178・度重なる絶望
翠の思考は停止してしまう。
彼女の目の前に広がる光景は、『とんでもない絶望』でしかなかった。
窓が外れている窓枠の向こうには、『メチャクチャになった住宅街』と、『城の最上階』
ついさっきまで、いつも通りの、『王都の夜の風景』が広がっていた筈。
それが、一瞬にして、『瓦礫の山』と化してしまった。
巨大な生物は、城の最上階を折り、それをあろうことか、王都の住宅街に投げ捨ててしまった。
そして、今現在時刻は深夜。当然、住民達の被害は『家屋』だけでは済まない。
城の最上階が落ちてきた地域では、既に悲鳴と怒号が響きわたっている。
いつも通りの夜が、こんな形で壊されてしまっては、誰だって怒りたくもなる。
しかし、いくら怒ったところで、いくら泣いたところで、『石の塊』で潰されてしまった箇所が戻
るわけでもない。
この現状が信じられない住民のなかには、瓦礫の山を見て笑い狂う人の姿も。
この時点でもう地獄絵図。これにはグルオフも、目を向けられなかった。
あちこちで、まだ無事の住民が、瓦礫から這い出ようと必死になっている。
「___ねぇ、ミドリ。クレン達は・・・???」
そのラーコの言葉が、翠の不安をさらに加速させる。
確かに、王を避難させる為、遅れて上から降りてくる筈のクレン達が、いつまで経っても降りてこないのだ。
そして、目の前に広がる『城の最上階の残骸』
そこから、『悪い予感』まで行き着くのに、時間はそうかからない。
翠は、今すぐにでも上の様子を確認したくて、階段を登ろうとするが、ザクロに止められる。
「もうここから出よう!!!」
そう言って、ザクロは翠を引っ張りながら、窓枠から外に出る。
1階には戻れなかったものの、2階から飛び降りてもさほど問題はない。
ザクロが翠を抱え、ラーコがグルオフを抱えて飛び出す。
そして、2人は中庭に生えている木に着地して、4人は無事に城から脱出した。
そして、先ほどから城を荒らしているモノの正体をはっきりさせるべく、一旦城から離れる4人。
何人もの人とすれ違い、何人もの人が、破壊された城を見て唖然としていた。
翠達が走っている間にも、王都のパニックは大きくなっていた。
破壊されていない地区でも、これだけ大騒ぎすれば、当然眠気も覚める。
あちこちにいる犬や猫は、崩壊しかけている城に対して唸り声を発している。
___いや、正確に言えば、唸り声をあげているのは城に対して・・・ではなく、城の最上階に鎮座している『モノ』
そして、ある程度城から離れた翠達が、改めて振り返って見た光景は・・・・・
「_____ミドリ、アレ何・・・???」
「私に・・・聞かないでよ・・・・・」
「グルオフ、あれは一体・・・・・???」
「__________『ハエ』???」
そう、グルオフの言っている通り、城にへばりついているのは、真っ赤な目をギラギラと発光させ
ている『ハエ』
真っ赤な目だけではなく、毛の生えている脚や、透明な羽も、まさにハエそのもの。
だが、4人が唖然としているのは、やはりその『大きさ』
城と同じくらいの大きさのハエは、もはや『怪獣』 モンスターなんてものじゃない。
ボッキリ折れてしまった城の最上階に鎮座している巨大なハエは、手を擦り合わせている。
体や仕草は、まさにハエそのものなのだが、よくよく見ると、おかしな箇所がいくつもある。
脚の先端には、小さいが『5本の指』が生えている。
真っ赤な目は、一箇所一箇所がちゃんと白眼のある『人間の目』 まるで『カエルの卵の集合体』
それだけでもだいぶ吐き気を感じるが、それよりも恐怖を感じた箇所は、『腹部』
中で、何かがモゾモゾとうごめていている。
まるで『心臓の鼓動』のように動く光景は、傍観していた住民達を、さらに絶望の淵へ叩き落とす。
こんな化け物が突然現れたら、『死』を覚えるのも当然。
国で一番大きな建造物である城も、あの巨大なハエの力で、いとも簡単にへし折られてしまった。
その巨大なハエに、誰1人として立ち向かえない状況で、ザクロは既に戦闘準備を終えている。
だが、翠だけは、群衆に混じって唖然としたまま動けない状況。
ザクロ達は、首を傾げた。いつもの翠らしくないから。
いつもの翠なら、『敵』と認識した瞬間に突っこみ、最初から最後まで真剣に戦う。
しかし、巨大なハエを呆然と見続ける翠は、巨大なハエを『敵と思えなかった』
その原因は、ぷっくりと膨れ上がっているハエの腹部。
ザクロは、翠が先ほどからずっと唖然と見ているハエの腹部に目を向ける。
その腹部を見ても、最初は何も感じなかったザクロ。
むしろ動きが気持ち悪いから、ずっと見ていられない姿だった。
しかし、何故か翠は、その腹部から目が離せない様子。
しかも彼女の顔は、徐々に青くなっている。病的なほど。