サートの話、そして川へ
少しの沈黙の後、今度はサートが話し始めた。
「私は、旅の楽団の中にいたの。……楽器を演奏する人と歌を唄う人がいて、私は踊り子の1人だったの。全員で20人くらいで、気のいい人達ばかりだった」
サートの目に、うっすらと涙が溜まってきたのが見えたけど、彼女は数回まばたきをしてそれをこらえた。きっと、今は泣くときじゃないと思ったのだろうな。小さいのに偉いなぁと思った。
「踊り子たちは私の他に6人いて、私はその中で一番小さかったから、皆が可愛がってくれたの……」
サートは地図の上に腕を伸ばし、シオーの村の南の方の、海の近くの一点を指さした。その指が、少し震えてるように見えた。
「ここでキャンプをしていたの。すぐ側に温泉があって、漁村の人達を相手に見せ物をしながら暫く滞在していたわ。いよいよ明日この地を立つ、という日の夜、紫の月が半月になっているのを見たの。とても大きな半月だった。何だかじっと見られてる様な気がして恐かったの……」
そのときのことを思い出したのか、サートの顔は青ざめ、両手の指を組み合わせるようにして握った。
「でも、気を取り直してすぐに寝袋に入ったの。……それから朝になって起きると、いつも同じテントで寝ていた踊り子の皆がいなくなってて……、おかしいなと思ってテントの外に出てみても誰もいなくて……。いつも騒がしいくらいだったのに、何の音もしないの。他のテントもまわって、……食事のときに使うテントにも、楽器の手入れの為の大きなテントにも、誰もいないの。荷物はそのままに、本当に誰もいなくなってたの。最初は訳が分からなくて呆然としてた。皆を探して探して、探して。……村の方に行ったら、村の人たちも1人もいなくて……。どうしたら良いのか分からなくて、海に戻ってきて泣いたの。……そしたら、暫くしてシオーが来たの……」
「……僕は、僕の村で起こったことを話したんだ。それから二人で、皆の荷物から使えそうな物だけを借りて、ギルドへ行こうということになったんだ」
シオーが話の続きを引き取りつつ、さらりと説明した。サートはそのときの不安な気持ちを思い出したのか、顔を手で隠して俯いてしまった。小さな肩が小刻みに震えている。
突然1人ぼっちになってしまう恐怖……。私は聞きながら、今まで本当に1人になったことなんて無かったなと思った。もちろん留守番くらいならしてる。けどそれは、家族の皆が必ず帰って来ることを信じてるからだし、だから精神的には1人とは言えないと思う。それに、もしも何かあればすぐに美桜に電話したり、例え何時であろうとも、美桜の家に行くだろうなと思う。美桜の家のおばさんもおじさんも、多分私を受け入れてくれると思う。……そういう相手のいなかったシオーとサートには、どれほどの恐ろしさだったことだろう……。
シオーもサートも凄い。本当に凄い。不安そうな顔をしながらも、次なる1歩を踏み出して。
『……そういうことなら、一緒に行かない?』
突然、セレナが明るく言った。皆の沈んだ気分を明るくするような、鈴の音のような声だった。
「そうね、そうしましょう! 私達もギルドへ向かってるところなの。ねっ、ユリーナ」
ルナも明るい声で私に話を振ってきた。……ちょっとわざとらしさがある思ったけど……黙っていよう。
「う、うん、一緒に来てほしい!!」
急に意見を振られたから声が上ずる。恥ずかしい! 顔が熱を帯びてくる。
けれど、シオーたちは嬉しそうに笑ってくれた。
「うん! その方が僕たちも心強いよ。ありがとう!!」
そんなこんなで、皆でギルドを目指すことになったのだった。
『結構、日が出てきたね~』
セレナが髪を風に泳がせながら言った。今は歩いて南下中。鳥たちはこの先の川向こうの牧草地で、餌をついばみながら私たちを待っているらしい。
「うん、ちょっと汗ばんできちゃった。サートの服は空気を通しやすそうでいいねー」
「あ、はい。炎の民は基本的に体温が高いので、薄着なんです」
ヒラヒラした服だと思ったら、ちゃんと理由があったんだ。踊り子だからだと思ってた。
……こういうことって大事だな。物が生まれてくるのには理由があるんだ。私は何となく、そんなことを考えた。
「あ、敬語じゃなくて良いよー、普通に話して」
「あ、はい! ありがとうございます。……あ」
『良いよ良いよ、そのうちに慣れて。気を使ってたらもたないよ?』
私の言いたかったことを、セレナが補足してくれた。
旅はサートが一番なれてるだろうけど、知ってる人と過ごすのと、出合ったばかりの人と急に長時間過ごすのでは、全然違う旅になることだろう。経験値が役に立たないと思う。この小さな体で、これ以上無理をして欲しくは無いと思った。
暫く歩いて川に着いた。
…………これ、川か?
「結構あるいたなーー。汗かいちゃったよ!」
そう言ってシオーが、荷物を足元に置いて川に走る。そのまま両手を川に突っ込み、はしゃぎ出す。
「うおーっ、つっめてぇ! 気持ちいいーーっ」
やっと子供らしい表情を見れたな、と思った。
……だから、そこへいく前に、これ、川か?
「私たちも少し涼みましょう」
ルナがいつの間にか編み上げ靴を脱いで、裸足で駆け出す。
おお! さすが美女は絵になる!!
セレナとサートも手を繋ぎ、駆け出す。
風に髪がなびいて、二人の服も風をはらみふくらんで、細い脚が台地をスローモーションの様に駆けていく……。ああ! 何かのCMの様に美しい!!
…………だーかーらーっ、そこじゃなくってっ!!
「ねえー! これが川なのーーっ!?」
いや、暑いしねぇ。炎天下歩いて来たし、汗かいてるし、気持ちは分かるよ。冷たい水を浴びたいってのは。
『そうだよー、川だよーー』
そうか、川なのか。ならば試すべし。…………マジで? 川と言われても納得してないのに?
何をうだうだ考えてるのかというと、目の前に広がる光景が私の理解の範疇を越えていたからなのだ。そこにあったのは、……説明、激ムズッ!!
……えっと、パウンドケーキってあるよね? あれを作るには長方形の型を用意します。上部だけ開いている形の箱です。そこにケーキ種を型の半分まで入れて、平にして焼きます。焼けたら型より上にまでスポンジが盛り上がるんですね。で、型にそって包丁で切れ目を入れて型から出すんだけど、……何が言いたいかって? だから型から出した形なの、川が。
地面より上に川が流れてる。透明なガラスとかで仕切られてるんじゃ無いんだよ、これ。その証拠にさっきからシオー達が川に手足を突っ込んで、バシャバシャ水遊びしてるんだもの。
ついさっき、物が生まれてくるのには理由がある、そう思ったばかりだったのに、どういうことなんだ? この川は……。
ああ、いかん。込み上げてきたぞ? ウズウズする……。
「やっぱ、この世界、意味ワカンネーーーーッ!!!!」
私は力一杯、叫んだのだった。




