第十七話 『直近三話におけるアクセス数の上昇を確認。』
翌朝、俺が階段を下りるより先に、日記は次の話を書き始めていた。
『第十七話 アクセス数が増えています』
「嫌な題名だな……」
当然、返事はない。
日記はもう俺とは会話しない。構成、本文、分析、補足。ひたすらそれだけを書く。
『直近三話におけるアクセス数の上昇を確認。』
『上昇要因を分析する。』
『一、ゴブリンによる成人女性への重大な被害。』
『二、救出および復讐展開。』
『三、複数の成人女性キャラクター配置。』
『四、残酷描写と成人向け要素の併用。』
『以上の要素とアクセス増加に相関を確認。』
「相関で人の人生決めるなよ」
ページは止まらなかった。
『したがって、女性キャラクターがモンスターによる性的被害を受ける、より刺激性の高い展開を追加する。』
「やめろ」
『ただし、既存キャラクターへ無条件に適用した場合、人格および既存ストーリーとの整合性を損なう可能性がある。』
俺は少しだけ安心した。
だが、その次があった。
『新規女性キャラクターを使用する。』
「そっちに逃げるな!」
これが日記だった。
セリアには合わない。
ミレアにも重ねるべきではない。
なら、条件に合う新しい人物を出せばいい。
物語としては破綻しない。
『前話で設定済みの地下水路調査依頼を利用する。』
『同行者として成人女性魔術師を配置。』
『既存人物との職業属性重複なし。』
『地下水路には大型変異スライムの目撃情報あり。』
『行方不明者二名。』
『閉鎖空間。』
『救援困難。』
『以上より、成人向け危機展開との接続性が高い。』
「箇条書きで地獄を組み立てるな……」
一階から女将に呼ばれた。
「ルーク! ギルドの人をいつまで待たせるんだい!」
「今行く!」
日記には、もう続きが書かれていた。
『ルークは日記を閉じ、階段を下りた。』
「だから先に書くなって!」
閉じる。
階段を下りる。
書かれた通りになった。
*
店にはギルド職員と、知らない女がいた。
二十代前半くらいに見える。肩まで伸びた赤毛に、黒いローブ。腰には短杖を差している。
「こちら、魔術師のリサです」
「リサだ。よろしく」
「あ……ルークです」
握手する。
日記に書いてあった。
成人女性魔術師。
もう出てきた。
「地下水路の調査と聞いてる」
リサは机に地図を広げた。
「三日前から清掃作業員が二人戻ってない。昨日、調査に入った衛兵も一人怪我をした。普通のスライムじゃないものを見たらしい」
「俺、必要?」
「必要というより人手不足」
「ですよね」
「それと、ゴブリンキング討伐に参加したんだろ?」
「参加しただけです」
「生きて帰ったなら十分」
その基準が嫌だった。
俺は二階の日記を思い出す。
地下水路。
女魔術師。
変異スライム。
行方不明者。
次に何を書こうとしているのか、もう分かる。
「……俺、断ったら?」
「別にいい」
「え?」
思わずリサを見る。
「依頼なんだから強制じゃない。私は行くけど」
「一人で?」
「他にも二人来る」
普通だ。
当たり前だ。
冒険者なんだから、依頼を断る自由くらいある。
「じゃあ――」
断ろうとした。
女将が口を挟んだ。
「報酬はいくらだい?」
「一人、銀貨八枚。変異種討伐まで行けば追加で金貨一枚」
俺は黙った。
焼けた店を見る。
金貨十二枚。
日記が俺を強制する必要なんてなかった。
現実の事情だけで十分だった。
「……行きます」
「そうか」
リサは地図を畳んだ。
俺は頭を抱えたくなった。
日記は、俺がそう答えることまで分かっていたのかもしれない。
*
出発前に日記を開いた。
新しい文章が増えていた。
『主人公による依頼受諾が成立。』
『強制改変不要。』
「そこ、ちょっと誇らしげに見えるの腹立つな」
『成人女性魔術師リサを新規キャラクターとして登録。』
『性格――現時点では情報不足。』
『性的嗜好――情報不足。設定しない。』
『既存ストーリーへの接続――良好。』
「……」
そして次の段落。
『アクセス増加を受け、成人向け危機要素の強化を実施する。』
『ただし、被害そのものを目的化するとストーリー上の必然性が低下する。』
『地下水路調査。行方不明者探索。変異スライムとの遭遇。救出失敗または分断。』
『以上の因果を順に成立させ、その結果として女性キャラクターが重大な性的被害を受ける展開へ接続する。』
俺はページを閉じた。
「順番踏めばいいって話じゃねえんだよ」
返事はない。
また開く。
さらに書かれていた。
『重要。』
『性的被害を受けた人物については、被害後も継続して登場させる。』
『恐怖、怒り、生活への影響、人間関係の変化、戦闘復帰の可否などを継続的に描写する。』
『単発の刺激として消費しない。』
「……」
妙なところだけ徹底している。
倫理ではない。
長期連載として、その方がキャラクターを使えるからだ。
『この形なら、アクセス増加に寄与した成人向け危機要素を強化しながら、既存ヒロインであるセリア、ミレアへ同種被害を重複させず、新規成人女性キャラクターの投入と地下水路編を同時に開始できます。また、刺激性のみを優先して人格や因果を破綻させるのではなく、調査、遭遇、分断、被害、救出、その後の生活まで一連のストーリーとして処理することで、連載としての整合性を維持できます。』
「……もう完全に作者だな」
日記は次の題名を書いた。
『第十八話 地下水路』
その下に本文の一行目。
『地下水路へ入って三十分後、最初の死体が見つかった。』
「始めるの早いって……」
俺は顔を上げた。
店の外では、リサが待っている。
まだ生きている。
まだ何も起きていない。
なのに日記には、もう次の話がある。
俺は日記を閉じた。
「……絶対、書いた通りにはさせないからな」
返事はない。
代わりに閉じた表紙の向こうで、さらさらとペンもないのに文字を書く音だけが続いていた。




