第六話
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「ほら、お姫様。おしゃべりは後。精霊たちが命を徹して時間をかせいでくれてる間に!」
「は、はい……わかりましたわ!」
絶望に沈んでいたアリシアの表情は一変し、希望に満ちた熱い眼差しがレンカを見つめる。
レンカとしても、そこまで純粋に希望に満ちた期待をされると困るところではあったのだが、口に出す余裕も、時間もあまり無かった。
レンカにはアリシアの奥、そこにある物にも要がある。
「何をしてるんですの……?」
「ちょっとね……。これはボクにとっても大切な物だから……」
アリシアの不審そうな声を背に、レンカは岩陰に隠してあった古びた木箱を開く。中にある、ぼんやりと光る一枚の板を取り出し、レンカは麻袋の中にしまう。
(ちょっと揺れるけど……がまんしてくれよ)
それは、セイレイモドキの女王たちがいる巣板だった。
セイレイモドキーーーそれが、アリシアが精霊と勘違いをした虫の正体だ。
レンカしかしらないこの虫の存在を、彼は咄嗟に隠蔽した。
この虫が、というわけではないが、虫を使役するアピス家の正体がこの王女にバレるの危険は避けたく、咄嗟に精霊使いの偽名を騙ったのだ。
本来、この量の精霊を一度に扱う精霊使いは存在しない。それどころか、精霊自身が戦闘に参加する精霊使いも存在しない。
しかし、レンカは本物の精霊使いの戦い方を知らなかった。
そして、精霊を体内に宿すアリシアも、精霊使いの実践を見たことが無く、レンカの精霊使いとしての異常性には気づく術を持っていなかった。
二つ無知が生んだすれ違いが、奇跡的に彼のハッタリを成立させていた。
『グギァァァァ!!!』
背後で、蟲の狂暴な咆哮が洞窟を震わせる。
複眼を覆っていたセイレイモドキたちの光が、少しずつ叩き落とされ、かみ砕かれていく。ハッタリの光で稼げる時間なんて、残り数十秒もない。
「お姫様! 歩ける???」
「それは……っ」
少し困惑した返事をしたアリシアが、 血に染まった足でなんとか立ち上がろうとする。だが、その細い足は激しく震え、走って逃げることなんて不可能だった。
「……あーもうっ! しっかり捕まって!」
「は、はい!」
レンカは躊躇なくアリシアの体を抱き寄せ、強引に抱きかかえる。
まるで羽根のように軽い体。しかし、その細い足からは今も鮮血が流れ、レンカの服を赤く染めていく。
あまりの体の軽さに驚きながらも、力の強いほうではないレンカはなんとか彼女をホールドし、巣板を抱えたままなおも暴れ狂う蟲へと向き直る。
「ま、待ってくださいまし精霊使い様! わたくしを置いて、まずはあの蟲を退治してーーー」
「無理無理! 無茶言わないで! その……ボクの精霊たちは本来戦闘向きじゃないんだから!」
レンカの苦し紛れの言い訳にも、アリシアは納得するしかない。
実際、王国の精霊使いであっても、複数人でなければ蟲の駆除にかり出さない。たった一人の精霊使いが、正面から蟲に挑むなんてありえない自殺行為であることを、皮肉にも二人は知らない。
『ギ、ジジジジジィッ!!!』
「ひ……っ!」
背後から放たれる明確な殺意の波動、それがレンカたちに降りかかる。
蟲の複眼を狂わさせていた光の壁、それがついに消滅したのだ。
眩みから徐々に回復しているおぞましい複眼が、レンカとアリシアを完全に捉える。
「お姫様! 息止めてて! ……これでもくらえッ」
レンカは素早くマッチを擦り、腰袋に炎を移し、腰袋を力任せに投げつける。
瞬間、小さい爆発音と共に狭い洞窟の中が白煙に覆われる。
それはレンカが道中準備をしていた、数種類の香辛料とハーブ系の植物、小麦粉、そして微量の爆薬が混ぜられた即席の煙幕だった。
熱を感知できる機関のある蟲にどれほどの効果があるかわからないが、無いよりはましだ。
(よし、今のうちに……ッ)
『グゥィァ!!!』
「ぐぅッ……」
「きゃあっ……っ!」
アリシアを抱え、蟲の横をすり抜けようとした瞬間、レンカの視界を狂乱した虫の爪が遮った。
セイレイモドキたちに麻痺された熱感知気管は完全に戻っていないらしく、煙幕の中闇雲に暴れ回っているようだった。しかし、偶然放たれたその一撃がレンカの背中を強打し、アリシアの体ごと前方に吹き飛ばされてしまう。
あいにく、直撃は背中の麻袋ーーー巣板の入っていない方が受け止めてくれていたようだ。アリシアとセイレイモドキの女王への被害は最小限にとどまっている。
しかし、体勢を崩して冷たい地面に叩きつけられた二人の背後から、地面を鳴らしながら『暴力』が近づいてくる。
(怖い怖い怖い怖い……ッ)
背中と胸を強く打ち付け、息ができずに立てずにいたレンカは内心そう呟く。
颯爽と現れ、アリシアを助けた謎の精霊使いレンカ。
しかし、彼自身ヒーローなんかでは断じてない。
ただ内心では恐怖で怯え、震えるだけの人間だ。
(でも……)
(それでも……)
(俺は、シロハの元へ帰らないと……行けないんだッ)
強引に足を奮い立たせ、レンカはアリシアの側へと這い、寄り添う。
あと一歩。あと数メートル。
それを抜けたら、夕闇の広がる洞窟の外。
それが遠い。
(こんなことなら……助けるんじゃなかっ)
と、思考がよぎり、思わずアリシアの顔を見ようとしたレンカの目に映ったのはーーーレンカの前に立とうとするアリシアの姿だった。
激痛に顔を歪めながらも、アリシアがレンカの前に立ちはだかろうとしていた。
「な、んで……」
「精霊使い様……あ、あ、ああ、アイツの狙いはわたくしです。だから……精霊使い様は、逃げてくださいまし……ッ」
明らかに身分の低い相手を身を挺して守ろうとするアリシア。行動をレンカは理解できない。
理解はできない。だが、その痛々しいほどに気高い姿を見せるアリシア。
でも、レンカはその姿を見てーーー
(あーくそ……何やってんだ俺)
レンカは手に持つ麻袋を強く握りしめ、アリシアの小さな肩を再び強引に担ぐ。
「せ、精霊使い様……どうして!?」
その問いに答える余裕はもうレンカに残っていない。
ただ前だけを見据え、背後から確実に迫ってくる恐怖から、一歩ずつ離れていく。
そして、レンカは肺に残ったすべての空気を吐き出すように、夕闇に染まる洞窟の外へ向かって叫んだ。
「こっちだ!!! こっちに来てくれ!!!」
その声に応えるように、森の奥から、一際高く、凛とした白馬のいななきが響き渡ったーーー。




