第10話 その男との出会い
「特訓しましょう、ヒロさん」
ゴールディが帰ったあと、ヒロとセーラは今後の作戦を練っていた。
ちなみにアリシアは仕事の面接に行くとかで今はいない、彼女が夜も仕事をするなら自分もとついて行こうとした矢先、セーラに止められ今に至るわけだ。
とにかく決闘の期限は後3ヶ月、それは長いようで短い時間だった。
ヤツのコネクションであればかなり高ランクの冒険者であっても動かせるであろうからだ。
――たとえば、ウルフのような。
その可能性を考え、改めて自分の置かれている状況に危機感を覚えるヒロ。
そんなとき、セーラから提案が出された。
「特訓って、3ヶ月でオレを鍛えるってこと? でも具体的に何をどうするつもりなんだ?」
ヒロのその問いに、セーラは指を3本立てる。
「ヒロさんの足りない部分は全部で3つ、1つは戦闘技術、2つは魔力練度、最後は実戦経験です。
ですので、提案としましては、朝は戦闘技術の特訓を、昼からはダンジョンで実践訓練、夜からは魔力コントロールの訓練をするスケジュールなどはいかがでしょう?」
なるほどと頷くヒロ、だが彼は重大な問題を見つける。
「でも、誰がオレに教えるんだ?」
そう、ヒロだってこれまでなんの努力もしなかったわけではない、独学でやれる範囲は一通り終えていた。
それを聞いて、セーラは、なぜかドヤァっとした顔をする。
「ふっふっふっ、ヒロさん、教師の方ならもうここにいるではないですか」
そういわれ、辺りを見渡すヒロ、しかし辺りにはどや顔のセーラ以外は見えない。
だが……なるほど、仮にも戦闘技術を教えてくれる人物だ、今の自分程度に察知されることなどないのだろう。
そう考えて今後の訓練に期待をもたせるヒロ。
「違いますよ、そうじゃありません! 私、私がヒロさんに教えるんです!」
「……マジで」
なんとなくそんな気はしていた、でもあえてその現実から目を背けていたのだが……現実は無常だった。
ハァとため息をついて、ヒロはセーラに問いかける。
「そもそもお前、教えられるのか?」
このどう見ても華奢な少女に教えられて強くなれるとは思えない。
いや実際は、クロスギアとかいう特殊な存在なのだろうが、それを踏まえてもだ。
だが、セーラの方はヒロの心配をよそに自信たっぷりといった面持ちで答える。
「任せてください、私の魔法技術に関しては先日のウルフとの一戦で確認済みかと、それに戦闘技術の特訓に関しましてもマンガ……もとい資料を読んで研究済みです!
さあ、何の修行から始めましょうか……重しを担いで字の書いた石を拾う特訓はもちろん、針の上に指一本で身体を支えての逆立ち腕立て伏せなんかもいいですね!」
なんだか勝手に盛り上がっているセーラ。
ヒロはいよいよやばいと思って家を飛び出そうとしたが、すぐさま彼女に肩をつかまれてしまう。
「さっ、行きますよ、ヒロさん。時間はありません、善は急げです!
これからが楽しい修行生活の始まりですよー!」
「い……いやだ~」
こうして、ヒロの修行生活は始まった。
―――――――――――
そうして、一週間が経過した。
修行の内容はめちゃくちゃだが、意外と成果は出ておりわずかではあるがヒロは上達を実感できていた。
今は昼、本来であればダンジョンで実践修行の時間であるが、今日はいつもと違っていた。
昨日はアリシアのバイト先のスタッフが怪我で欠員がでたらしく彼女がその穴埋めとして一日中駆り出されていた。そのためか今日は朝から調子が悪そうだった。
それを見たヒロとセーラは今日の修行を取りやめ、二人で孤児院の家事をおこなっていた。
アリシアはその度に「ごめんね、ヒロ……」なんて言って謝っていたが……
(こんな時くらいもっとオレに頼ってくれていいんだぞ、アリシア)
なんでも一人で背負い込もうとする幼馴染みにヒロはそう思った。
今、ヒロは一人で買い出しに出かけていた。ちなみにセーラは子供たちの面倒を見ている。
とにかく、アリシアに精力の付くものを食べさせてあげたい。
(……セーラにそう言ったら「スッポン」だの「赤マムシ」だの言ってたのは忘れよう)
とりあえず、必要なものは買いそろえた、あとは孤児院に向かうだけなのだが……
そのとき、道端で奇妙な男を見かけた。
いや、奇妙なのは行動だ、地図を見ては辺りをキョロキョロみている。これは……迷子?
20代くらいの人物を迷子というのはおかしいかもしれないが、どうやら道を間違えたとみて間違えないだろう。
ヒロはその男のもとに向かう。
「あの……どうしたんですか?」
男は話しかけられて、こちらを振り向く。
それはこの町ではあまり見慣れない風貌の男だった。
黒髪黒目にローブをきた青年……ひょっとすると、東方の国の出身かもしれない。
その彼がヒロの問いに答える。
「あ、うん、実は冒険者ギルドに向かおうとしてたんだけど……いやぁ、こっちからおいしそうなにおいがしてねぇ」
男は恥ずかしそうにそういった。
なるほど、ここは繁華街、そのなかでも飲食店の多いエリアだった。
だが、男の目指す冒険者ギルドはこのエリアとは正反対のところにある武器屋が多い場所となっている。
「なるほど、でしたら、オレが案内しますよ」
「本当かい、それは助かるよ……えっと……」
ヒロの名前を言おうとしたのだろう、そういえばまだ名乗っていなかったことに気が付いてヒロはあらためて名乗ることにする。
「ヒロです」
「……ああ、ボクはタクトだよ、よろしくヒロ君」
そう言って手を求められたので、ヒロも手を出し握手を交わした。
「それじゃあ、タクトさんは首都の方からここに?」
「いや~、そうなんだ、でも初めての場所で一人歩きするものじゃないね」
それから、案内がてら彼――タクトの話を聞いていた。
どうやら彼も冒険者らしく、首都から馬車でこの町まで訪れたらしい「馬車の乗り心地が悪かった」とは彼の言葉だ。
「ところでヒロ君、ヒロ君も冒険者なのかい?」
「ええ、まぁ……」
落ちこぼれでほとんどダンジョンに行ってませんとは流石に言えない……いや今は修行で行ってるけども。
ヒロはそう思いながらもタクトの問いに答えた。
「そうなんだ……じゃあ、今度ボクと一緒にダンジョンに行こうか」
「ええ、機会があれば……でもしばらくはちょっと難しいですね」
修行があるから……ヒロはそう思い、彼の誘いを断った。
「そうなんだ……でも気にしなくていいよ、こっちも思いつきなんだし」
タクトも気にした様子はないのでヒロは安心する。
そうしてるうちに目的の場所にたどり着いた。
「今日は本当にありがとうヒロ君。お礼ができなくて申し訳ないけど……」
「気にしないでください、こちらももう用は済んでいたので」
そう言ってくるのでヒロも笑顔で気持ちだけ受け取ることにする。
「じゃあオレはもう行きますね」
「うん、じゃあねヒロ君。また今度」
そう言ってヒロはタクトと別れて孤児院に帰っていった。
タクトはその背中を見ながらつぶやく。
「その左手をさらけ出すなんて不用心だなぁヒロ君は。
左手の竜紋……間違いない、究極兵装だね。
さて、これからギルド長にあってそれから……そうそう、ゴールディ君にもお願いしとかないと。これからが楽しみだね、ヒロ君」
――これがヒロと月詠タクトの最初の出会いであった。