200・それぞれの役目を生かす
翠も回復魔法は使えるのだが、彼女は瓦礫の山から人々を救い出すのに尽力していた。
真・覚者ではあるが、女性である翠が、屋根を持ち上げる光景は、男性でも唖然とするしかない。
普通なら『重機』が必要なくらいの瓦礫も、翠は涼しい顔をして持ち上げられる。
彼女が瓦礫のなかから救い出した住民の数は、10人を軽く超える。
その他にも、彼女は待っている家族のもとまで、子供やお年寄りを案内していた。
足が使えない人は背負い、荷物も瓦礫を持ち上げるほどの力であれば、タンスも軽々と持てる。
彼女の直向きに頑張る様子を見ていると、周りも頑張る気持ちが湧いてくる。
瓦礫の山を前にしても、王都の住民が復興に挑めたのは、彼女の頑張りにあった。
かつての翠にとって、『自然災害』はほぼ身近な存在だった。
翠が住んでいた地方でも、『大雨』に見舞われた際には頭を抱えた。
まだ翠が小学生だった頃、突如発生した豪雨をもたらす『真っ黒なバケツ(雲)』は、一気に街を
大雨で覆った。
登校直前に連絡網が来て、学校に行かなくていい喜びと、降り続ける大雨による不安で、その日は一日中、家族全員がヒヤヒヤしていた。
雨で道路が水没して、川は氾濫直前。
翠は必要な荷物をランドセルに詰め、『公民館』に避難した。
幸い、その大雨で甚大な被害は出なかったものの、上流の方で流された『廃材』が、家の近くを流
れる川に流れ着いた。
その時は、地元のニュース記者も来ていたのだが、翠たち家族もその光景を目にして、息をのんだ。
廃材自体は、トラックでギリギリ積めるくらいの量なのだが、近年相次ぐ災害では、それとは比に
ならないくらい色々な物が押し寄せる。
そんな『木や物の山』が押し寄せてくれば、家なんて一気に滅茶苦茶になる。
人の命も、簡単に押し流され、飲み込まれてしまう。
その上、大雨ともなれば、『地盤』も心配になる。
ニュースを見れば、県内県外問わず、様々な災害があちこちで起こっている。
そして、その復興に携わる『ボランティア』は、老若男女問わず、とてもありがたい。
災害を受けて、心細い思いをしている被災者にとっては、まさに『神様』のような存在。
翠も『ボランティアの一環』として、店の募金箱には、何円でもいいから入れるようにしている。
ボランティアに行きたい気持ちは山々だが、現実問題、行きたくても行けない人が多いだろう。
だが彼女は本心、『学校』に行くよりも『ボランティア』に行きたかった。
『クラスメイトのストレス発散』に使われるより、『瓦礫や荷物撤去』に使われる方がよっぽどマシだったから。
そんな翠の思いは、転生先の世界で発揮された。
彼女はとにかくがむしゃらに動き、運べる物は運び、手伝いになれる事はなんでもやった。
まだ混乱状態にあった翠の脳内は、復興を手伝っているうちに、色々と頭のなかを整理できた。
それに、体が動いていれば、頭が余計な不安や心配をしない。
彼女は山積みになった瓦礫の山を見ても、躊躇なく捜索にあたった。
普通そんな光景を見たら、「どかすのが面倒だな・・・」とか、「もし崩れたらどうしよう・・・」
という感情の方が優って、なかなか着手できないもの。
しかし、翠にとっては『人命救助に躊躇は必要ない』という考えの持ち主。
ヅカヅカと瓦礫の山をかき分ける事もあれば、瓦礫の隙間に入り込んで怪我をする事も。
その時は決まって、リータに怒られていた。いつも軽傷ばかりなのだが。
そんな彼女の、勇敢な行動(無茶な行動)によって、救われた命も沢山ある。
また、人命救助がある程度済んだ後は、瓦礫の山を崩して処理する作業。
人命救助だけでも大変だが、瓦礫の撤去の方が一番大変。
しかも、瓦礫の撤去に入ったのが、ちょうど夏真っ盛り。
涼しくなるまで放置する案もあったのだが、そのままでは色々と問題が起きそうで、兵士もいつも
身につけている鎧を外し、汗をかきながら撤去作業を進めた。
撤去は男手に任せ、翠たち女は、瓦礫のなかから、個人の大切な物を探す作業に専念していた。
『復興班』のリーダーは翠とザクロだが、リータは『治療班』のリーダーとなったのだ。
怪我をした人々の容体を確かめながら、魔法と薬を併用して、より素早く正確に治療できるように専念していた。
そんなリータの努力の甲斐あって、怪我を負った人々が回復するのが早かった為、復興のスピード
も早かった。
そしていつの間にか、使われていない空き家の一室が、リータの作った薬を販売・提供する『薬屋』になった。