一年の歳月が流れ・・・(5)
「お、おばさん?! 大丈夫?!」
涙を流し始めた翠の母を見て、他の場所で遊んでいた子供たちも、一斉に二人のもとに駆け寄る。
そんな妻の小さな肩を、旦那が優しく包み込む。だが、旦那の手も小刻みに震えている。
世の中には、『実際に体験して見ないとわからない事』に溢れている。
ただ、それが『楽しい事・面白い事』なら良いのだが、『悲しい事・苦しい事』だった場合・・・
翠の両親も、できればこんな気持ちに、生きているうちに味わいたくなかった。
子供に先立たれてしまい、悲しみに暮れる話は、ドラマや映画でもよく題材にされている。
翠の両親だけではなく、事故に遭った遺族全員が、そんなドラマや映画の『キャスト』になってし
まったのだ。
しかし、辛い思いをして分かった事と、その代償が、あまりにも不釣り合いだった。
人は死んだら、もうそこで全てが終わる。
食べ物が胃の中に入ると、もう取り出すことができないように。
その味わった苦痛は、遺族にずっと残り続け、遺族をずっと苦しめ続ける。
もう遺族は、生きる事に疲れるくらい、色々なことを理解してしまった。
だが、分かった時点で幸せになるわけでも、徳を得た実感もない。
世の中には『分からない方がいい』という言葉があるが、遺族の気持ちがまさにそれ。
翠の両親も、こんな気持ちになるくらいなら、娘を林間学校に行かせたくなかった。
先の大事故を未然に防げたのなら、こんな思いもしなくて済んだ。
だが、二人がどれだけ後悔しても、もう娘は戻ってこない。
_____という流れを、二人は何度も何度も経験している。
だからこそ、こんな気持ちを知りたくなかった気持ちも、日に日に大きくなっていた。
そんな、『無意味だけど繰り返してしまう後悔』
そんな気持ちが、時に人を成長に導いてくれる事もあるかもしれない。
しかし、もう既に大人となった翠の両親には、悲しい気持ちしか残らない。
だからこそ、二人は子供たちに、こんなアドバイスを残す。
「___ねぇ、君たち。
今のうちに、やりたい事はやっておきなさい。おばさんみたいに、後悔しないように。」
「___うん!
だから今のうちに、『どんな事でも受け止められるような人』にならないと!」
色んな世界の人とお話しして、色んな趣味を持って・・・・・
そうすれば、生きるのが楽しくなるよ! 色んなものが見えてくるよ!」
「___そうね、おばさんも、そろそろ受け止めなくちゃね。」
一瞬涙が堪えられなかった翠の母も、子供たちの笑顔につられ、自然と笑顔になっていく。
自分では受け止めているつもりでも、いつの間にか心や記憶から離れていく、翠を失った事実。
しかし、それがまた自分のもとに戻るきっかけがある。それが『命日』
命日を迎える度に、またもう一度自覚しなければいけないのは大変だが、それが翠にできる弔い。
改めて気を強く保とうとするものの、震えの止まらない翠の母。
そんな妻の背中を、優しくさする翠の父。
「だからね、おじさん。おじさんも、色んな人と仲良くならなくちゃダメだよ。」
「___どうしてかな?」
「なんかね、そうしないとね『後から後悔する』気がするんだ。」
「_____そうだね。
まだおじさん達も、色んな人と仲良くできるかな?」
「できる! 絶対できる!
だってまだまだ、おじさんもおばさんも生きられるんだから!」
まだ小さな子供にしては、大人びた答えに、翠の父は返す言葉が浮かばなかった。
だが、言っている事はごもっともだ。
どう頑張っても埋められない、二人の心の穴。それを子供たちは見透かしていた様子。
こうゆう時の子供とは、恐ろしいものである。
翠の両親は、彼らを見ていると、どうしても翠を思い出してしまう。
彼らにも未来があったように、翠にもまだ未来があったかもしれない。
しかし、それをどんなに後悔しても、もう翠はいない。
一緒に笑い合うことも、一緒に喧嘩することも、一緒にゲームをすることだってできない。
二人が、この一年で何度後悔したのか分からない。
だから余計に、子供たちの言葉が、穴の空いた心に、深く突き刺さるのだ。
しかし、その言葉で、胸が苦しくなる事はなかった。何故か嬉しくなる気持ちもあるのだ。
まるで、翠に諭されているような、そんな気持ちになる。
勿論、子供たちは翠を知らない・・・・・『筈』
だが、『戻らない過去に対する悔いの気持ち』が、彼らには理解できている様子だった。
「だからね、おじさんもおばさんも、ちゃんと生きてね。
まだまだ遊んで、まだまだ楽しく過ごしてね。」
「_____そうね。
ありがとう、こんなおばさんたちの話に付きあってくれて。」
「君たちも、これからの人生を楽しんでほしい。
亡くなった私たちの娘よりも長生きして、もっと人生を楽しんでほしい。
遊んで、勉強して・・・ね。」
翠の父は、子供たちの頭を、一人ずつ撫でてあげる。
元気になった2人の様子を見て、子供たちは安堵した様子。
顔に出ないようにしていたが、二人の顔色は、ついさっきまで青くなっていた。
一周忌を終え、ひと段落ついた為、今まで抱えこんでいた色々な感情が込み上げていたのだ。
しかし、子供たちに悩みを打ち明け、自分の得た教訓を話したことで、気持ちに整理がついた。
そして、二人が次に目指すのは、『後悔しない生き方』