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未知の大陸へ  作者: かなめ
7/8

発現

よろしくお願いします

風の化け物の死体は、倒れたまま静止していた。

だが――完全な沈黙ではない。


「……まだ、熱が残ってる」


セリナは膝をつき、手袋をはめる。

医療器具を素早く並べ、迷いのない動きで刃を取った。


「切ります。いいですか?」


「どうぞ。僕は外側から見てる」


ダリウスは双眼鏡を外し、今度は肉眼で死体を観察する。

皮膚の裂け目、血の乾き方、炭化の進み具合――

すべてを逃さないように目で追う。


セリナの刃が、正確に、静かに皮膚を開いた。


「……やっぱり」


彼女の声が低くなる。


「人間と、配置が近いです。

骨格も、内臓の位置も……かなり」


「完全な化け物ってわけじゃない、か」


ダリウスは頷きながら、背中側へ回る。


そのとき――


「ダリウス、これ……」


セリナが、脊髄のあたりを指差した。


開かれた背中。


骨と骨の間、その奥で――


わずかな光が、脈打つように揺れている。


「……光ってる」


ダリウスの声から、軽さが消えた。


二人は顔を見合わせ、無言のまま近づく。


脊髄に沿うように、細い筋が淡く発光している。


炎の色ではない。


もっと冷たく、透き通った光。


「生きている……?」


「いや、違う」


ダリウスは首を振った。


「これは“反応”だ。たぶん――力を出す中枢」


セリナは慎重に器具を差し込み、光の正体を確かめようとする。


セリナは小さく息を吸い、覚悟を決めたように頷いた。


「……切り出します」


「慎重に。

刺激を与えると、何が起きるかわからない」


セリナは刃を持ち替え、発光部位の周囲を丁寧に切り開いていく。

骨を避け、神経を傷つけぬよう、繊細な手つきで。


光は、刃が近づくたびに、わずかに強まった。


「……生きてるみたい」


「でも、もう死体だ。

反射……いや、残滓だろう」


セリナは深く息を吐き、決断する。


「行きます」


刃が、脊髄の一部を切り離した。


その瞬間――

ふっと、光が脈打つ。


風が、ほんの一瞬だけ、周囲の葉を揺らした。


「……今の」


ダリウスが目を見開く。


「間違いない。切り離しても、反応してる」


セリナは慎重に、その部位を布で包み、両手で持ち上げた。


淡く光る“それ”は、


生き物の一部でありながら、鉱石にも似ていた。


「これ……」


「うん」


ダリウスは静かに頷く。


「力の源だ。少なくとも、あの衝撃波と風は、ここを通って生まれてる」


二人の背後で、再び爆ぜる炎の音。


だが今、彼らは確信していた。


――この発光する“脊髄の一部”こそが、

この大陸の“異常”を解く、最初の手がかりだと。


セリナは、切り出したそれを布の上にそっと置いた。

脊髄の一部――骨と神経が絡み合い、なお淡く光を宿した“核”。


「……ダリウス、お願いします」


短くそう言って、一歩下がる。


「了解」


ダリウスは慎重に手袋をはめ、その“核”を両手で持ち上げた。


その瞬間だった。


――ピッ。


小さな音にも似た感覚とともに、

それまで弱々しかった光が、一気に強まる。


「……え?」


ダリウスの手の中で、

淡い緑がかった光が脈打ち始めた。


「風の化け物と……同じ……」


セリナの声が、思わず小さくなる。


光は規則正しく明滅し、

まるで“呼吸”を再現しているかのようだった。


「触れたから……反応した?」


ダリウスは動かない。

だが、目だけが鋭く光を追っている。


「……いや、違う」


低く、確信を帯びた声。


「持っただけじゃない。

“持てる”から反応してる」


「え……?」


ダリウスの足元で、枯葉がわずかに揺れた。


「……風」


セリナが気づき、周囲を見る。


空気が、ダリウスの周囲だけ、かすかに流れている。


「まさか……」


「風の化け物と同じ反応だ」


ダリウスはゆっくりと息を吐いた。


「つまり――この“核”は、生き物じゃなくて、使われるもの」


光はさらに強まり、

布がはためき、髪が揺れる。


「セリナ、これ……」


ダリウスは一度だけ彼女を見る。


「人が触れたときにも、力を発現させる」


二人の間に、重い沈黙が落ちた。


遠くで、炎が爆ぜる音がする。


だがそれ以上に、ダリウスの手の中で脈打つ光が、はっきりと主張していた。


ダリウスは、しばらく黙ったまま“それ”を見つめていた。


手のひらの中で、脊髄の一部――淡く光る器官が、一定のリズムで脈打っている。


(発光が起点。力は外に漏れ出るんじゃない、流されている)


頭の中で、今までの光景が繋がっていく。


風の化け物。

火の化け物。

発動の直前に起こる発光。


そして――リオラが光る石に触れた瞬間。


(石も同じだ。触れたとき、“応えた”)


ダリウスは小さく息を吸い、確信を口にした。


「……理屈は、単純だ」


セリナが息を呑む。


「この器官は、力を生み出してるんじゃない。通してるだけだ」


彼は“核”を指先で軽く叩く。


「力そのものは、たぶん外にある。空気、熱、何か――それを、形にするための回路がこれだ」


「回路……」


「だから、人間でも、化け物でも……条件を満たせば」


ダリウスは、ゆっくりと拳を握った。


「――僕でも、使える」


ダリウスがそう言い切った、その直後だった。


彼の拳の中で、脊髄の一部が強く発光する。


淡い光は指の隙間から溢れ、腕を伝い、胸元へと流れ――


「……来い」


ダリウスは即座にスナイパーライフルを構えた。


思考は冷静だった。


狙うべきは一点。


炎が最も不安定になる瞬間。


――背中が、光った。


「今だ」


引き金を引く。


乾いた銃声。


だが、撃ち出された弾丸は、ただの鉛ではなかった。


弾丸の周囲に、風が纏わりつく。


螺旋を描きながら空気を切り裂き、音すら置き去りにして飛ぶ。


「……!?」


炎の化け物が振り向く間もなく――


ズンッ!!


弾丸は炎の膜を突き破り、

胴体を一直線に貫通した。


炎が裂け、爆ぜる。

衝撃波が走り、地面が抉れる。


「なっ――」


前線で踏ん張っていたカイエが、思わず振り返る。


焼けた空気の向こう、木陰に立つダリウス。


銃口の周囲に、まだ名残のように漂う風。


「……あぁ、そういうことか」


一瞬きょとんとした顔を見せ、

次の瞬間――カイエの口元がニヤリと歪む。


「風を使ったな、ダリウス」


その声は、確信に満ちていた。


「よくやった」


言い切ると同時に、カイエは前を向き直る。


迷いが消え、獣のような集中が宿った。


「なら――話は早ぇ」


ライフルを担ぎ直し、踏み込む。


ダリウスも、すでに次を見ていた。


双眼鏡越しに、炎の化け物の胴体をなぞる。


「……カイエ、右肩寄り」


「?」


「さっきの一撃。風が通った周辺だけ、皮膚が裂けてる」


炎に覆われた体の一部。


だが、そこだけは燃え方が甘く、赤黒い“傷”がはっきり残っている。


「風で削れた……防御が薄い」


一瞬の沈黙。


そして、カイエが笑う。


「なるほどな……弱点は“作れる”ってわけだ」


次の瞬間、

攻撃の手が一段階、激しくなる。


「おらぁ!!」


ライフルが火を噴く。


狙いは一点――風で傷ついた箇所。


弾丸が突き刺さるたび、炎が不規則に揺らぎ、悲鳴のような轟音が上がる。


「効いてる!」


ダリウスが叫ぶ。


「そのまま畳みかけて!

風で削った場所を、徹底的に!」


リオラも状況を理解し、双剣を構え直す。


炎の化け物が後退し、戦場の流れがこちらに傾いた――その隙を逃さず、

セリナは再び死体へと向き直った。


「……時間がありません」


額に汗を浮かべ、声を張り上げる。


「この器官、一体に一つじゃない……複数あります!」


彼女は躊躇なく刃を走らせた。


背骨に沿って、肋の奥へ。


発光の反応を示す部分だけを、正確に、素早く切り分けていく。


「セリナ、無理するな!」


リオラの声が飛ぶが、彼女は首を振る。


「今しかありません!」


刃が走るたび、淡い光が一つ、また一つと布の上に並ぶ。

どれも大きさは異なるが、

共通して脈打つような光を宿している。


セリナは歯を食いしばり、最後の一つを切り出した。


「……全部出す」


その瞬間、ダリウスが駆け寄る。


淡い光を放つ器官が、いくつも脈打っている。


「……全部です。

ダリウスさん、これを――」


言い終わる前に、ダリウスが頷いた。


「うん、分かってる」


まるで最初から織り込み済みだったかのような口調。


「一人一つ。同時に使えない以上、持っていくしかない」


セリナが一瞬、驚いた顔をする。


「……最初から、そのつもりだったんですか?」


「当然」


ダリウスは迷いなく器官を手に取り、素早く仕分ける。


「前線が二人。なら、二つ必要だ。理屈としては、それだけ」


布に包んだ二つを腰に収め、残り一つを自分の手に残す。


「カイエとリオラ。あの二人なら、使いこなせる」


セリナは、少しだけ肩の力を抜いた。


「……ありがとうございます」


「礼は後でいい」


ダリウスは振り返り、走り出す準備をする。


「今は、想定通りに動く」



ダリウスは走り出しかけて、ふと足を止めた。


振り返り、切り出した器官を布ごと抱え直す。


そして、セリナを見る。


「……一つだけ、言っておく」


炎の明滅が、二人の影を揺らす。


「僕だけじゃ、これは無理だった」


セリナが目を瞬かせる。


「え……?」


ダリウスは小さく息を吐き、率直に続けた。


「理屈は分かっても、

どこを切ればいいか、どう扱えばいいか――

それは君の領分だ」


視線を、布に包まれた光へ落とす。


「取り出せたのは、君がいたからだ」


一拍置いて、少し照れたように言った。


「……ありがとう、セリナ」


セリナは一瞬固まり、

それから慌てて首を振る。


「い、いえ!

私はただ、やるべきことを……」


だが、声はどこか弾んでいた。


「でも……そう言ってもらえると、嬉しいです」


ダリウスは軽く笑い、今度こそ前を向く。


「帰ったら、ちゃんと報告書に書くよ。

“解剖担当・セリナの判断が決定的だった”って」


「やめてください! 恥ずかしいです!」


そのやり取りを最後に、

ダリウスは走り出す。


炎の戦場へ。

仲間に“鍵”を渡すために。


セリナはその背中を見送りながら、

胸の奥に、確かな手応えを感じていた。


――自分は、ここにいていいんだ。

読んでいただき、ありがとうございました!

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