193・代わりに手にしたもの
(あ、ザクロいたいた
_____け・・・ど・・・・・???)
中庭を覗いてみると、ザクロがいた。
だが翠は、彼が一生懸命『振り下ろしている物』に目が向く。
それは、かなり古い『鍬』
ザクロは鍬を振り下ろして、朝っぱらから地面を整えていた。
腕力のあるザクロは、重そうな鍬を涼しい顔でブンブンと振り下ろしている。
翠が起きる数分前から、もう既に庭の手入れをしていたのか、ザクロの周囲の地面は、とても綺麗に
なっていた。
まだ日が昇ってから、それほど時間が経っていない王都からは、あちこちで仕事の支度をする音が
聞こえる。
犬や猫の鳴き声は、ご飯の催促であろう。
何処からかやってきた鳥たちは、ザクロが掘り起こした地面で蠢く虫(朝ご飯)を啄んでいる。
すぐ真横で、ザクロが鍬を振り下ろしているにも関わらず、鳥たちは食事に夢中。
よっぽどその地面にいた虫が美味しいのか、ザクロが襲ってくる心配はしていないのか。
その光景は、とてもファンシーで、とてもほのぼのとしている。
翠は壁からひょっこりと首を曲げて、その様子を見ていた。
だがしばらくして、翠は気づいた。改めて考えると、『かなり大きな変化』だった。
しかし、最近は忙し過ぎて、そんなの気にする余裕もなかったのだ。
変化というのは、翠たちがここ数週間、武器を一切手に持たなくなった事。
あの大騒動で、王都の『内部』は破壊されたものの、王都を守る『外壁』に、一切損傷はない。
だから、当然この王都に、野良のモンスターが侵入して来ることは一切ない。
つまり、ザクロや翠の仕事が、めっきり無くなってしまった・・・と言っても過言ではない。
もちろん、戦うこと以外にも、役立てることは沢山ある。
だが、彼女たちの人生の半分は、『戦いの記憶』でもあった。良い意味でも、悪い意味でも。
何事もない、平和な生活が一番なのだが、人生を構築するための『材料(戦い)』がなくなってし
まうと、どうしても物悲しくなってしまう。
危険と隣り合わせなのに変わりはないが、『自分たちにとっての日常』が消えてしまうと、心のポッカリ穴が空いてしまうのだ。
実際、彼女が最後に杖を手にしていたのは、今から数週間も前、あの巨大なハエを退治した時。
それからは、破壊された家々の復興に専念していた事もあって、彼女の杖は、部屋の隅に立てかけられたまま。
何の用もなしに武器を持ち歩くのは、大勢の人が住んでいる王都では、あまりよろしくない。
常に危険と隣りあわせな里に住んでいたザクロも、すっかり王都での生活に慣れて、武器を常時持ち歩いていた頃の記憶が、懐かしく思えていた。
王都に来て、やはり一番変化が大きかったのは、ザクロである。
昔は人間である翠を見かけただけで槍を向けていたのだが、今は王都の住民と話すのも、だいぶスムーズになった。
だが、まだ子供は若干苦手な様子。ヅカヅカと歩み寄られるのが、まだ怖い様子のザクロ。
そうゆうところも、ザクロの良い(可愛い)ところである。
だからこそ、子供たちは彼にちょっかいをかけたくなってしまう。
タジタジになっては翠に助けを求める流れも、もはや定番になってしまった。
しかし、武器を持たない生活が、まだどうもしっくりこないザクロ。
そんな彼が手にしたもの、それが鍬だった。
確かに鍬なら、王都だけではなく、城で持ち歩いても何の違和感もない。
その鍬は、『庭師』の道具が保管されている小屋から借りてきたものである。
それに、まだ城の内部は、なかなか手がつけられず、荒れている箇所が幾つもある。
特に中庭は、まだ瓦礫の山が残っている。集めるのも大変だが、処理するのも大変なのだ。
ある程度綺麗にした地面からも、尖った瓦礫が見つかって危ない状況。
転んで膝をついただけで、尖った瓦礫が刺さりそう。
だから、少しずつそれらを取り払う必要があり、かなり気の遠くなる作業である。
年内に終わるのかも怪しいくらい。
しかし、ザクロにはその作業が面白い様子で、翠が近くまで来ても、全然気づかないくらい作業に
集中している。
試しに翠が、彼の肩を軽く叩いてみると、彼はびっくりした髪の毛を逆立てた。
「み、ミドリか・・・・・」
「まだまだこっちは片付けが終わりそうにないね。まぁ、人が住む王都側の方が優先だけど。」
「でもこっちも、そろそろ手をつけないと・・・・・」
ザクロのポッケには、既に尖った瓦礫の破片がいくつも入っている。
彼女が来る前から、かなり収穫していた様子。
ザクロの目の良さは、こんなところでも役に立つのだ。