182・一斉に攻め込む
「_____ミドリ、一瞬でもいい、奴の羽を止めることはできないか?」
そう言うザクロの口からは、真っ赤な炎が漏れていた。
彼の様子だけで、作戦の内容が大方把握できた翠は、まだ少し痛む手を布で巻き、強風に抗って前進する。
翠は、小学生時代、台風の風に抗いながらも学校に行った時のことを思い出していた。
(もういっそのこと休みたいー!)と思う反面、(もっと強風を全身で体感したい!)と思う気持ちがバチバチとぶつかり合いながら歩いた道。
その時の経験が生きたのか、翠はあちこちの柱や壁を盾にしながら、着実にハエのもとへ近づく。
異常事態になれば、もう『己の限界』や『常識』なんて、どうでもよくなってしまう。
風が強すぎて息ができない状況にも関わらず、彼女はひたすら前へ進み続ける。
そのとんでもない根性に、後ろで見ていたザクロも、つい
「いや、提案したのは俺だけどさ・・・」
と、独り言を溢した。
一方、翠とラーコに深傷を負わされたハエは、もう痛みで半狂乱になっていた。
主であるハエが苦しんでいると、腹の中にいるクラスメイト達の顔も、苦痛で歪む。
恨めしい顔で翠を見ているが、翠は気にせず強風に抗う。
そして、ようやく杖が届くところまで歩いてきた翠は、脚の『関節部分』に、杖を薙ぎ払った。
すると、脚は体液を噴出しながら一刀両断される。
脚を切られた痛みで、羽の動きは遅くなっていき、風も弱くなっていく。
ハエは、いつの間にか足元まで近づいて来ていた翠に向かって、筒状の口を近づける。
その間、ザクロは屋根に登る。
屋根の上には、次に射る矢を用意していたラーコと、ぺちゃんこになってしまったスライムを撫でているクレンがいた。
「___クレン、確かお前、『火を吹く犬』も持ってたよな。」
「あぁ、『ヘルハウンド』の事ですか。」
「じゃあ、今すぐそいつを召喚してくれないか?
あのハエの羽が、完全に止まったタイミングで・・・!!!」
クレンはハエの様子を確認しながら、ヘルハウンドを召喚。
ヘルハウンドは、言葉を交わさなくてもザクロの意図が分かっている様子で、羽の動きが完全に止まったタイミングで、その羽に向かって跳び上がる。
そして、ちょうど真下に羽がきたと同時に、口から炎を吐くザクロとヘルハウンド。
するとハエの羽は、瞬く間にメラメラと燃え上がり、溶けていく。
羽に痛覚はないのか、ハエは燃えている炎に全く気づかないまま、翠に向かっていく。
そこに追撃を加えたのは、ラーコだった。
ラーコは風が止んだタイミングで、ハエの『目』に照準を合わせ、ザクロとヘルハウンドが火を吹き
終わったのと同時に放った。
放った矢が目に直撃したと同時に、『バリン!!!』という音と同時に、ハエの目が『割れる』
まるで『ステンドグラス』のように、粉々になったハエの片目。
これにはハエも驚き、横に倒れる。
だが、あまり痛みを感じていないのか、悲鳴はまったく出さなかった。
違和感を感じた翠は、再びハエの上に登り、割れた目の部分を見てみる事に。
『見たくない気持ち』も当然あった。だが、規格外にしては、あまりにも度が過ぎている。
だから、余計に好奇心が抑えられない。
翠は自分で自分を、(ヤバい性格だな・・・)と思ってしまった。
だが、翠のその好奇心は、ある意味『大当たり』だった。
割れた目の奥には、『1人の男』が埋まっている。
半裸の状態で、目はギラギラと見開き、口からは涎が出ている。
そして、翠はその男性を見て、ようやく確証を得られた。
一回、この王都へ来たとき、翠にやたら絡んでいた、王族風の男性。
彼こそ、この国の王子だった。
「___まさか、国の王となる人間でさえ、覚醒者に憧れていた・・・なんて。
その理由が聞いてみたいところだけど、もう無理みたいね。」
「ウゥウゥゥ・・・・・ウアァァァァァ・・・・・」
焦点の合わない目で、翠を見つめる王子。彼はまだ、恍惚の笑みを浮かべている。
こんな姿になってでも、覚醒者になりたかったのか、覚醒者になれて、そんなに嬉しいのか。
それを確かめる術は、もうどこにもない。だが、彼の表情を見る限り、満足している様子。
だが現実は、彼の思っているより、もっと悲惨である。
化け物の姿になった彼に、民は恐れ慄き、彼を敬う者も、従う者もいない。
力は確かに手に入れたが、その力は、国を滅ぼしかねないものになってしまった。
彼が、もう少し踏みとどまっていたのなら、この国の王となる未来もあったのかもしれない。
それは、彼が自ら望んではいなかったのか、それともそんな未来に争いたかったのか。
どちらにしても、彼が満足している間にトドメを刺すことにした翠。
彼女は躊躇なく、王子に向かって杖を振り上げた。
だがその直前、王子はポツリと呟いた。
「コレで・・・・・俺達の『汚れた歴史』が終わる・・・・・」
その言葉に、翠は一瞬振り下ろすのを躊躇した。
そこでようやく、彼の本心が、ほんの少しだけ翠にも見えたのだ。