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第二話 見ててくれればいいからね

 学園には、戦闘演習用のフィールドが複数存在している。これは、ウィザード同士の戦闘演習を目的としたものだ。

 ほかの学園と差別化するため、特にアダムドラでは演習フィールドを充実させ、戦闘演習をしっかりと積む教育を実施しているらしい。

 現在の社会でウィザードが担う役割として、戦闘はそれほど大きな割合を占めてはいない。しかし、人間だけでは危険な地域に入ったり、人間がするには危険な業務をこなしたりするための能力を評価するためには、その戦闘能力を計るのが適しているとされている。

 そこで、1対1の決闘を行うことでウィザードの、いやウィザードとそのマスターの組同士の優劣を決めることが一般的だ。アダムドラではこれを重視しているのである。

 といっても、そうした実践教育のカリキュラムが始まるのは、マスターとウィザードの絆が深まる二年次以降。ミリアたち一年次の生徒たちには講義としての戦闘訓練は実施されていないのだが、かといって使ってはいけないと言われているわけではない。

 ゼルたちはクラスの面々を連れだって、一年生の教室からほど近い演習フィールドに来ていた。

 第三演習場、森のフィールド。鬱蒼と茂る樹木に囲まれた自然芝のフィールドで、ゼルとアズラは相対した。


「俺に任せて! ミリアちゃんは見ててくればいいからね!」


 ゼルは手指をポキポキとならしながら振り返り、自信たっぷりにそう告げた。


「……わかった。頑張って」


 マスターからの反応は芳しくないが、戦う許可を得られただけ良い方だろう。


「なんだ。もう準備はいいのか? この俺を相手取ろうというのに、ずいぶんと余裕だな」


 聞こえてきたのは、正面に向かっている、アズラの意地の悪い声だった。アズラはまっすぐこちらを向いて堂々と腕を組み、仁王立ちしている。


「それはこっちのセリフだぜ。作戦も立てずによ。足下すくわれるぜ?」


「作戦というのは、弱い奴が強い奴に勝つために考えるものだ。俺たちには必要ない」


 アズラが自信たっぷりに言うと、その傍らにいるディミも不敵な笑みを浮かべた。


「ふふ。それに私たちは普段から何不自由なく意志の疎通ができるようにコミュニケーションを取っていますので。今更、付け焼き刃の作戦なんて必要ありませんことよ」


「ディミはすごいね。やっぱり私たちはちゃんと作戦を立てて……」


「いや、今のただの挑発だから! もーミリアちゃんは見ててくれればいいから本当!」


 ディミ・アズラ組と対照的に、噛み合わないミリアを置いて、ゼルは一歩前に出た。

 コミュニケーションがどうとか、そんなことは結局関係ない。ウィザードである自分が勝利すれば、そのマスターであるミリアの優秀さは自ずと証明される。

 つまり、今この勝負をどう乗り越えるかという課題だけを考えればよいのだ。


「この決闘、私、カヤが審判を務めます。両マスターとも、召喚神デルハイトに誓って、正々堂々とした勝負を行ってください」


 フィールドの中央に立った、ミリアのクラスメイトの一人、カヤ(ゼルは彼女のことを「金髪おかっぱ」とだけ認識している)が呼びかけると、


「もちろん。このディミ・ヘリオドールに小細工など不要ですもの」


 とまずはディミが自信満々に答え、その後、


「おうよ! さあさあ、早く始めようぜ!」


 こちらも意気揚々としたゼルが答えた。


「……ゼルくん。それも、ほんとは私のセリフ」


 背後でぼそりとつぶやくミリアのことを、ゼルはもはや無視していた。


「それでは準備はいいですか? ……はじめ!」


「うおおおおおおお!!!!」


 合図とともに、ゼルはまっすぐアズラに向かって飛び出した。一足飛びに彼との間合いを詰めると、右の拳を固く握り、力を込める。

 ――はずだった。


「あろろ!?」


 つるり、と間抜けな音を立てて、地面に着いた足が滑る。そして次の瞬間には、


「うぐえっ!」


 ゼルの体は無残にも地面に転がっていた。


「いってえ……なんだよまったく」


 予想外の出来事に悪態をつきながら、ゼルは振り返り、自分が着地しようとした辺りの地面を見る。ただ乾いた芝が存在するだけのはずのそこには、白い何かがうっすらと張り、キラキラと輝いて見える。

 そうか。冷たい感触がしたと思ったのは、氷が張っていたのか。


「ククク。ずいぶんと無様な姿だな、ゼル」


 地面を踏み抜く鈍い音と共に、低いうす笑いが聞こえて、ゼルは慌てて振り返る。果たして彼のすぐ後ろには、変わらぬ様子のアズラが腕を組んだままたたずんでいた。


「馬鹿野郎、たまたま凍ってたとこでちょっと転んだだけ――」


 慌てて向き直り、臨戦態勢を取ろうとしたゼルは、足元の違和感を感じて言葉を失った。


「――えっ?」


 それまでゼルは、ここからどうやって勝利をもぎ取ろうかを必死に考えていた。初めに考えていた、初撃を頭に食らわせひるんだところに畳みかける速攻の作戦はすでに使えない。それでも低い身長を生かして足元ローにダメージを与える戦法、金的を狙っていく戦法など、選択肢は複数用意していたのだ。

 だが、「それ」を見た瞬間、考えていた選択肢はすべて無駄なものになった。

 地面に着けた両足は、膝まで硬質の氷に覆われ、まったく動かすことができなくなっていたからだ。


「『たまたま』凍っていた……転んだ『だけ』……そんな言葉は、俺たちウィザードの戦いには存在しない」


 アズラのいびつに節くれだった左手が、ゼルの肩を掴む。ゼルに抵抗の手立てはない。その時にはすでに、両腕すら氷に覆われ、もはや身動きが取れなくなっていたからだ。


「っ! 冷たっ!? ――まさか、この氷お前が……!?」


「ご名答。俺の固有属性は冷却……空気中の水分を自在に操ることができる」


 アズラが右腕を大きく振りかぶる。その拳には、ささくれた氷が張りつき、さながら鉄球武器のモーニングスターのような姿を呈している。


「例えば、こんな風にな!」


 氷の鉄球がまっすぐ振りぬかれ、派手な音と共にゼルの体を吹き飛ばした。


「がっ……!」


 あまりの衝撃に、ゼルの肺から鈍い音が漏れる。思わず、攻撃の重さに驚かざるを得なかった。だが、ひるんでいる暇はない。ゼルはすぐさま空中で体勢を立て直すと、今度はフィールド上を円を描くように近付き、素早く後ろを取った。

 しかし、その目論見もあえなく失敗に終わる。


「後ろですわよ、アズラ!」


「おう!」


 ディミの声に反応したアズラが、振り向きざまにアッパーカットをお見舞いしてきたからだ。

 ――グシャリ。

 ゼルが気を失う最後に聞いたのは、自分の腹部の中心を見事にとらえたその破壊音。


「う……あ……っ」


 そして、最後に見たのは、つま先まで銀色に覆われた、薄汚いアズラの足元だった。

 最後に足の臭いを嗅がなかっただけマシだけど、散々な結果なのは確かだった。

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