第九十話 吟遊詩人
「知ってるか? 東じゃ死体漁りを見たら、幸せの花を投げろって言うらしいぞ」
「何で?」
「死体漁りが花を避けるんだと」
「初めて聞いたぞ」
「俺も」
「じゃあ誰が言い出したんだよ」
「知らん」
「そもそも死体漁りって花なんか気にするのか?」
「知らん」
「何も知らないじゃねえか」
「でも西じゃ逆だぞ」
「逆?」
「死体漁りの肉鎧から、幸せの花が咲いてたって」
「……どっちだよ」
「だから噂なんだろ」
*
「死体を着る女 夜を行く
革をまとって 骨を鳴らす
十の骸では まだ来ない
百の骸で 影が立つ
千の骸が 野を埋めりゃ
肉の鎧が 朝を待つ
けれどある夜 戦場で
骨の隙間に花が咲く
紫ひとつ
青ひとつ
誰が植えたか誰も知らない
花は笑って風に揺れ
肉の鎧は歩いてく
死を拾う者と
幸せの花
どちらが先か
誰も知らない」
*
「その歌、南じゃ花じゃなくて触手だぞ」
「何が?」
「死体漁りの鎧の中から触手が出たって」
「盛りすぎだろ」
「触手姫の連れだったって話もある」
「死体漁りと触手姫が一緒にいたの?」
「見た奴がいるらしい」
「誰?」
「その話をした奴は、さらに別の奴から聞いたって」
「駄目じゃねえか」
「でも最近、怪異同士が同じ場所に出たって噂、多くない?」
「……言われてみれば」
*
「幸せの花を一本ください」
「売り物じゃないよ。裏の鉢から勝手に生えたんだ」
「じゃあ一本くらい」
「好きにしな」
「これ、最近どこにでもありますね」
「ああ」
「触手姫が通った後に増えるって聞きました」
「うちは触手姫なんか来てないよ」
「じゃあ何で咲いたんです?」
「知らない」
「……」
「その顔やめな。私だって知りたいよ」
*
「赤い花なら恋を忘れ
青い花なら涙を忘れ
白い花なら痛みを忘れ
紫の花で明日を笑う
金はいらない 売人いらない
王様いらない 盗賊いらない
空いた鉢にはいつの間に
庭の隅にもいつの間に
けれど水辺で咲く花は
触手の姫が見つめてた
姫が去ったら花が増え
花が増えたら水が鳴る
どちらが呼んだか分からない
花が姫を呼んだのか
姫が花を撒いたのか
誰にも分からぬまま増える」
*
「その歌、まずくない?」
「何が?」
「幸せの花と触手姫が関係あるみたいじゃん」
「歌だぞ」
「でも信じる奴いるだろ」
「もういる」
「いるのかよ」
「触手姫を見た次の日に花壇見に行く奴までいるらしい」
「何しに?」
「花が増えてるか確認」
「暇だな」
「増えてたら?」
「もっと噂になる」
「増えてなくても?」
「歌になる」
「最強だな、吟遊詩人」
*
「ゴブリンの女王って、幸せの花を育ててるって本当?」
「どこ情報?」
「旅商人」
「俺は、ゴブリンの巣には花が一本もないって聞いた」
「何で?」
「女王が全部抜かせるんだと」
「何で?」
「人間の薬だから嫌うとか」
「俺は逆に、ゴブリンが花吸って大人しくなったって聞いたぞ」
「じゃあ結局どっちなんだよ」
「分からん」
「でもさ」
「何?」
「人間じゃなくなった女の周りに、あの花が出やすいって話ない?」
「……」
「触手姫も」
「死体漁りも?」
「キメラの母も」
「キメラの母のところにもあるの?」
「子供が花を摘んでたって」
「誰が見た?」
「吟遊詩人」
「もう信用できねえよ」
*
「剣を捨てた女がいた
町を捨てた女がいた
人の名前を背に残し
緑の王の隣へ行った
火を教え
縄を教え
肉を干す日の数を教え
子を抱く腕を休ませて
見張りを交代することを教えた
ある春 巣穴の入口に
見知らぬ花が咲いたとさ
女王は見つめて笑ったか
女王は抜いて捨てたのか
その先だけは歌えない
見た者ごとに話が違う
ただ一つだけ同じなのは
その年から
森の奥へ
変わったものが増えたこと」
*
「最後の一節、何だよ」
「いいだろ?」
「変わったものって何」
「何でも入れられる」
「便利すぎるだろ」
「ゴブリンの女王でも、キメラの母でも、触手姫でも」
「全部まとめるなよ」
「客はまとめた方が喜ぶんだ」
「本当に関係あったらどうする」
「もっと売れる」
「お前ら最低だな」
*
「キメラの母は、幸せの花を食うって聞いた」
「花を?」
「いや、子供に食わせる」
「俺は触手姫の卵を拾ったって聞いた」
「キメラの母が?」
「ああ」
「で?」
「育てた」
「触手姫になった?」
「知らん」
「何で肝心なところ知らないんだよ!」
「その後、目撃者が森から逃げたから」
「都合いいなあ」
*
「狼の耳の子 空を見て
鳥の翼の子 地を駆ける
鱗の子供が水を飲み
角ある子供が母を呼ぶ
母には腕が幾つある
誰も数えちゃいられない
母には脚が幾つある
誰も近づきゃしないから
森の岸辺に卵がひとつ
白く濡れて流れ着く
母は拾って子らに見せ
子らは笑って輪になる
次の春には水辺から
知らぬ娘が立っていた
触手を揺らして笑う娘
母の子なのか
水の子か
誰も確かめちゃいない」
*
「それもう触手姫とキメラの母が繋がってる歌じゃん」
「繋がってるとは歌ってない」
「卵拾ってるだろ!」
「拾っただけだ」
「育てたって」
「育てたとは断言してない」
「ずるい!」
「吟遊詩人だからな」
*
「片手殺しの現場に花が咲くって話、知ってる?」
「知らん」
「死体の横に一輪」
「誰か供えたんじゃない?」
「毎回?」
「毎回なの?」
「噂では」
「また噂か」
「しかも紫」
「幸せの花?」
「似てるらしい」
「犯人が置いてるとか?」
「花の方が勝手に生えるとか」
「じゃあ片手殺し関係ないじゃん」
「でも、花を見つけると翌朝誰か片手になるって町もある」
「順番逆になってる!」
「噂なんてそんなもんだ」
*
「右手ひとつを残しましょう
左手ひとつを残しましょう
どちらを残すか夜が決め
何を悪とするか影が決める
朝になったら道端に
紫の花が一輪咲く
花が先か
血が先か
それを知る者もういない
幸せの花が笑う夜
片手の影が町を行く
幸せになったその次に
誰かが悪と決められる」
*
「それはさすがに怖すぎない?」
「評判いいぞ」
「幸せの花使う人減るんじゃない?」
「逆。片手殺しから守ってくれるって解釈してる町もある」
「どうしてそうなる!」
「花を飾ってる家は襲われないって」
「本当?」
「知らん」
「もうその返事飽きた」
*
「人間オルゴールの歌を聞くと、幸せの花が咲くって」
「今度はそっち?」
「遠征帰りの兵士が言ってた」
「どこで聞いたんだ」
「野戦病院」
「人間オルゴールがいたの?」
「箱の中から歌がしたって」
「で、花?」
「翌朝、天幕の周りに咲いてた」
「誰か植えたんだろ」
「夜通し見張りいたって」
「じゃあ鳥とか」
「何でそんなに認めたくないんだよ」
「認めたら全部繋がりそうで嫌なんだよ」
*
「箱の中から声がする
人の声だと誰も言う
蓋を開けた者はいない
開けちゃいけない箱だから
一曲歌えば傷が閉じ
二曲歌えば熱が引き
三曲歌えば兵が立つ
夜が明けたら箱の下
昨日はなかった花が咲く
紫ひとつ
白ひとつ
歌を聞いたか風に揺れる
花が歌から生まれたか
歌う者から生まれたか
誰も箱を開けないから
今日も答えは分からない」
*
「最近何でも幸せの花に繋げてない?」
「一番広がってるからな」
「便利なんだよ」
「怪異が出た場所に花がある」
「花なんて今どこにでもあるだろ!」
「だからどんな怪異とも繋げられる」
「駄目じゃん」
「いや」
「何?」
「逆じゃないか?」
「何が?」
「どこにでも花があるんじゃなくて」
「うん」
「怪異が増えたから、花も増えてるんじゃない?」
「……」
「そういう歌、作れそう」
「作るな」
*
「触手姫って、死体漁りと喧嘩したことある?」
「何で?」
「北の街道で、触手姫が肉鎧みたいなの引きずってたって」
「倒した?」
「助けたって話もある」
「何を?」
「肉鎧の中にいた奴」
「じゃあ死体漁りと敵対してる?」
「でも別の地方じゃ、二人並んで歩いてたって」
「どっちだよ」
「個体が違うんじゃない?」
「触手姫は複数いるもんな」
「死体漁りも一人とは限らないんじゃない?」
「……」
「何?」
「その考え方、嫌だな」
*
「水の下から姫が来る
一人じゃないぞ また姫だ
山へ行った姫は山の姫
海へ行った姫は海の姫
宿で皿を運ぶ姫
商人守って歩く姫
ある姫 墓場で骨を拾い
ある姫 戦場で花を見る
ある姫 森で母に会い
ある姫 箱から歌を聞く
全部違う姫なのか
全部同じ流れなのか
誰も知らない
けれど姫らは
同じ世界を歩いてる」
*
「最近の歌さ」
「うん」
「前より怪異同士が会うようになってない?」
「歌の中でな」
「でも噂も増えてる」
「歌を聞いた奴が、似たものを探すからだろ」
「じゃあ本当は関係ない?」
「かもしれない」
「本当は関係ある?」
「かもしれない」
「役に立たねえ!」
「噂話に何を求めてるんだよ」
*
「ところで、下水から流れる卵の歌あるだろ」
「触手姫の?」
「あれ、最近歌詞増えたぞ」
「どんな?」
「卵が流れた水辺に、幸せの花が咲く」
「また花!」
「その花を食った獣がキメラみたいな子を産む」
「盛りすぎ!」
「その死体を死体漁りが拾う」
「全部乗せじゃねえか!」
「最後に人間オルゴールが歌う」
「何で!?」
「締まるから」
「物語としてしか考えてないだろ!」
「吟遊詩人だからな」
*
「下水を流れる白い卵
昨日は一つ 今日は五つ
水門越えて
川へ出て
川から森へ
森から国へ
卵が流れた岸辺には
紫の花が揺れていた
花を食べた獣の腹で
知らぬ命が目を覚ます
森の母がそれを抱き
触手の姫が水を汲む
死んだ獣は骨となり
夜には誰かが拾ってく
遠くどこかで箱が歌う
誰も姿を見ていない
全部別の話なのか
一つの話の枝なのか
歌う俺にも
分からない」
*
「……これ、最近一番人気なんだよな」
「何で?」
「みんな気になってるんだよ」
「何が?」
「本当に全部別なのか」
「別だろ」
「何で分かる?」
「だって、死体漁りと幸せの花と触手姫とキメラの母だぞ」
「名前が違うだけじゃん」
「全然違う!」
「でもさ」
「何」
「元は人間だったって噂のやつ、多くない?」
「……」
「身体が変わって」
「……」
「人間の価値観から外れて」
「……」
「それでも町とか森とか、どこかで普通に暮らしてる」
「偶然だろ」
「幸せの花だけ人じゃない」
「花だし」
「本当に?」
「何が言いたい」
「花も誰かから生えたって噂あるだろ」
「噂だ」
「触手姫も誰かから生まれる」
「噂じゃなくなってきてる」
「キメラの母も子を増やす」
「それはそう」
「ゴブリンの女王も群れを増やす」
「普通に子供産んでるだけだろ」
「死体漁りも仲間増やしてるって」
「……」
「増えてるんだよ」
「何が?」
「変わった奴らが」
「それは知ってる」
「違う」
「何が違う」
「一人ずつ変わってるんじゃなくて」
「……」
「世界そのものが、そういうものを増やし始めてるんじゃないかって」
「やめろよ」
「何で?」
「酒がまずくなる」
*
「昔は人から魔物になり
魔物になれば話は終わる
昔は呪いを受けたなら
呪いを解けば話は終わる
けれど今では終わらない
肉を着た者
花になった者
触手を増やす者
獣を混ぜる者
魔物の国を作る者
歌う道具になった者
みんなそれぞれ違うのに
どこか似た道を歩いてる
人を捨てたか
人を残したか
人から外れたその後も
明日の飯を食っている
ならば怪異は怪異じゃない
新しい暮らしなのかもしれない
ならば次に変わるのは
遠くの誰かじゃないのかもしれない」
*
「その歌、最後嫌だな」
「何で?」
「次に変わるの俺かもしれないってことだろ」
「俺かもしれん」
「笑えねえ」
「でも最近さ」
「何?」
「変異した奴を見ても、昔ほど驚かなくなったよな」
「触手姫が食堂で働く時代だからな」
「幸せの花も家にある」
「キメラの子供見たって商人もいる」
「死体漁りだけは会いたくない」
「片手殺しも」
「人間オルゴールも」
「会いたくないの多いな」
「でも歌は聞く」
「聞くな」
「気になるだろ」
*
「なあ」
「何だ?」
「吟遊詩人が全部勝手に繋いでるだけだよな?」
「多分」
「多分?」
「俺らだって、あいつらが本当に無関係だって証拠持ってないだろ」
「それ言ったら何でもありじゃん」
「そう」
「……」
「だから歌になる」
「嫌な言い方するな」
*
「死体漁りが花を踏み
触手の姫が骨を拾い
森の母が歌を聞き
緑の女王が空を見る
箱の歌声 風に乗り
片手の影が道を行く
昨日なかった花が咲き
下水の卵は海へ行く
誰も互いの名を知らず
誰も同じ場所に住まない
それでも時々
噂の端が
触れ合っている
偶然なのか
歌なのか
本当にどこかで
繋がっているのか
誰も知らない
だから今夜も
歌にする」
*
「おい」
「何だ?」
「その歌、誰から聞いた」
「誰からって?」
「最後の歌だ」
「俺が作ったけど」
「……作った?」
「ああ。噂を繋げただけだ」
「じゃあ偶然か」
「何が?」
「いや」
「何だよ。気になるだろ」
「灰枝の渡しって知ってるか?」
「北西の?」
「ああ」
「去年戦があったところだろ」
「俺、そこで荷馬車の護衛やってた」
「それが?」
「三ヶ月前にもう一度通った」
「戦場跡を?」
「街道だからな」
「死体漁りでも見た?」
「見た」
「……本当に?」
「遠くだけどな」
「どんな?」
「肉と骨を背負ったでかいのが、戦場跡を歩いてた」
「死体漁りじゃん!」
「多分な」
「他には?」
「川沿いに触手の女がいた」
「触手姫?」
「多分」
「同じ場所に?」
「かなり離れてた。互いに近づこうともしてなかった」
「それだけなら偶然だろ」
「まだある」
「何?」
「対岸の森に、でかい女がいた」
「でかい?」
「子供みたいなのを何匹も連れてた。獣みたいなのも、羽があるのもいた」
「……キメラの母?」
「知らん。近づいてない」
「三つ同時?」
「だから言いたくなかったんだよ。こんなの話したら、吟遊詩人の歌みたいになるだろ」
「幸せの花も咲いてた?」
「咲いてた」
「嘘だろ」
「川岸一面」
「それ、今の歌そのものじゃん」
「俺はその歌を今日初めて聞いた」
「……」
「まだある」
「まだ?」
「夕方になって、歌が聞こえた」
「吟遊詩人?」
「人はいなかった」
「じゃあ誰が」
「知らん」
「どんな歌?」
「女の声だった」
「……人間オルゴール?」
「だから知らないって言ってるだろ」
「で?」
「その歌が聞こえた瞬間だ」
「うん」
「死体漁りが止まった」
「……」
「川辺の触手の女も止まった」
「……」
「森のでかい女も」
「……」
「同時に?」
「同時だ」
「歌を聞いて?」
「多分」
「お互いを見た?」
「いや」
「じゃあ何を」
「三人とも」
「……」
「同じ方を向いた」
「どっち?」
「川上」
「川上って」
「王都の方角だ」
「……」
「歌が止まったら、また別々に動き始めた」
「それだけ?」
「それだけ」
「話しかけたりとか」
「してない」
「集まったりも?」
「してない」
「じゃあ偶然」
「そう思ったよ」
「なら」
「次の日まではな」
「何があった」
「朝になったら、花が全部同じ方を向いてた」
「花?」
「幸せの花」
「太陽の方じゃなく?」
「違う」
「風?」
「無風だった」
「じゃあ」
「川上」
「……王都?」
「だから」
「……」
「俺はもう、あそこを通りたくない」
*
「その話」
「何だ」
「歌にしていい?」
「やめろ」
「でも」
「やめろ」
「絶対売れる」
「やめろって言ってるだろ!」
「じゃあ少し変える」
「そういう問題じゃない!」
「死体漁りを骨の女にして」
「やめろ!」
「触手姫を水の娘にして」
「やめろって!」
「キメラの母を森の母にすれば」
「もうなってるだろ!」
「じゃあ花だけ残すか」
「全部忘れろ!」
「無理だよ」
「何で!」
「聞いちゃったから」
「……」
「それに」
「何だ」
「もう歌じゃないか」
「どこが」
「別々の怪異が、同じ声を聞いて、同じ方を向く」
「……」
「その先に何があるのか」
「知らない」
「だから歌になる」
「頼むからやめてくれ」
「じゃあ最後だけ」
「やめろ」
「一節だけ」
「やめろって」
*
「肉の女が歩みを止め
水の娘が顔を上げ
森の母まで耳を澄ます
互いの名など知らぬのに
互いの顔さえ見ないのに
遠い歌声ひとつだけ
聞けば揃って振り向いた
花まで同じ方を向く
川上
遠く
人の都
何が呼んだか
誰も知らない
けれど本当に
別々ならば
どうしてみんな
同じ方を見る」




