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179・『再開』の『集合体』

 しばらくすると、ザクロは気づいてしまった。何故翠が、腹部だけをジッと見ているのか。

だが、それはあまりにも、『酷い光景』だった。

 それこそ、『破壊された王都』と同じような光景。

体力や精神力のあるザクロでさえ、耐えきれずにその場で胃液を噴き出す。


 いきなり吐いてしまったザクロに、ラーコもグルオフも混乱する。

だが、ザクロの口から出てくるのは胃液だけで、2人に何が見えたのか説明できない。


 翠とザクロは、その『腹部の中』でうごめいているものの正体、それを知ってしまった。

知らなくてもよかった、むしろ知らない方がよかった。

 だが気づいてしまったからには、もう遅すぎる。


 腹部の中で蠢いていたのは


 『大量の人間』


 しかも、それは翠にとって、『他人』なんかではない。

遠目からでも分かる。森で別れた時と、互いに服装は変わっていなかったから。


 ハエの腹の中にいるのは、『クラスメイト38名』


 だが、腹の中にいるのは38人だけではない。

腹の中には、パンパンに人やモンスターが詰め込まれている。

 しかも彼らはまだ生きているのか、腹の中でモゾモゾと蠢いている。

まるで地面を這う、無数の『蛆虫うじむし』のように。


 この光景は、誰もが不快感を覚える。

だが、翠の場合、その不快感がだんだんと、『怒り』に変わっていく。


 彼らの哀れな姿を見て、ほんの少しだけ心がスッキリした翠だったが、そんな気持ちになれたのは

 一瞬だけ。

彼らの悲痛に歪む顔を見ていると、無性に腹立たしくなったのだ。巨大なハエに対して。


 せっかくの再会がこんなかたちでは、翠だって納得できない。

翠は、クラスメイト達に見せたかったのだ。凛々しく、強くなった自分の姿を。

 そして、もう『彼らの知っている翠』ではない事を、目に焼きつけてほしかった。

だが、そんな彼女の願いも虚しく。ハエと同様、彼らも言葉が通じるか、もう分からない。


 ずっとずっと、翠を揶揄ってきた者たちの末路は、あまりにも呆気なく、あまりにも酷い。

腹の中に入ってしまったクラスメイト達の『憤り』が、翠に伝わってくる。


 互いに仲良くはなれない関係だったが、この残酷な現状を前にすれば、そんな過去の記憶も吹っ飛

 んでしまう。

このままにしておけないのは、当然だった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 翠は我を忘れ、巨大なハエに突撃を仕掛ける。ザクロ達のことも忘れて。

最上階にいるハエ目指して、あちこちに散乱している瓦礫を足場に登っていく翠。

 折れている柱や窓枠も、丁度良い足場になってくれる。

ぴょんぴょんと足場に飛び移るその姿は、まるで月面で跳ねている兎の様。


 だが、翠が城の壁に足をついた瞬間、足場がボロッと崩れ落ち、翠は地面に叩きつけられる。

それでも、翠は止まらない。

 翠はもう一度、城の壁に足を乗せ、今度は足場が崩れる前に、別の足場に飛び移る。

その光景を見て、唖然とする王都の住民達。もはや、目で追うのが難しいくらいの速さだった。


 城はだんだん、その原型を留められなくなり、『塔の塊』と化している。

中庭に咲いていた可憐な花々は、瓦礫の山に埋もれてしまい、城の下層に寝泊まりしているお手伝い達も、寝巻きのまま慌てて避難している。


 兵士たちも、騒ぎを聞きつけて城へ一斉に来たものの、やはり何もできない状況。

「俺たちも参戦しよう!!」と、切り出す兵士は誰もいない。

 当然だ、相手はモンスターなんて、生易しい相手ではない。得体の知れない存在だ。


 それでも、翠の『足』と『衝動』は止まらない。

最上階へ登り詰めると、翠は持っている杖を構え、腹部に突進する。




 だが、彼女の真横を通過する巨大な脚。

それと同時に、『ドォン!!!』という音と痛みが、彼女の全身に響く。

 そして、軽々と吹っ飛ばされた翠は、家屋の屋根の上に叩きつけられる。

ラーコはすぐさま、弓矢を構えてハエに狙いを定めようとした。だが・・・・・


 バサァ!!! バサァ!!! バサァ!!!


「うぅうう!!! 

 グルオフ!!!私に掴まって!!!」


「はいっ!!!」


「クソッ、なんて風だ!!!」


 体が大きければ、羽も大きい。そして、羽ばたいた際の風量も台風並み。

風で砂埃が舞い、目が開けられないほどの突風が3人を襲う。

 ザクロは槍を地面に刺し、2人を覆うように風から守る。

羽ばたいたハエが向かう先は、屋根の上にいる翠。


 翠は、吹っ飛ばされた衝撃で、意識が朦朧としている。視界も定まらない。

ザクロ達が懸命に呼びかけるが、何も反応しない。

 翠をハエから守りたいザクロ達だが、凄まじい突風を前に、なす術もなかった。


 そして、住宅街へ降りたったハエは、翠をジーッと見つめる。

無数の目にギョロリと見つめられた翠は、遠のく意識のなかで、『不思議な声』を感じとった。

 その声は、『耳』からは入ってこない。『頭の中』に直接響く。


 だが、その声ははっきりとした、『人間の声』

そして、翠が『一度だけ聞いたことのある声』だった。


 翠が初めて王都に来て、兵士といざこざを起こした時。

逃げた先で、彼女に明るく接してきた、王族風の男性。

 その声が直接脳内に響いた瞬間、翠はそのハエの正体が、彼である事が分かってしまった。

彼は以前のように、嬉々として翠に話しかける。


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