第11話 ギルドからの呼び出し
窓越しに朝の陽ざしを浴びて少年は閉じていた目蓋を開け、ベッドの布団から起き上がる。
ヒロは早朝の冷たい温度を感じながらリビングに向かうと、そこにはキッチンで朝食の支度をするアリシアの姿があった。
「あっ、もう起きたんだ、おはようヒロ!」
「ああ、帰ってきてたんだな、おはようアリシア。
……身体の方も、もう平気みたいだな」
ヒロはアリシアの体調を心配し、挨拶のついでに調子について聞いてみる。
アリシアは昨日、体調を崩していたにもかかわらず、夜勤のバイトに出かけていた。
バイト先の酒場の店長も話の分かる人らしく、無理そうなら早退すると言っていたが、この分なら早退もせずバイトは無事に終えたようだ。
アリシアの方も昨日は心配をかけたことを気にしていたらしく、すまなそうな笑いを浮かべながら少年に返答を返す。
「うん、昨日は本当にごめんね……まだ少しだるいけど、でももう心配しなくても大丈夫、私は平気だよ」
「そっか、よかったよアリシアが無事ならさ。
でも、本当に無理なときは言うんだぞ、オレはあまり頼りにならないかもしれないけどさ……」
「そんなことないよ、ヒロのことはいつも頼もしく思ってる、だってヒロは私の勇者さまだからね!」
「勇者……か……」
その言葉に懐かしさを感じ、ヒロは言葉を詰まらせてしまう。
『勇者になる』それは子供の頃から彼が言い続けて、でもいつからか言わなくなってしまった言葉。
子供の頃は自由の翼があった。
大人になれば勇者や王様、どんな偉い人にだってなれると。
だが、成長するにつれ次第に思い知れされる、己の限界、社会の窮屈さ、それらを感じながら少年の翼は少しずつ羽を失い、遠くに飛べなくなってしまった。
勇者という名の太陽を目指し羽ばたき墜落したイカロス、それが今のヒロだ。
それでも、なおそんな自身を勇者だと、信じてくれる少女に自分はいったい何が出来るというのだろうか――
「おや、アリシアさんだけではなくヒロさんもお揃いでしたか……もしかして、お邪魔しちゃいましたかね?」
しばらくの静寂に包まれた部屋のドアから顔を出したのは、小柄で端正なまるでお人形のような少女、セーラだった。
「いや、そんなことはないよ……なあ、アリシア」
「ええ、おはようございます、セーラちゃん。
今日も牧場の方が新鮮なミルクを届けてくださいましたよ」
「ではいただきます、フフフ、これで私もアリシアさんのようなバストにまた一歩前進しましたね」
ドヤ顔をキメながらセーラは自身のその平原のような胸を強調する。
ヒロには決して見えないが、きっと山のように隆起した豊満な巨乳が彼女には見えているのだろう。
「それで、ヒロたちは今日もトレーニングなんですか?」
ミルクの注がれたグラスをセーラに渡すと、アリシアはヒロに尋ねる。
ヒロはミルクの一気飲みに挑戦する少女を横目に「いや」とアリシアに答える。
「今日からは実戦もかねてギルドのクエストをこなすつもりだ。いつまでもアリシアにばかり負担はかけられないからな」
「そんな……負担なんて……」
「アリシアのせいじゃない、これはオレがそうしたいと思ってするんだ。むかし約束しただろ、二人でこの孤児院を守るんだって。オレに誓いを果たさせてくれよアリシア」
ヒロのまっすぐな瞳をアリシアが見つめる。その瞳によどみはなく、ただまっすぐに彼女を包み守るような意思を秘めていた。
「はい……わかりました、でも本当に無茶はしないで下さい。ヒロはいつも無理するから……」
心配そうな彼女にヒロは笑う、彼女を安心させるために。
「大丈夫だよアリシア、お前がいる限り必ずここにオレは帰ってくるからさ」
「絶対、だよ。この約束だけは破ったら承知しませんからね」
見つめあう二人、互いに決してこの誓いを違わぬと胸に刻み付けながら。
「なにやら私をのけ者にしてお二人がいちゃついています」
セーラのその声で二人はハッとして、顔を朱に染める。
それから二人がしどろもどろになりながら言い訳合戦を開始する。
「い、いや違うぞセーラこれはそのイチャついてるとか、そう言う意味で見つめていたわけじゃなくてだな⁉」
「そうですよ! ええ、もう何いうんですか、これ以上からかうとごはん抜きですからね!」
それを見てニヤニヤしつつも、セーラは「あーハイハイ」と適当に相槌を打つが、彼女が信じているかどうかは微妙だろう。
「でも、それなら好都合だったかもしれません、実は今日、私もギルドに用がありまして……」
「ギルドに用事、アリシアが?」
「はい、厳密には私とヒロとセーラちゃん、三人で来るようにって朝、ギルドの方から連絡が……」
そのことにヒロは驚いて、目を丸くする。
アリシアはそっとギルドから届けられた手紙を取り出し、ヒロに渡す。ヒロはそれを受け取ると確かに三名に当てた手紙がギルド長の印鑑付きで入っていた。
ヒロはそれを読んだあと少し考えてみたが、彼に心当たりは無い、そもそもここ一週間はギルドの建物にさえ入ってはいないのだから。
自分だけでは思いつかず、ヒロはアリシアにも聞いてみることにする。
「オレだけでなく、セーラとアリシアも……? 本当になんだろう、アリシアとセーラは心当たりある?」
「分からないよ、でも、もしかしたら借金のことで何か手助けをして下さるとか……」
「あるいは、ギルドがあの成金男とグルになって私たちをハメるつもりかもしれませんよ?」
二人の意見はアリシアが肯定的にセーラの方は否定的にこの話を捉えているようだった。
「そもそも、どうしてギルドがセーラのことを知っているんだ?」
そう、ヒロはここ一週間……つまりセーラと契約してから今まで一度たりとてギルドには行っていない、だが手紙には確かに『契約したギアも来るように』と書かれていた。
「考えていても仕方ありませんよヒロさん、ここはドーンと行って話を聞こうじゃありませんか!」
セーラはグラスに注がれたミルクをグイッと飲み干すと、ヒロに向かって促すように、あるいは励ますように言ってのけた。
「はあ、お前のそのお気楽な性格が時々羨ましいよ……」
「ヒロさんが考えすぎなんですよ、要は為せば成る為さねばならぬの精神です」
「確かに、ヒロは昔から考えすぎなところあるよね」
そう言って二人はクスクスと笑いだす。そんなとき起きてきた子供たちがドアから入ってきた。
「ねえ、アリシア姉ちゃん、ごはんまだー?」
「ごめんね、すぐ用意するから!」
その言葉でアリシアが時計の針を見ると、すでに朝食事の時間だった。
アリシアは慌てて、キッチンへ戻っていく。
「……とりあえず、食べてから行くか」
「そうですね」
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「ここが冒険者ギルドですか、すごく賑やかなところなんですね」
冒険者ギルドの門をくぐったセーラは、その人の多さに感嘆の声を漏らす。
大剣を背中に背負った大男、ローブを纏った魔法使い風の男、アリシアと同じく治療師の服装をした女性まで様々な者たちがギルドの中に跳梁跋扈していた。
「セーラちゃんはギルドに入るの初めてなんだ?」
「はい、ここ一週間はヒロさんの基礎訓練に集中していましたので」
「セーラ、はしゃぎ過ぎて迷子になんかなるなよ?」
「⁉ ヒロさんのなかで私の評価ってどうなってるんですか⁉」
セーラの疑問を無視してヒロはギルドの受付に向かう。受付はどこの窓口も人の列でにぎわっているが、一つだけ人のいない窓口を見つけたヒロはそこに向かって歩いていく。
そこの窓口に立っていたのは、他の受付にいるような優しい受付嬢とは全く異なっていた。背が高くて筋骨隆々、長い金髪をおさげにした大女が受付嬢の恰好をして冒険者たちを待ち続けていた。
「おはようございます、クレアさん」
「ようヒロ! 一週間くらい顔出さねぇからアタシはもうくたばったかと思ったぜ!」
「ご心配をかけてすみません」
心配をかけたことをヒロが申し訳なさそうに彼女に謝ると、大女――クレアは「ああ?」と不機嫌そうな声を出した。
「心配をかけた? 何勘違いしてるんだい? 冒険者ってのはね、死んで当たり前むしろ死にたがりのなる職業さ、そんなヤツらをいちいち心配していられるかってんだ」
そうヒロに自論を話す大女を見て、セーラはヒロに質問をした。
「あの……ヒロさん? このゴリ……お姉様は?」
ゴリラと言いかけてクレアに睨まれたセーラは蛇に睨まれたカエルのごとく、言葉を撤回する。
ヒロが説明するよりはやく、クレアの方から声がかかる。
「おいヒロ、何なんだいこのガキは? ここは託児所じゃないよ」
「が、ガキではありません! レディ、私は立派なレディなんです!!」
むきになって反論するセーラをクレアは鼻で笑う。
「レディだって? そんなぺちゃぱいで何言ってんのさ。いいかい、レディって言うのはアタシやアリシアの嬢ちゃんみたいに胸があるヤツを言うんだよ!」
「いえ、アリシアさんはともかくあなたのは大胸筋……いえ、立派なおっぱいです、はい!!」
クレアのたくましい雄っぱいに気圧され、再びセーラは全言撤回する。
ちなみに突然胸の話で名前を出された当のアリシアの方を見ると、彼女は本来なら目立たないはずのローブ越しにも分かる自身の美しい双丘を、恥ずかしそうにキュッと手で隠していた。
閑話休題。
ヒロはセーラに近づくと、クレアのことを紹介する。
「セーラ、この人はクレアさん。元冒険者で引退してからはここで受付をしてるんだよ」
「へ~、元冒険ですか、納得の貫禄ですね」
セーラがその説明に納得して頷いていると、クレアの方からヒロに向かって話を聞いてくる。
「で、ヒロ。こんなところに部外者まで連れてきた訳を聞かせてもらおうじゃないか」
「ええ、実はギルドの方から呼び出されまして……すみませんが、ギルバートギルド長に話を通していただけませんか?」
ヒロがギルド長へのお目通しを要求すると、クレアは八ッと鼻で笑い飛ばす。
「ギルバートだって? ヒロ、ギルバートのヤツなら左遷されてもう本部のある王都に戻っていったさ」
「えっ、左遷? では今のギルド長は……」
「ボクだよ、ヒロ君」
ヒロはとつじょ話しかけてきた声に驚きながらそちらに顔を向けると、そこには昨日であったばかりの男がそこに立っていた。
「はじめまして、ボクがここの新しいギルド長、タクト・ツクヨミだよ」




