土の民、炎の民、
ーーすまない、こんなことを押し付けてしまって。だが、君になら……ーー
私はぱちんと目を開けた。
『ルナ! ユリーナ起きたよー』
むくりと体を起こすと、私を見つめるセレナと目が合う。
何だ? この距離は。私はユリーナだけどユリじゃないぞ? それに、とても良い声を聞いた気がするけど、……気のせいか。
「……あれ? いつもとパターンが違うな……」
『ユリーナ、倒れちゃったんだよ。体温を吸い取られちゃったみたい』
うん? と思って考えてみる。確か日食があって、真っ暗になって。……何か蠢く物がすぐ側を通って行ったんだった……。
「はい、これを飲んで」
ルナからカップを渡される。覗き見ると、あの黄色のジャムが入ってるお茶みたいだった。
「これ飲んだら私、また寝ちゃうんじゃない?」
「色だけ見たら分かりにくいけど、ブレンドしてあるから大丈夫よ」
取り合えず一口飲む。前回同様体の中がポワッ……。
「何これっ!?」
ポワッというより、カーッだった。お正月に父の飲んでいたお屠蘇を、間違えて飲んじゃったときみたい。体の中心から全身に向かって急激に暖まる。と思いきや、すーっと熱が引いて体が軽くなった。
「うっわ。凄いなコレ」
声がした方を振り返ると、シオーと呼ばれていた男の子が、カップの中を覗き込んでいた。
こうして明るいところで見ると、二人とも私より年下だな。まだ、あどけなさが残ってる。
「シオーがティーセットを持っててくれて助かったわ。万が一の為に濃縮させたジャムは持ってたんだけど、ポットとかは鳥のところに置いて来ちゃったの。さ、サートも飲んで」
ルナは説明しながら、サートという少女にもカップを手渡した。
「ルナ、これは何?」
話の切れ間を縫うように聞いてみる。
「これはね、前にユリーナが飲んだ黄色の花びらのジャムと、もう1つ、私たちが住んでる崖よりもっと遠くの、滝の近くの方でしか咲かない青い花の実のジャムを足してあるの。すっとするのはそっちね。黄色いジャムは体力を、青いジャムは精神を回復させるのよ」
なるほど、それで体があの反応をしたんだな。
「ところでルナ、あれは何だったの?」
ルナの目が初めて会ったときの様な、何かを見定めるような目付きになった。
「何て言うのかな……。一番簡単に説明するなら、あれは人間なの」
暫く静寂が訪れる。この森のシャラシャラ音も、遠慮してるかのよう。
「にん……げん、って」
「うん、何が起こったのかは分からない。でもこの国の人間は、何故かあの影のような存在になっていってるの。……王子に頼まれてときどき見回りしてたんだけど、影の存在は少しずつ増えていってるみたい」
毅然としてる、というのはこういうことを言うのだろうか。背筋をのばして淡々と語るルナの瞳には、怯えや憂いは感じられない。
人が影の存在になる。……それは何を意味するのだろうか。
……寝る前に、少しでも疑問を解消するぞーっ、なんて思ってたんだけどさ、増えたぞ疑問。私はちょっと大人ぶって眉間を揉んだ。
『えっと、それでその、シオーさんたちはどうしてこんなところにいるの?』
セレナの声がすると、シオー達の体が一瞬固まり、左右をキョロキョロする。そういえばセレナは、シオーのことを知らないって身振りで言ってたっけ。ってことはシオー達も、セレナがテレパシストだとは知らないわけだ。
「ああ、セレナよ。まあ、妹みたいなものなの。髪の毛が黒い方がユリーナ。彼女は友達なの」
……へっ? セレナって妹じゃなかったのか!?
でもって私のことを友達って。……まあ、私のことは説明しずらいもんね。だから納得なんだけど、でも友達ってかなりな親密度な気がする。良いのかっ? アリなのか!? ……ちょっと感動しちゃった。美桜のことを受け入れてくれたりして、ルナ達がいい人なことはとっくに知ってるんだけどね。
「そうなんだ。……僕たち、旅をしてるんだ」
「うん、それは見ればわかるわ。でも、どうして子供だけで? シオーは土の民でしょう? サートは火の民。っていうか、二人が知り合いだとは知らなかったわ」
「旅を始めてから知り合ったんだ」
シオーは何かを決意したかのように顔を上げると話し出した。
「ルナさん、気づいてる? もう雨がずっと、降っていないことを……」
「えっ? そうだった? 気づかなかったわ」
『降ってないよ。といっても、私達は鳥たちのお陰で何処へでも行けるから、困ってないけど……』
「セレナさん、そうなんです! それで……」
「ちょっと待ってー!!」
つい大きな声で止めてしまった。どんどん話が進んじゃうから……。
全員びっくりして、こっちを見てる……。
「あ、ごめん。話が早いからさ。えっと、土の民ってなぁに? あと炎の民って?」
「…………そうね、一先ず鳥たちのところへ戻りましょう。あの影の者たちがいない隙に。地図を見ながら説明するわ。影の者は明るいところや他の生き物のいるところへは出てこないから……」
こうして鳥たちのところへ戻ることになったのだった。




