183・『王子』という名の『孤独』
彼は、安易に助けを求められなかった。
『自分の両親が間違っている』なんて、周囲に相談できる筈もない。
何故なら彼の周囲も、両親と同じく、汚い思想に染まっているから。
彼は『城』という名の『世界』で、天涯孤独だったのだ。
だから彼は、1人で悩みや葛藤を募らせ、無意識に自らを追い詰めていた。
そんな彼の心境に、周囲は気づけず。・・・いや、気に留めることすらしなかった。
恐らく彼の周囲にいる大人は、(成長すれば分かってくる)と思っていたのだ。
周囲も、そうして大人になっていたから。自分の人生を疑う人間なんていない。
その結果、彼は取り返しのつかないところにまで来てしまった。
一体どこから彼が間違えていたのかは、本人にも分からないだろう。
何故なら彼の周囲が、既に間違った方向を(正しい道)と思い込んでいた。
そう自分に言い聞かせて、一族は歴史を紡いできた。
『価値観・認知の違い』なんて簡単な話ではない。
だからこそ周囲は、悩む彼を放っておく事しかできなかった。
それくらいしか『対処法』がなかった。
だが結果的に、それが彼の暴走を悪化させていた。
彼を歪ませてしまった両親や周囲は、自分達の所業を、ずっと誤魔化し続けて生きていた。
それくらいしか『対処法』がない。見て見ぬふりは、彼らの専売特許。
だが、血のつながっている間柄だとしても、王と息子は違う。
彼は見て見ぬフリができなかった、責任感があった、王子であることに誇りを感じていた。
周囲の人間が、自分達の地位を鼻にかけ、贅沢三昧な生活をしているなか、彼は彼なりに頑張ろう
としていた。
しかし、自分と周囲のギャップが、余計に彼を苦しめていた。
それぞれが違う思想を持ち、それぞれの価値観が違っても不思議ではない。
両親や、彼の祖先が平然と行っていた非道でも、彼にとっては異常。いや、それが普通である。
彼も両親か、彼の周囲の誰か1人が、同じく自分たちの間違いに気づいていたら、もしかしたら、
また違っていたのかも知れない。
これほどの一大事になるのを、止められたかもしれない。
彼は彼なりに、自分たちの穢れた歴史を、どうにかしようとしていた。
それが拗れた結果が、この様なのは、あまりにも酷い。
彼も酷いが、彼をここまで歪ませた周囲の方が更に酷い。
何故どの世界でも、『頑張っている人の方が苦労するのか・苦しむのか』
それは、頑張らない方が楽だから、そんな目に遭わずに済むから。
でも、頑張らないと後々自分たちが苦しむことになる。
どちらの道を歩むかは、個人の自由であるが、それでも世界が不条理に思えてしまう。
彼は自分を取り囲む環境に、ずっとずっと悩み、ずっとずっと頑張り続けた。
だが結果は、あまりにも残酷な形になってしまったのだ。
頑張っていた彼には、あまりにも哀れな最後である。
第三者の翠も、同情できる部分はある、だが彼はもう、野放しにはできないくらい歪んでしまった。
「___大丈夫、すぐ済むから。
__________もし、貴方が生まれ変わる事ができるのなら
せめて『普通の家族』と一緒に、穏やかで平穏な日々を・・・・・」
翠は彼に願いを込め、杖を振り下ろす。
まるでゼリーを切るように、スッパリ真っ二つになった王子の胴体からは、紅い血が溢れ出る。
だがその顔は、笑っていた。全てから解放された彼の顔は、曇りなき笑顔だった。
そして、彼を覆っていたハエの体が、王子の絶命と同時にだんだん割れ始め、粉々になっていく。
まるで、朽ちてボロボロになったビルが、経年劣化で崩れていく様。
ハエの残骸が、破壊された王都に降り注ぎ、崩れ落ちた残骸によって、また王都の家々が壊れる。
黒い粒子が風に舞い、自然と消えていく光景は、綺麗でもあった。
彼の散り様は、翠たちだけではなく、王都の住民ほぼ全員が見届けてあげる。
まだこのハエの正体が王子である事に気づいている人は少ないものの、その散り様には、色々と考
えさせられるものがあった。
不思議と哀れみを感じ、不思議と惹きつけられる。
ハエの体内にいる翠も、息絶えた王子の亡骸の『半分』から、彼の背負ってきた『苦しみ』や『悲
しみ』を感じていた。
上半身だけでも、どうにか『人の形』は維持できていたのが、不幸中の幸いである。
もう冷たくなってしまった王子の体は、とても軽い。
一族の歴史から解放され、自由になった王子の体は、風に飛んでいきそうなくらい、とても軽い。
そんな彼の亡骸を抱きしめる翠の後ろで、ザクロも崩れかけているハエの内部に入る。
いつまで経っても出てこない彼女を心配したのだ。
「ミドリ!! 危ないから早く出てくるんだ!!」
「_____うん。」
ザクロは王子の亡骸に、自分の上着をかけて、2人はハエの中から脱出する。
その頃には、ハエの内部も崩壊が始まり、残骸が王都の町になだれ込んでくる。
2人がハエの内部から出ると、クレン・ラーコ・リータの3人が外で待っていてくれた。
そして、翠の抱えている亡骸を見て、『勝利』を確信した。
ようやく、これまでの努力が報われる。これで、王都をコソコソと歩く必要はなくなる。
だが、翠の表情を見て、3人も拭いきれない気持ちを感じる。
5人が手にした勝利は確かに大きいものだったが、大はしゃぎする気にもなれない。
勝利のために犠牲になってしまった人の命を考えると、割に合うようで、合わない気がする。