水の壁
氷の壁なら、名称としても物体としても分かる。冬にテレビのニュースで、流氷の映像を見たことがあるからだ。しかし、これは水の壁。
川が生えてる。……この言葉の表現じゃ、噴水が連なってるみたいだな。それとは、ちょっと違う。……とにかく川というものは、普通は地面より低いところを流れるのであって、川の両側には岸があるべきだよね? 何だ、これ。
取りあえず皆の真似して荷物を下ろし、高さ二メートル程の川を触ってみることにした。
近づいてみると凄い迫力だ。流れは早くないけど、ゴウーッという音が耳の奥にまで響いてくる。恐る恐る人差し指を立てて触れてみる。
ちょん、と触った瞬間、水が跳ねて顔がぐっしょりと濡れてしまった。
「……えーいっ、開き直ってやるっ!!」
ルナたちの真似して、裸足になって片足ずつ突っ込み、両手でバシャバシャ水を顔にかける。冷たくて良い気持ち。本当に水らしい、良い匂いの水だった。目を凝らせば川の向こう側まで見えそうなくらいの、ガラスのような透明さ。
……なんて、ちょっと気取ってたら誰かに背中に水を入れられたっ!!
反射的に眉間にシワを寄せて振り向くと、セレナのヤバッて感じの笑顔がそこにあった。
……だから君は小悪魔なの? ってか私、兄二人いる末っ子なんだからね、つまり大人しくやられてるタイプじゃないってことだよ?
「とぉおりゃーーーーっ」
『きゃあーーっ!!』
両手で水をすくって、かけ声と共にセレナ目がけて腕を振る。セレナが慌てる。私たちを見たルナが大口を開けて笑う。つられたシオーも笑う。サートは困ったように遠慮がちに、でも笑う。セレナは笑いながら逃げる。私も笑いながら追いかけた……。
「あっ、魚の群れが通るよ」
ひとしきり追いかけっこが済んだタイミングで、シオーが大きめの声で言った。
川の方をみるとーー。
「蝶々(さかな)っ!?」
人間の顔くらいの大きさの魚の体に、蝶々の羽の生えている生き物が群れをなして、悠然と泳いでくるのが見えた。
色は赤~黄~青のグラデーションで、日光が当たると川の水に色が反射して、水のトンネルの中を虹が動いているみたい。
「すっご……」
圧倒されると言葉を失うと聞くけど、まさにそんな気分だった。皆もそうだったみたいで、私たちは黙って魚が泳ぎ去るのを見送った。
「そうだ! この川って、さっきの森の泉の水になるの?」
ふと湧いてきた疑問をルナに振る。
「違うわ。地図を覚えてない?」
言われて思い出す。この国の形自体はオーストラリアに似ている。ただし島では無くて、大陸の外れの方になるみたいだった。
北側が大陸に繋がってるからか、山が多く、川も大陸から流れて来ているみたいだった。山の中腹辺りから川は二手に分かれ、一方は南西に、もう一方はそのまま南の海へと流れていた。南西の川の上部に森の絵が描かれていたから、それがさっきの透明の森なんだろうな。
その分かれ目あたりに、王国を示す図形があった。きっと、生活用水として取り入れられているのだろうと思う。
考えてみればそこは、この夢を見始めた出発点。今もあの、なんちゃって王子さまは捕らえられたままなのだろうか? 別に「助けてくれ」とは言われてないけど、ミッションをこなしたら、助けることができるのかな……?
「さて、と、そろそろ行きましょうか?」
ルナに言われて、皆それぞれ荷物を持ち直し、仕度を整えた。いつの間にか髪も服も乾いていた。
『じゃあ、ここはシオーの出番だね』
? と思い眺めているとシオーが鞄から、小石が幾つも繋げてある紐と小瓶を取り出した。その石を片手で持ち瓶の中身を振りかけると、両手に持ちかえ拝むように何かを呟いた。シオーのベルトの半透明の茶色の飾り石が、ぼんやりと光る。すると指の間から淡い光がもれて、幻想的な空気が漂ってくる。
シオーは顔を上げ、引き締まった表情で川ぎりぎりに立った。
「じゃあ、行こうか」
くるりと首だけ振り向いて、こちらに声をかけてきた。
「サートがシオーの次に行って、それからセレナ、そのあとがユリーナで、最後尾が私の順番が良いと思う」
ルナがきっぱりと言った。皆でシオーから石を受けとる。
「絶対にこの石から、手を放さないでくれ。しっかり握ってて」
そんな注意事項を受けた。石はほんのりと光を放ち、冷たくてつるんとしていた。けれど、どうやったのか、石の中に何か紋章のような模様があった。……紐が邪魔でよく見えないけど。
シオーが石を持って体を反転させ、腕を伸ばして石を川の方へ向けた。すると、川がその石を避けた。水の壁が凹んだのだ。
……だ、誰も何も言わないんだけど。この世界の魔法を見かけるたび、胸がドキワクしてしまう。
シオーの後に皆でぞろぞろと続いて歩き出す。シオーの前の水は頭上に盛り上がり、洞窟になっていく。地面を見ると濡れた跡はあるけど、ぬかるんではいないので、とっても不思議な気分になった。
洞窟になった川は波が起こるたびに、太陽光をきらきらと反射させた。水流の音が反響して、何だか落ち着かない。魚や、川の上空を飛んでいる鳥がときどき影を作るから、その度に心に汗をかいていた。
暫くして、それは突然起こった。
ライオンのような体に真っ白な翼を持つ生き物が、川のトンネルを突き破って現れ、サートとセレナに襲いかかったのだ。
私はつい、咄嗟に彼女たちをを庇おうと身を翻した。その結果石から手が離れ、ライオンっぽい生き物に捕らえられてしまったのだった……。




