185・『被害者』同士でも 分かり合えない
「_____ウゥ
ウゥゥゥゥゥウウウ・・・・・」
皆がそれぞれ、全身をチェックして、怪我をしている箇所がないか調べている最中。
翠は1人、腹部に詰め込まれていたクラスメイトのもとへ歩み寄る。
狭い袋から解放されたクラスメイトだったが、やはり彼らも、既に手遅れな様子。
大半のクラスメイトは、もう息がないのだが、まだ数人だけ、光の消えた真っ黒な目で翠を見る。
その目に映っている翠が、もう彼らの知っている翠ではない事は、朦朧とした意識でもわかる。
いつも暗く、何を言われても、馬鹿にされても、ただ溜まっているだけも翠ではない。
あんな巨大な化け物を相手にしても、恐怖せず真っ向から立ち向かえる、勇敢な翠。
今までの彼女が、寡黙な自分を偽っていたのか、それとも、この世界に来て変わったのか。
それはクラスメイトでも、翠でも分からない。
だが、結果的に生き残ったのは、この世界に順応するために変化した翠、ただ1人。
・・・いや、変化したのは翠だけではない。クラスメイトも、『ある意味』変わってしまった。
以前のクラスメイト達の面影はあるものの、残っている『厚い化粧』や『豪華な衣服』は、明らかに違和感がある。
まるで、『大人になろうと背伸びをする子供』のような風貌になってしまったクラスメイト達。
彼らの変わり果てた姿に、翠も一瞬だけ言葉を失った。
王子に唆されていたとはいえ、この変貌は、あまりにも異質。
もう『学生』であった事すら忘れかけていた彼らの末路は、ちょっと『子供っぽい』
誰か1人でも、王子からの誘惑に流されていなければ、その誘惑に疑問を持っていたら、変わった
のかもしれない。
だが、38名全員が王子に流され、『生贄』になってしまったのだ。
旧世界の翠は、クラスメイトを恐れていた。
少しでも彼らの目に入らぬように、耳に入らないように、学校では隠れるように過ごしていた。
それでも、クラスメイトは彼女を逃さない。そして、ひとしきり満足するまで蔑む。
ここまでくると、『好意』にすら受け取れてしまう。
そんな生活をしていては、旧世界に縛られていては、今の翠はなかった。
だが、この世界に来て変われた事が、『良い事ばかりではない』事も、クラスメイトから教わった。
クラスメイトも王子の被害者ではあるが、変わり果ててしまったクラスメイトの姿は、翠も幻滅。
細くてスレンダーだったカースト上位の女子は、翠の倍以上に、縦も横も大きくなっている。
いつも真面目で勤勉だった学級委員長も、ケバケバしい化粧の跡が残っている。
『贅沢』と『欲』に染まった彼らの末路は、偽・王家と似ているかもしれない。
互いに、あまり深くは考えず、とにかく『自分の欲』を優先した結果、結果的に全てを失った。
クラスメイト達は、変化した様で、変化しなかったのだ。
『学校』という『鳥カゴ』から解放された鳥達は、『一羽を除いて』、あの安全で平和な日常から離れる事なんて、できなかった。
『ペットが野生に戻ることはできない』
それは、人間でも同じだった。
元々翠は、旧世界時代の待遇に不満を抱えていた為、大きな変化はむしろ大歓迎だった。
危険なことも多々あったが、ずっと学校で隠れてばかりの生活と比べたら、転生した環境の方が、彼女にとっては居心地が良かった。
クラスメイトから虐げられていた過去から、彼女は逃げることを恐れた、隠れることを恐れた。
そんな生活をしていても、辛い日常は変わらない。変わる筈もなかった。
だから、旧世界の『価値観』も『常識』も、割とすぐに切り替えることができた。
しかし、旧世界の暮らしに十分満足して・・・・・
『依存』していた彼らにとって、別世界への転生には対応できなかった。
その結果、彼らは王子に騙され、モルモットにされた挙句、こんな無様なかたちで最期を遂げた。
バスと共に崖から落ちる結末と、果たしてどちらがいいのか。
どちらにしても、彼らはこの世界に上手く馴染めず、失敗してしまった。
そして、旧世界時代の常識をずっとずっと大切にしていたせいで、騙されてしまったのだ。