一年の歳月が流れ・・・(6)
二人は子供たちに別れを告げると、再び歩き始める翠の両親。
あっという間に日が赤く染まり、反対側の空が暗くなり始めていた。
古びた街灯にあかりが灯り、中学生や高校生の帰宅する姿も見えるようになった。
道路を走るバスや、線路を走る電車のなかには、疲れの色を見せる学生や社会人が増えてきた。
そして、かつて翠が通っていた学校の制服を着た生徒が、墓参りをする為に墓地へと向かっている
姿も見えた。
まだこれからも、会社から帰宅する遺族で、今日の寺は大晦日や正月と同じくらい、人が多く訪れるだろう。
「___ねぇ、あなた。
もし、あの子が生まれ変わったら、また私たちの側まで来てくれるかしら?」
「どうだろうねぇ。生まれ変わったら、必ずしも人間になるとは限らないから・・・・・
もしかしたら、『別の世界』で生まれ変わっていたりして。」
「どっちにしても、『死後の世界』なんて、生きている私たちが分かるわけがないからね。
でも、私たちが長生きしないと、絶対翠に怒られるわよね。」
「当然だろ。もしそんな気を起こしたりしたら、化けて出てくるかもな。」
「もしそうなったら、私幽霊でも喜んじゃうかも。」
「おいおい・・・・・」
「うふふっ、冗談よ。貴方を残して、私も逝けないからね。」
「_____じゃあ長生きする為に、明日の朝からウォーキングでも始めようか。」
「あら、いいわね。」
二人で歩くその後ろで、溶け合った『一つの影』が、遠く遠く伸びる。
その小さくも、優しい二人の後ろ姿を見届けた影は、まるで煙のように消えていく。
二人きりになってしまった彼らを、悲しげな影が、静かに見守っていた。
その行く末に、多くの幸があることを祈りながら。祈ることしかできない影が。
「君たちは幸せものだよ。沢山の人に、手を合わせてもらえるんだから。
世の中には、そんな故人ばかりとは限らないからね。」
花々に囲まれた墓の列を見て、住職はポツリと呟いた。
遺族がたむけてくれた花の匂いが寺を包みこみ、電柱で一休みしているカラス達ですら、墓の列を静かに眺めていた。
住職はそんなカラス達に「君たちも空気を読んでくれるのか?」と聞く。
カラスはそんな住職の問いに、「カァーッ」と鳴くことしかできない。
それでも、住職は満足した表情で、寺の門を閉めに行った。
住職の背中を見届けたカラスが、次に向かう先は、二人と子供たちが話をしていた公園。
カラスは地面に降り立つと、翠の母が落とした涙の跡をジッと見る。
紅い空がだんだん暗くなると、子供たちは散り散りになり、それぞれの家へと向かう。
子供たちが去った公園は、また明日も彼らが来てくれる事を願って、静かに眠る。
風に揺られてフラフラと揺れていたブランコは静かに静止して、ベンチにもう子供たちの温もりは
残っていない。
地面に残る、子供たちの小さな靴の跡は、冷たい風に吹かれて、徐々に消えていく。
子供たちにとって、翠の両親との会話は、気にも留めなかった、他愛のない話だった。
それでも、心の何処かに残っている、『過去の記憶』は、翠の両親を励ます言葉を、子供たちに教え
ていた。
『過去』が、『この世界のものではなくても』