25話
「ローリス、僕は何かあったときのために、魔力石をいくつか持っている」
カエサル様はそう言うと、ズボンのポケットから無造作に魔力石を取り出した。そして、そのうちの一つを私の手のひらに乗せる。王家に恩を売ると言っていたけれど……まさか、この魔力石を使うつもり?
「ローリス、そんな顔をしないで。やることは簡単だから」
「簡単?」
「うん。いまから僕たちはこの魔力石にありったけの魔力を込めて、あのドラゴンに向かって投げる」
カエサル様はドラゴンを見上げると、いたずらを思いついた子供のように笑った。
「どちらが、あのドラゴンに大きな傷を負わせられるか、競わない?」
ワクワクを通り越して、キラッキラの笑顔。
どうやらカエサル様は、この状況を楽しんでいるらしい。そういう私も楽しくなってきた。
「いいわよ。その勝負、受けましょう!」
「ハハッ、そうこなくてはね。じゃあ、傷が大きかったほうが、負けたほうに一つ言うことを聞かせる、というのはどう?」
「一つ、言うことを聞く……?」
「うん」
「いいわ。カエサル様、負けないわよ」
私たちがそんな話をしている間にも、目の前のドラゴンと戦いたくてウズウズしているキャロル。
私は彼女に声をかけた。
「キャロル、数分……いえ、数秒でいいから、ドラゴンの足止めをお願いできる?」
「かしこまりました!」
キャロルは嬉しそうに笑うと、愛刀を構えてドラゴンへ駆け出した。
ギィンッ! 振り下ろされた刃が、ドラゴンの黒い鱗に弾き返される。
「硬い……!」
「キャロル!」
「ローリス様、心配無用です。私は平気です!」
そう答えるキャロルの顔も、キラッキラに輝いていた。流石の戦闘民族。私もカエサル様や、キャロルには負けてはいられない。
私は受け取った魔力石を握りしめ、ありったけの魔力を注ぎ込む。自分の中にある魔力が、どんどん魔力石へ吸い込まれていくのがわかった。
「よし!」
声がかさなる。どうやら、カエサル様も魔力を込め終えたようだ。カエサル様に私は頷くと、彼は笑い。
「キャロル、ドラゴンから離れて!」
「はい!」
戦闘中だったキャロルが、すぐさまドラゴンから距離を取る。それを確認したカエサル様が私を見る。
「ローリス、投げるよ!」
「ええ!」
私とカエサル様は同時に魔力石を構えて、魔力込め、ドラゴンへ向かって投げる。
「いけぇっ!」
しかし、私の魔力石はドラゴンの左肩へ。
カエサル様の魔力石は頭部へ。
しまった、勝負に勝とうとして力が入りすぎたのか、狙った場所から少しズレてしまった。
ドォォォォンッ!!
王都の外まで響き渡るような爆裂音。凄まじい爆風が吹き荒れ、砂煙が舞い上がる。やがて爆風が収まる。
「……え?」
目の前には、頭部と左肩を吹き飛ばされたドラゴン。カエサル様の魔力石が直撃した頭部は、跡形もなく消えている。
古のドラゴンは、ゆっくりと地面へ倒れ込んだ。
「うそ……」
私は呆然と呟いた。
カエサル様の魔力量が、私と同じくらい……あるいは少し多いことは知っていた。
でも、これほどとは思っていなかった。
「僕の勝ちだね」
「ええ……私の負けね」
「さて。ローリスに何を頼もうかな?」
カエサル様は楽しそうに笑い、ズボンのポケットから丸い木の実をいくつか取り出すと、ポリポリとかじり始めた。
それは、いま私たちが開発を進めている、魔力を回復するイエールの実。
「カエサル様……」
「ん?」
「ずるい! 魔力を全部込めたわね!」
「そんなの、当たり前だろう?」
カエサル様は平然としている。
「ローリスが、なんでも一つ言うことを聞くって約束したんだ。ここで全力を出さなくてどうする?」
「……」
そうだった。この人は、私のことになるといつだって全力。額に浮かんだ汗を袖で拭いながら、あっけらかんと笑うカエサル様。
嬉しそうなのはいいけれど、一体、私は何を頼まれるのだろう。ちょっとだけ、いや……かなり心配になってきた。
⭐︎
王都の東門の近く、倒れたドラゴンと、隣を見れば満面の笑みのカエサル様。そんな彼を見てふうっと息を吐いた。
そこに。
「あ、あの……カエサル様、ローリス様。そろそろ、ドラゴンの魔石を取り出したほうがいいと思います」
愛刀を手にしたキャロルが、こちらへ歩いてくる。
「そうだったわ」
私は倒れたドラゴンを見る。
「早く魔石を取り出さないと、ドラゴンの魔石に引き寄せられた、別の魔物が来るかもしれないわね」
その前に。
「鑑定」
私はドラゴンを鑑定した。
もちろん、食べられる部分を探すためだ。
「胴体は……駄目ね」
次に手足。
「ここも駄目」
そして尻尾を見る。
「……尻尾は?」
鑑定結果を確認して、私は笑った。
「見つけた。キャロル、ドラゴンの尻尾を切って」
「はい!」
キャロルは嬉しそうに愛刀を構え、スパッ! っと、ドラゴンの尻尾が綺麗に切り落とされた。私はその尻尾の断面と肉質、形といい……まさにアレに似てるなぁっと、遠い記憶を思い出す。
まあ、キャロルみたいに一刀では切れないけど。
「ローリス、いい?」
カエサル様に声をかけられて私は我に返り、ドラゴンを見つめるも。私の鑑定では、魔石の正確な位置までは分からなかった。
「魔石の取り出しは、カエサル様にお願いするわ」
「よし、任された」
カエサル様には、お義父様から引き継いだ、魔石の位置を見抜く特殊な目がある。さらに辺境伯家の紋章が刻まれたナイフを取り出すと、迷うことなくドラゴンの体へ刃を入れ、あっという間に魔石を取り出してしまった。
「大きい……」
それは、まるでラグビーボールのような大きさだった。カエサル様はすぐにアイテム箱を呼び、中から魔石箱を取り出し収納する。
キャロルも切り取ったドラゴンの尻尾を、魔法フロシキへ丁寧に包んだ。
魔石を失った古のドラゴンの身体が、ゆっくりと霧となり風に乗り、空へと消えていった。
「……終わったのね」
「うん」
カエサル様は周囲を見渡し、復元魔法を使い、壊れてしまった王都の建物や道路を次々と元の状態へ戻していった。
「さあ、危ない魔石を回収して、王城にかけた魔法も解いて、辺境伯領へ帰ろうか」
その言葉に、私は目を見開いた。
「え? 王都観光は?」
「……」
「予約した宿屋は?」
「泊まらないよ」
「え?」
「キャンセルして、王都観光はまた今度。すぐに辺境伯領へ帰ろう」
そう言うと、カエサル様は私を馬に乗せ、自分も馬へ跨がった。私たちは危険な魔石を回収しながら王城へ向かい、馬小屋で借りた馬を返した。
そして王城へ着くと、カエサル様は私がかけた魔法をサッと解いてしまった。
「これでよし。あとは帰るだけだね」
そういうと近くに、乗ってきた馬車と馬がやってくる。あまりにも迷いのない動きに、私は思わずカエサル様を見つめた。
カエサル様はにっこり笑い。
「さあ、ローリス帰ろう!」
緊急時にしか使わない、飛行魔法まで馬車と馬にかけた。すると馬車と馬の身体から光が溢れて、馬の背に光り輝く翼が生える。
(なぜ? そんなに急いで帰るの?)
もしかして、ミサロ王太子殿下や妹と、これ以上話をしたくないとか? そんなことを考えていると、カエサル様がさっき見せた満面の笑みを浮かべた。
「屋敷に帰ったら、ローリスに僕の願いを叶えてもらう!」
その言葉にカァッと、頬に熱が集まる。
そんな私の顔を見たカエサル様は、すぐに私を引き寄せ。
「可愛い僕のローリス」
「カエサル様……」
私を抱きしめながら、彼は満足そうに呟いた。
「よし。タロも呼んだし、あの二人には書き置きを残した。王城にかけた魔法も解いた。これで王都に用はないね」
爽やかな笑顔。この人にはこれからも勝てそうにない。
⭐︎
後日。
事態を重く見た国王陛下は、ミサロ王太子殿下から王位継承権を剥奪した。そして新たな王太子には、ミサロ王太子殿下の弟を立てることにした。
さらにミサロには、公爵位ではなく伯爵位と屋敷を与え、王城から追放することを決めた。
最後まで二人は、「悪いのはカエサル卿とローリス夫人だ」と主張していたらしい。しかし、陛下は二人の言葉に耳を貸すことなく、冷然と言い渡した。
「次に問題を起こした場合は、爵位を取り上げる。平民へ降格させることも覚悟しておけ」
二人はそれでも納得していなかったという。
そしてチャハ国との国境は、すべて閉鎖。
代わりに、隣国のカーツオ魔法大国から魔法使いたちを講師として招き、魔法や魔石について学ぶことにした。
⭐︎
屋敷に戻り、古のドラゴンとの戦いに勝利したカエサル様が、私にお願いしたこと。
「僕の願いは、誰にも邪魔されずに、ローリスと朝から晩まで一緒に過ごすこと」
「え!」
「ローリス、愛している」
まさか、その願いを叶えるために、あんなにも全力で魔力石へ魔力を注ぎ込んでいたなんて。
……本当に、この人は私のことになると全力なんだから。
でも。
「その願いなら」
頬が熱くなる。
「私も……悪くないと思うわ」
そう答えると、カエサル様は嬉しそうに笑った。
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