第八話
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「ただの……虫好きの青年……ですか?」
揺れる白馬の背の上、風を切り裂きながらアリシアは呆然と呟いた。
「俺が連れているのは精霊なんて高貴な物じゃない。ただのセイレイモドキっていう、光るだけの虫だよ」
そう言って、レンカは腕に抱えた麻袋を少しだけ絞るようにして開いた。
中から、精霊を模した淡い光を放つセイレイモドキが一匹、ふわりと外へ出る。
夜の闇に尾を引く光の軌跡を見て、アリシアは大きく目を見開いた。
「この美しい光……精霊と同じ……いや、精霊なんかとは……。本当に精霊ではないんですの?」
「ああ。それに、俺は虫の声を聞くことができる魔能があってね……この子達の悲鳴を聞いてここまで来たんだ」
「そう、だったのですね……。だから精霊使いなんて嘘を?」
「まあ、ね……」
どこまで話すべきだろうか。と考えた上、レンカは最終的な部分はぼかして答えることにした。
「……虫の声が聞けるなんて、怯えさせてしまうだろ?」
実際、魔能を持っている人間がその力を周りに隠して生きることは珍しくない。
蟲が精霊を捕食する力も魔能と考えられている以上、蟲の力と同等とされる力が忌まれているのも事実だった。
アリシアもその事情を察したのか、それ以上は深く追求しなかった。
セイレイモドキが小さい羽音を立てて、アリシアの鼻先を飛び回る。
しかし、アリシアは怖がる様子もなく、むしろ愛おしそうにセイレイモドキの光を目で追いかける。
「助けてくださった御方に、怯えるなんてありませんわ。それに……」
アリシアがそっと差し出した白く細い指に、セイレイモドキが音もなくとまる。
その指先にとまった小さな光を見つめ、ぽつりと呟く。
「本当に、乱れ無く美しい光。怯えるはずなんて、ありませんわ」
※
やがて、傾斜が緩やかになり、木々が開けた場所へとたどり着く。白馬、レティレーラの足取りがゆっくりと落ち着く。その先には、小さな小屋と木箱が並んでいた。
そして、小屋の前に立ち、不安そうにこちらを見つめる少女の姿。
シロハの姿がそこにはあった。
「お兄様っ……!」
「シロハ! 良かった無事だったか!」
「はい! 森がすごく騒がしくて、一体どうなってるのかと……」
レンカは馬の背から滑り落ちるようにして降りると、駆け寄ってきたシロハの頭を優しく撫でた。
「事情はこの後話す。とりあえず、この場所から離れる準備を」
「って……お兄様が女の子を連れてる!!!」
「へっ?」
シロハの視線が、レンカの背後にいるアリシアへと向けられた瞬間、その大きな瞳がスッと細められた。
「シロハという伴侶がありながら、別の女を連れてくるなんて! この泥棒猫!」
「伴侶……??? 泥棒猫……???」
「あーもう! シロハ!」
「冗談ですよ。その方が悪い人じゃないことくらいはわかります。あなたもね」
シロハはいたずらっぽく笑うと、白馬の首筋をなでた。レティレーラも安心したように嬉しげな鼻を鳴らす。
「あの……わたくしはアリシア・アン・フォーミシア。こちらは愛馬のレティレーラ。レンカ様には命を助けていただきました。あなたはレンカ様の妹様ですわね?」
王国のフォーミシア、という名を聞いて動揺しないかと、レンカは心配してシロハの顔を覗き込む。しかし、シロハは変わらず明るい笑顔を見せて、アリシアに向かって堂々と答える。
「はい! 私はレンカお兄様の最愛の妹、シロハです。お兄様の、“最愛”の!」
「自分からそこを強調するんじゃない」
まるで自分の物であることを主張するかのように、シロハはアリシアに告げるが、その二人の内心をレンカは知らない。
ひとまず、傷だらけの二人を支えるようにして、シロハは小屋の中へ促す。
しかし、レンカは優しく引かれたその手をそっと振りほどいた。
「お兄様! まずは傷の手当をしないと!」
「でも、いつ蟲がこっちに来るかわからない。あの子たちを先に避難させないと」
「だからこそ、ですよ! 幸い、まだ蟲はこちらに来ていないようですし、お兄様とアリシア様の手当が先決です。お兄様が倒れたら、あの子たちを守ることだってできません!」
「う……それは、そうだけど」
「わたくしからも、妹様の言う通りにすべきだと思いますわ」
シロハに肩を借りて馬の背から降りたアリシアも、シロハの意見に同意する。
「アリシア様こそ……その傷」
シロハは、アリシアが引きずっている足を見て痛ましそうに呟く。
レンカの目から見ても、アリシアの足の裂傷のろうが重症なのは確かだった。もちろん、レンカ自身も満身創痍なのは事実だったが。
「わかったよ……。ただ、俺の傷は自分で処理するから、シロハはアリシアの足を手当してやってくれ」
「お兄様の介抱はシロハの役割ですが……今はわかりました」
そう言うと、手際よくアリシアの足の泥と血を拭い、清潔な布で止血を施しながら、折れているであろう足に添え木をする。
その様子を横目に、裂かれた腕や足に薬草の塗り、包帯を巻いていく。
そして背中に負った傷を意識を向ける。
「流石に、背中の傷の手当は自分では難しいな……。シロハ、そっちが済んだら頼む」
「あ! もう、お兄様は! 人の心配ばっかりしてないで、こっちに来て座ってください!」
シロハに怒られながら、レンカは上着を脱いで傷を見せる。その凄惨な傷口にシロハは息を飲む。
しかし、それ以上に動揺していたのはアリシアだった。
シロハはその傷へと、丁寧に消毒と処置を施していく。
「それで、一体何があったのか、なんだけど……」
「それは……わたくしから話させてくださいまし」
レンカの説明を遮るようにして、アリシアはベッドの端に腰掛けたまま、静かに話し始めた。
「まずは……本当に、申し訳ありませんでした。わたくしのせいで二人を危険に巻き込んでしまって……。すべて、わたくしのせいなんです」




