一年の歳月が流れ・・・(3)
お坊さんがお経を読み終わると、参列した人々は深々と頭を下げる。
そして墓前に向かって、もう一度手を合わせる参列者。
線香の匂いが漂う墓場の遠くで、小学生たちの下校する声が聞こえる。
下校する子供たちも、墓地の物々しい雰囲気を察してか、お喋りするトーンを小さくする。
一連の流れが終わるとさっさと帰ってしまうメディアもいれば、遺族に話を聞くため、お寺の外で
スタンバイしているメディアもいる。
翠の両親は、そのスタンバイしているメディアを避けるため、『裏門』から出ていく。
翠の両親は他の遺族とは少し違い、互いにずっとこの土地で生まれ育ち、ずっとこの土地で生活し
ている。
一度は県外に進学や就職をしても、やっぱり地元の心地良さが忘れられなかったのだ。
だから、地元の人にしか分からない道や店もよく知っている。
お寺の住職とも、昔からの知人。
住職は、二人が静かに家まで帰れるように、ひっそりとその場から抜け出し、裏門まで見送る。
住職が念の為に、地元の人しか知らない裏門を確認するが、いつも通り、誰もいない。
裏門の向こうは道幅が狭く、軽自動車一台も通れない。人が通るのがやっとの道。
これこそまさに『裏路地』である。
翠の両親は、住職に改めて深々と頭を下げる。
以前よりもだいぶ顔色が良くなっている二人に、住職も安心した様子。
「またお願いしますね。」
「えぇ、お二人もお体に気をつけて。」
住職と別れた二人は、ゆっくりと帰路についた。
大通りを抜け、商店街と公園を抜けた住宅街へ向かう。
徒歩だと20分はかかる距離だが、車を使うような距離でもない為、翠のお墓に手を合わせる時に
は、いつも歩いて行き帰りしている。
行きには道中にある花屋で、墓に備える花を買う為、いつの間にか花屋の常連になった。
「あら、もう小学生が公園で遊んでるわ。」
「そうだな。
___それにしても、公園での遊び方にも、色々と違いが見て取れるものだな。」
公園には、何十人もの子供が遊んでいる。
ランドセルや塾カバンをベンチに放り投げて遊んでいる子供もいれば、お菓子を持ちあって食べている子供もいる。
遊具はもう既に、子供たちでいっぱいいっぱい。
何もない場所では『鬼ごっこ』や『地面お絵描き』を楽しんでいる。
子供にとって、公園そのものが、『一つの遊具』
大人の目からすれば『単なる空き地』でも、子供にとっては『絶好の遊びスポット』
公園で遊べなくなったら、近くにある『空き地』で遊ぶ。
雨や風がひどくなれば、近くにある『無人駅の跨線橋』で遊ぶ。
無人駅なら、定期券などがなくても、駅の中へ入ることができる。
広くまっすぐな跨線橋の通路や階段も、子供たちにとっては絶好の遊び場。
翠はどちらかというと、外で遊ぶことはなかった。外に出たとしても、ゲーム機も一緒に。
だが、彼女の両親は、決して娘の趣味や遊びに口を出さなかった。
むしろ、翠と一緒にゲームをする家族の時間を大切にしていたのだ。
彼女は学校で特に問題を起こすような子でもなければ、宿題もきちんとやる子だった。
翠は、優しかった。亡くなる直前まで。 ___いや、『転生後』も。
彼女は、自分がクラスメイトから蔑まれ、揶揄われている事を、家で一言も言わなかった。
何故なら、自分が好きなものがきっかけで揶揄われている事が許せなかった。
だからこそ、そんなクラスメイトの事を、家にまで持ち込みたくなかった。
家は家、学校は学校。
クラスメイトに揶揄われたとしても、家で一緒にゲームで遊んでくれる両親がいる。
むしろ、『ゲーム好き』というだけで揶揄われている事を、相談する気にもなれなかった。
相談したら、むしろ負けたような気持ちだったのだ。
クラスメイト達がそこまで深い考えもなく、ただ単に、なんとなく翠を蔑んでいる事を、翠は既に
知っていた。
そんな相手に本気になる方が、むしろ馬鹿らしい。
『なんとなくモンスターを蔑んでいた』転生世界の住民も、その環境が変われば、考え方をコロッ
と変える。
だが、『なんとなく翠を蔑んでいた』クラスメイトは、環境が変わっても、考え方を変えなかった。
もしかしたら、何らかのきっかけがあれば、遅かれ早かれ、クラスメイトの意識も変わっていたの
かもしれない。
だが、そんなきっかけが無かっただけで、その後の人生(転生先の人生)は哀れなものになってしまったのだ。