180・嬉しい ウレシイ うれしい
「ねェ、ねェ。凄いデショ?! 僕、『覚醒者』ニなったンダよ!!!
君ト同じになッタンダ!!! カッコイイでしょ?!!
僕は今、トッテも幸せダヨ!!! ヤット夢が叶っタンダ!!!」
彼が本気でそう思っているのか、あまりにも変わりすぎた体に、頭がついてこないのか。
一体どちらなのか、翠は考えたくなかった。今翠は彼を、『憐れみの目』で見ていた。
覚醒者に憧れるのは、この世界では至って普通である。
だが、この異様な姿は、果たして覚醒者と呼べるのか。普通は呼べない。
彼にとって、『人間としての体』より、『己の願い』の方が大事なのか。
その思考には、もはや『狂気』すら感じる。
翠は彼に、何も言えなかった。言う気すらなかった。
彼の正体について、翠は未だに分からないものの、自分の願望の為に他人を巻き添いにするのは、明
らかに常軌を逸している。
だが、彼の腹の中に収まっているクラスメイト達は、何故か全員、『歪な笑み』を浮かべている。
何故か『誇らしさ』すら顔に滲ませている彼らも、正常な思考ではない。
翠も心の奥では、(いっその事、狂ってしまった方が身の為かも・・・)と思ってしまう。
クラスメイトとの久しぶりの再会は、巨大なハエ(彼)の歓迎付き。
そして、何の罪もない、何の関係もない人々は、瓦礫の下敷きに。
思ってた以上に悲惨な現状を目の当たりにした翠の意識は、既に飛びそうだった。
だが、翠の頭のなかでは、『過去の思い出』がフラッシュバックしていた。
それは、『クラスメイトとの思い出』ではない。自分が長年持ち続けていた『夢』だ。
何度も何度も、その夢が叶う日を心待ちにしては、両手を握って祈っていた。
祈るばかりで叶わない自分の夢に、異荒立ちを感じた時もあった。
今の翠には分かった、何故自分の夢が、今まで叶う気配を見せなかったのか。
彼女は無意識に、人を避けていた。
(また『あの苦い思い』をしたくない)という考えが、彼女を『受け身』にしていたのだ。
しかし、今の翠は違う。もう受け身ばかりの彼女ではない。
誰かと仲良くなりたい 誰かと楽しくお話ししたい 誰かと一緒にご飯を食べたい
誰かと一緒に 何かを成し遂げたい 一緒に困難を乗り越えたい
苦しい事も 悲しい事も 楽しい事も
一緒に共有してくれる『友達』が 『仲間』がほしい
翠の長年の願いは、この世界に来たことで変わった。
そう、彼女が自発的に行動したことで、自分の願いはポンポン叶っていく。面白いほど。
だが、翠はまだまだ満足していない。
もっともっと、皆と色々な経験をして、平和になったこの国で、もっともっと仲間と遊びたい。
まだまだやりたい事もいっぱいある、行きたい場所も沢山ある。
だからこそ、こんなところで諦められない 諦めたくない
翠はハエの腹部を思い切り蹴り飛ばす。
全く動かない翠に油断していたのか、それとも腹部が重すぎるのか、巨大なハエはそのまま後ろに倒れてしまう。
また住宅街が一部ペシャンコになってしまったが、最初の時と比べて、あまり悲鳴が聞こえない。
いや、正確には悲鳴は聞こえる。だが、城からだいぶ離れた箇所から聞こえているのだ。
後ろにひっくり返ったハエは、そのまま脚をモゾモゾと動かしている。
ようやく正気を取り戻した翠は、改めて杖を構えた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・
_____そう、あんたも。願いが叶ったのね。
私もね、この世界に来てから、願いが叶ったの。
互いに『普通の人間』ではなくなったけどね、あははっ。
でもね、私もこんなところで、くたばってもいられないのよ。
願いが叶った時点で、私は自分の人生を終わりになんて、するつもりはない。
あんたがどうなのかは、私が知る必要はないけど。
私はこんなところで、せっかく掴んだ自分の願いを、あんたみたいな奴に潰されるのは嫌なの。
掴んだ幸福は、何が何でも死守する。当然でしょ?」
翠は、ハエの腹部に目を向ける。
ハエの養分となってしまった彼らは、ニヤニヤした顔で翠を見ていた。嘲笑う様に。
だが翠は、そんな彼らに対しても全く臆しない。もうそんな顔を向けられても、何も感じない。
翠はこの世界に来て、旧世界の『カースト関係』が馬鹿馬鹿しくなったのだ。
クレン達と出会ってから、多くの事を学び、多くの知識を手に入れた。
そんな彼女が、今更過去の立場を引きずらない。何故なら彼女は、『過去』より『未来』を選んだ。
『未来』を大切にする事を選んだ。
そんな彼女が、次に選び取った『未来への選択』は、『掴み取った幸福を守る事』
『クラスメイトの敵討ち』ではない。そんな事をしても、全く無意味である事を察している。
何故なら相手は、まともに言葉が通用するのかも分からない。
もうクラスメイト達も、ああなってしまっては、無事に救えるかも分からない。
そんな話にならない・話が通じない相手に対し、『敵討ち』という言葉も無意味。
無情ではあるが、そんな相手なら、杖も軽くなる。
彼が普通の人間に戻れる可能性も考えたが、仮に戻れたとしても、その捻じ曲がった思考は戻らな
い、そう翠は思った。
人は簡単には変われない。それこそ翠のように、環境が一変するくらいの衝撃がなければ。
彼は、その身体を犠牲にして得た力によって、国を滅ぼしかねない存在へと変わってしまった。
『覚醒者』を目指していた彼にとっては、『皮肉な最後』であり、『自業自得な最後』なのかもしれないが。
「私は全力であなたを倒す!!!
自分が叶えた夢を、何としてでも守る!!!
仲間も、この国も、これからの人生も!!!」