婚礼にて一幕閉め また一幕開ける(7)
「おおしゃまー!」
群衆の足元をすり抜け、ポテポテとグルオフに歩み寄る子供の姿。
母親に似た『真っ黒な髪』と、父親に似た『頬の鱗』
歩き始めて間もないのか、その足取りは、ちょっとヨレヨレしている。
そんな少年を前にして、グルオフは跪きながら、少年がしっかり自分の足で来てくれるまで待つ。
周りの使用人たちも、そんな少年を微笑ましい目で見ている。
少年は何度もこの城を訪れている事もあって、グルオフの顔を見た途端、彼のもとへ駆け寄る。
おぼつかない足でも、満面の笑みで歩み寄ってくれるその光景に、思わず笑みが溢れてしまう。
ニコニコしながら傍観している使用人たちに対しても、少年は大きく手を振る。
そして、頑張って五人のもとまで歩いてきた少年は、グルオフに抱っこされる。
だが、子供の成長はあっという間。
持ち上げようとしたタイミングで、グルオフは「ヴッ!」と声を漏らす。
「いやぁー、見ないうちに随分大きくなったね。もうこんなに歩けるようになったんだ。」
「おおしゃま! 結婚おめでとー!」
「はい、ありがとう。」
「私にも抱っこさせてくれる?」
「___でもママが、「今日のヘレンちゃんは綺麗にしてるから」って・・・・・」
「気にしなくていいわよ。もう式は終わってるんだから。」
ちょっと遠慮がちな少年を抱きかかえるヘレン。
その間に、クレンとリータが、ヘレンの体についているネックレス等を外してあげる。
少年が遠慮していたのは、その高そうな装飾品の数々が原因だった。
アクセサリーがおもちゃではない事を、両親からしっかり躾けられている証拠である。
まだちょっと子供を抱えるのはぎこちないヘレンと、カラフルにメイクされている彼女の顔を見
て、思わず固まってしまう少年。
少年も今日はおめかししているのか、礼服がきつい様子で、ちょっと苦しそうにしている。
「___おおしゃま、お母さんとお父さんも、こんな事したの?」
「うん、お母さんもお父さんも、とても綺麗な姿で、愛を誓ったんだよ。」
「『愛』???」
「あははっ、アンドレア君も、好きな女の子ができれば、お父さんのようになるよ。」
グルオフは、少年『アンドレア』の頬を人差し指で突く。
皮膚に生えている鱗はまだ柔らかいのか、人間であるグルオフの指でも、簡単にムニムニできる。
「その時は、おおしゃまも一緒?」
「自分はずっとこの国にいるよ。アンドレア君は? 別の国に行ってみたい?」
「うーん・・・まだ分かんないけど、お父さんとお母さんと、この国を旅したい!
だって、話を聞いてるだけじゃ、もうつまんないんだもん! 僕も旅したい!」
「あははっ! そうね、私も陛下の話を聞いてると、また旅したくなっちゃうわー。」
ヘレンのその発言に、クレン・ラーコ・リータの三人も、ウンウン・・・と頷く。
平和になったとはいえ、彼らの記憶に残っているのは、やはり旅をしていた頃。
その頃の記憶を思い返すと、どうしても、また旅がしたくなってしまう。
立場上、もうそれは叶わないが、両親の願いは、そのまま子供に受け継がれた。
「アンドレア、ちゃんと二人に「おめでとう」は言ったのか?」
「うん、ちゃんと言えたよ! お父さん!」
「遅くなっちゃってごめんなさい! 王都に来たら、旦那と一緒に足止めくらっちゃって・・・」
ようやく群衆から解放された二人は、一緒に並んで国王のもとに歩み寄る。
そんな二人が持つものは、もう武器ではない。
かつて二人が使っていた武器は、家に丁重に飾られている。
その代わり、二人の両手には、抱えきれないくらい、沢山の花が抱えられていた。
辺鄙ではあるが、静かな場所で暮らし始めた二人は、『野菜』や『花』に囲まれて生活している。
そして子供を授かり、幸せに暮らすその姿は、普通の家族と変わらない。
だが彼らの子供は、この国で初の、『人間とモンスターのハーフ』
注目されない方がおかしいのだ。
「アンドレア、ちゃんといい子にしていたら、一緒に旅ができるから、いまはまずお勉強やお手伝い
を頑張らなくちゃね。」
母親を見つけた少年は、ヘレンのもとから離れ、今度は母に飛びつく。
母(翠)も母で、いつもよりも綺麗に着飾られている。
畑仕事が主なこともあって、いつもより綺麗に身なりを整えている母と父の姿を見ると、アンドレ
アも厳かな気持ちになってしまう。
そんなアンドレアは、まだいまいち信じられない事がある。
それは、かつて母と父が、武器を振るいながら旅をしていた話。