婚礼にて一幕閉め また一幕開ける(1)
「これより
グルオフ国王と
ヘレン・トルマリンの
婚礼の儀を始めます。」
司教の声と同時に、その場に跪く、多くの参加者。
教会の中だけではない、婚礼の儀を告げる鐘の音が国中に響くと、住民も向かって、深々と頭を下げていた。
この『シキオリノ国』の、新たな歴史の1ページを見届ける、他国の王や女王。
礼服やドレスで豪華絢爛に着飾られている彼らだが、今日の主役は彼らではない。
このシキオリノ国の国王であるグルオフと、今日正式に、彼の『妃』となる、ヘレンである。
ヘレンの纏う純白のドレスと、色とりどりの宝石が埋め込まれているネックレスやティアラ。
その装飾品の一つ一つが、この国で作られた、国王の妃にふさわしい、豪華な品々である。
婚礼の儀への参加を勧められたものの、『住民たちの健康管理』を優先した、『薬屋の店主』
彼は薬屋の前で、教会から聞こえる司教の声に耳を傾けながら、過去を思い返していた。
そう、彼がまだ、『町長だった頃』のことを。
何年という月日を重ねたが、ドロップ町は見事に再建できた。
家々は綺麗に修繕され、町長の住む屋敷も、前より小さくはなってしまったが、町で一番大切な施設として、町人から愛されている。
屋敷の主人は、彼の弟、『リータ』 町長の座も含め、ぜんぶ弟に譲ってあげたのだ。
それは、弟の成長を考えた上でもあるが、それよりも、彼自身がこの職業に『転職』した。
弟を待っている間、里で住民たちの健康管理に没頭していたのだが、その時の経験が、彼にとっ
ては『一生物』になったのだ。
そして、かつて弟が復興の為に使っていた空き家を、『薬屋』に改装。
王都でも彼の腕は認められ、彼のお店にお客が来ない日なんて無いくらい、大繁盛している。
久しぶりに王都へ来た弟のリータでさえ、兄のお店の繁盛ぶりを見て、呆然と立ち尽くした。
だが、リータの兄も、弟の顔を見たと同時に、『店主としての顔』が一気に剥がれた。
そして、リータが町から持ってきたお土産を眺めては、かつての思い出に浸る兄弟。
リータが王都に来たのは、もちろん婚礼の儀に参加する為。
彼の場合、国王と、深く長い繋がりがあるから、緊張で手に汗をかきながらも、彼の成長した姿を、しっかりと見届けてあげている。
いつの間にか、自分と同じくらいの身長になったグルオフは、もうすっかり、この国の代表者
(王)である。
ほんの少し前まで、しゃがまないと目も合わせられなかった小さな少年が、自分よりも大きく、立派になっていた。
立派になったのは姿だけではない、彼は数年の歳月で、多くの功績を残し、他国でも名前が通るほ
どの有名人となった。
そんな彼の新たな門出となれば、他国からも重鎮がお祝いに来る。
そんな式場のなか、周りの参列者よりもひと回り若い彼は、若干目立っていた。
リータの前後左右は、他国の王や妃で埋め尽くされ、一瞬『王か妃の子供』と見間違われても不思議ではない。
だからリータは、先ほどからずっと落ち着かず、瞳だけがウヨウヨと泳いでいるのだ。
まさか式に参加する人間が、ここまで豪華だとは思わなかったから。
改めて自分の場違い感が身に染みたリータだったが、グルオフやヘレンの晴れ着を見ると、そんな
気持ちは消えてしまった。
同時に感じる『歳月の長さ』は、彼の目頭をさらに熱くさせる。
復興が終わってすぐ、ドロップ町へと戻り、向こうの復興に着手していたリータ。
そんな彼にとって、久しぶりの王都は、全く違う世界だった。
王都の範囲はさらに広くなり、お店の数も、住んでいる人間やモンスターの数も倍以上に。
互いにお酒を嗜める歳になった為、二人は『夜の王都』も、堂々と楽しめるようになった。
リータの兄は『医者』という立場上、リータは『町長』の立場上、飲む量には気をつけているが。
だが、お酒を飲んでも飲まなくても、互いに話すことはいつもと変わらない。
相変わらずな生活は、王都でもドロップ町でも、何事もなく過ぎていく。
それがリータ達にとっては、『この上ない贅沢』だった。
この平穏を手に入れる為、色々な人やモンスターが、ずっとずっと頑張り続けたのだ。
復興が一通り終わってからは、各々自分たちの生活を楽しむようになり、リータもリータで、最近
は剣の代わりに『釣り竿』を持ち歩くようになった。
あの剣は、また家の額縁に戻し、剣の振るい方と釣り竿の感覚が似ている事に気づいてから、リータは毎朝釣りを嗜んでいる。
王都に来る道中ですら、池や川を見かけると、ついその水面を覗いてしまう。
王都の店に並ぶ『釣具』をゲットするのも、リータが王都に行く際に決めた目的の一つ。