄にしないと誓おう、よろしくアリシア・ユニス」
「はい……あっ……」
タクトが差し伸べた手をアリシアが取り、彼女のその手の甲に彼はまるで騎士の様に口づけをする。
タクトの臭いくらいの芝居がかった騎士の真似事、されど端正な顔立ちの彼に手の甲とはいえ口付けをされたアリシアは顔をカァッと赤く染める。
「もうギルド長さん、からかうのはやめて下さい!」
「あはは、ごめん、ごめん。でもさ、アリシアちゃんみたいなかわいい女の子に出会ったら、ちょっかいをかけたくなるのが男ってもんだろ?」
本気で恥ずかしがるアリシアにタクトはおちゃらけた様子で言い訳をする。
そんな二人のやり取りに何故かヒロは、ムッとなってしまうが、その理由に少年は皆目見当も付かなかった。
それからタクトは今度はヒロの方を向き、少年の返答を促す。
「彼女の方は参加が決まったようだけど、ヒロ君はどうする? もちろん、彼女が参加するからと言って参加しなかった君を責めるつもりは無いよ、この戦いはかなり危険だ、命だって落とすかもしれない。参加せずとも彼女はボクたち冒険者ギルドがその名に違って守ると約束しよう」
「オレは……」
脳裏に映るのは、先ほどのアリシアの決意。その言葉には一切の迷いもなく、己の使命だと答える彼女の姿。
そこには普段の彼女とは違う、教会に籍を置くシスターとしての彼女の側面、その立場を誇りに思う者だけがもつ責任感があった。
かつてヒロは、彼女に治療師の仕事は辛くないかと聞いたことがあった。その時、彼女はこう答えた。
『うんん、全然。私、楽しいんだ、この仕事。あのね、この前女の子がお花の冠をくれたの、お母さんの怪我を治してくれたお礼だって言ってね。私って単純だから、それだけで元気になっちゃった。私でも誰かの役に立てるんだって自分に自信が湧いたんだ。だからね、辛くないよ。私、この町でこうして暮らす平凡な毎日がすごく幸せ』
そうだ、簡単なことだ……彼女がこの戦いに参加する理由なんて。護りたいものがあるんだ、日常っていうかけがえのないモノが。だから彼女は踏み出せたんだ。
だったら、少年が決める理由も簡単だ。護りたいモノのを護れる方を選ぶに決まってい。
「オレ、やります! オレにもこの戦い、参加させてください‼︎」
アリシアと同じくらいの決意を込めて、少年は戦いへ赴く決心を男に向ける。
ギルド長は、ただニコッと笑顔をヒロに向け、その決意を受け取った。
「よろしく、ヒロ君」
「はい――あっ……」
そう言ってタクトはアリシアの時と同様にヒロに手を差し出す。ヒロはその手を取ろうとして――フと、先程のアリシアとのやり取りを思い出して手を止める。
「んっ? どうし……ああっ、キスのことか! しないしない、アレは冗談だって」
そう言われて、安心してからあらためて二人は握手を交わす。
ちなみに余談だが、セーラはタクトを警戒して握手を断固拒否したことはついでに語っておこう。
握手を終えた後、ヒロはあることに気づき再度ギルド長に質問する。
「あの、一ついいですか、オレたちを選んだ理由の最後三つ目って……?」
「うん? ああそれか、そんなの簡単だよ、ボクがヒロ君のことを期待してるってことさ!」
恥ずかし気もなくそんなセリフを吐くタクトに逆に言われたヒロの方が恥ずかしくなってしまった。
誰かに期待されるなんてこと、アリシア以外では初めてだったから……。
「さてと……実は今日、君たちにもう一人紹介したい人がいてね……おっ、丁度きたようだ、どうぞ入っておいで!」
「えっ……?」
タクトが話ている途中で、閉めていたドアからノックの音が聞こえた。
それから、ノックをしたドアの向こうにいる人物に、タクトが入ってくるように促す。
そうして入ってきた人物を見て、ヒロは驚きの声を漏らす。
漆のような黒髪を腰まで伸ばし、異国風な服装に身を包んだ端正な顔立ちの少女。
彼女は一年前のあの日、森でヒロを魔物から助けた少女だった――。