一年の歳月が流れ・・・(1)
「___あなた、まだ実感は湧かない?」
「あぁ、そうだな。
時々、あの子がプレイしていたゲームのセーブデータが、勝手に進んでいるんじゃないか・・・っ
て、何度も何度も思ってる。」
「そうね、私もスマホの『育成ゲーム』で遊ぶ時、どうしても『ミドリ』って名前にしたいのよ。」
「俺も、最近やってる『RPGゲーム』に登場する『白魔法使い』の名前も、『ミドリ』にしたんだ。
本当、無意識にさ。
___でもなんか不思議なんだ。
何故か『攻撃力』の伸び具合が、他のスキルよりも速いんだ。
白魔法使いなのに、何故か前線に出ても圧勝できるくらい強くなって・・・・・」
「ふーん、それは不思議ね。」
関係ない会話をしながら、墓前で心を落ち着かせている一組の夫婦。
お墓の前でも、家にある仏壇の前でも、二人は毎日のように語りかけている。
他愛のない話から、ちょっと心配になった事、季節の話や、住んでいる町の話。
そんな生活が続き、一年が経過したが、やはりまだ、二人は話し足りないのだ。
その墓は、『一年前に亡くなった娘の墓』
家にある仏壇には、『娘の遺影』が飾られている。
仏壇は、毎日毎日掃除を欠かさず、ジュースやお菓子などのお供えも、毎日変えている。
遺影のなか、ちょっと不器用な笑顔を見せている娘は、両親の問いかけに答えない。
何日経っても、何ヶ月経っても、一年経っても・・・・・
それでも、語らずにはいられない。それが3人の家族を結ぶ、大切な時間なのだから。
そして、彼女の眠る墓の隣には、同じく墓が、幾つも並んでいる。
この墓の列は、『林間学校行きバス 転落事故』で亡くなったクラスメイト38名と、そのバスに一緒に乗っていた『教師』『バスの運転手』の墓。
総勢41名の墓がが建っている。
そしてこの日は、事故が起きて41名が亡くなってから、ちょうど『一周忌』である。
娘・息子を失った両親の他にも、家族を失った兄弟姉妹や、卒業した先輩や在校生も、一緒に花を
たむけていた。
墓地の場所も、遺族で話し合った結果、学校の一番近い墓地に。
生きていたら、もう彼女たちは『高校三年生』になっていた。
そして、いつも通りの平穏な日常のなか、『進学』や『就職』に頭を悩ませ、自分の未来を頑張って切り開いていた筈。
「もう一年なんて、早いものね。生きていたら、もう三年生だったのに・・・・・」
「でも、何年経っても、何十年経っても、慣れることはないだろうな。
『娘のいない生活』には。」
「そうね、それは言えてるわ。」
手を合わせる遺族の背後には、カメラのシャッターを切るのに夢中なメディアの姿がある。
彼らも一応、たむける花を持ってきてはいるのだが、本当に『亡くなった若人たちを弔う気持ち』があるのかは怪しい。
当時この事件は大々的にニュースになり、バス会社もメディアからの追及に頭を抱えていた。
原因はバスの進行を妨げた、バイクの3人なのだが、彼らは牢に入ってしまえば、メディアからのしつこい追求はされない。
翠の両親もだが、捕まった3人に対して、まだ憤りを感じている人は少なくない。
愛する家族の命を奪ったにも関わらず、彼らは牢屋の中で、のうのうと生きている。
彼らも彼らで、本当に『罪の意識』があるのかは怪しい。
しかし、そんな事をあれこれ考えていても、愛する家族や知人を失ってしまった事に変わりはない。
遺族の悲しみや苦しみを取材するメディアの魂胆は、果たして『金儲け』なのか、それとも 『同
情』なのか・・・
そんなの、遺族にとってはどうでもいい事。
遺族にとって大切なこの日くらいは、余計な事を考えず、しっかりと手を合わせたいのだ。
後ろにメディアがいても、もはや眼中にない。
一方のメディア側は、一周忌が終わった遺族を取材する為、マイクの調整を行なっている。
一周忌は滞りなく行われたが、遺族にとって大変なのは、その後である。
もう散々、同じような言葉をメディアに語っても、それでもまだ聞き足りないのか、性懲りもなく
取材に来るメディア。
翠の両親も、一時はメディアからの追及により、家からなかなか出られない日が続いた。
別に遺族がが悪いことをしたわけでもないのに、ヅカヅカと『不謹慎な質問』を投げつけてくる記
者もいる始末。
だが、メディアはまだマシな方である。
『直接話を聞きに来ない 自分たちの憶測だけで 面白半分で事を大きくする人々』
の方が、一番厄介なのだ。
悪質な『ネットの民』からは、根も葉もない噂の種が撒かれたり、遺族の個人情報を勝手に漏出す
るユーザーもいた。
今はそうゆう、『ネット上だけの暴れん坊』を逮捕できる法律がだいぶ定まってはきているものの、それでもそうゆう人たちが、後を絶たない。
一年も経てば、メディアもネットユーザーも離れ、ようやく静かな環境で、心の整理ができるよう
になった遺族。
だが、一周忌をきっかけに、徐々に離れつつあったメディア達が戻ってきたのだ。
既に『まとめサイト』では、「この事件を忘れない為に」という『大義名分』のもと、当時の遺族
の写真が、『晒しもの』のように張り出されている。
ネットには『グレーゾーン』を見つける輩が多いため、自分たちが無視するしか方法がないのだ。
悲しむ自分たちにカメラを向けるメディアを、『いない存在』として意識するのも、もう慣れてし
まった遺族たち。
メディアにとっては『仕事の一環』『記事のネタ』程度なのだが、遺族にとって、今日は大切な日。