薔薇の園のお茶会
「お招き頂きありがとうございまス、アイネさん」
「こちらこそ、ようこそおいで下さいました、フィリア様」
陽の光が柔らかな午前十時。
薔薇の香りに囲まれた薔薇の園で、フィリアが本日の薔薇の姫君に頭を下げる。薔薇の姫君もその紅色の美しい長髪を靡かせて、大層嬉しそうに腰を折った。
ここはワイルデローゼ家の庭。
王国屈指の『薔薇の庭』だった。
そして、フィリアの目の前で微笑んでいる深紅のドレスを身に纏った淑女こそ“紅薔薇の君”……アイネ・ワイルデローゼである。
年は二十三歳と、フィリアとかなりの年齢差はあれど、二人はとても仲良しだった。ティアラとは同い年の双子な為、フィリアにとっては本当のお姉さんみたいな存在である。
「久しぶりっスね〜、アイネさん。今日会えるの、とっても楽しみだったっス〜!」
「まあ!とてももったいないお言葉ですわ。私もフィリア様に会える本日の日を心待ちにしていましたの。……ティアラ様もようこそおいで下さいました」
フィリアと和やかに挨拶を交わした後、アイネはそこでようやくティアラへと目を向けた。その視線は、フィリアに向けるものと違い、酷く冷たい。
その視線を一切気にせず、ティアラは他所行きの貴公子スマイルを顔に貼り付ける。
「こちらこそ、お招き頂き光栄です。妹もアイネ様とお会いできるのを心から楽しみにしていましたのでね。この半年間、お茶会を開いていなかったようですが、何かございましたか?」
「いえ、少し魔花の咲きがよろしくなく、私のお茶会にお招き頂く皆様方にお見せできるものではなかったものですから……」
左手を頬に添え、上品に眉を下げるアイネの姿はまさにご令嬢が目指すべき淑女そのものだった。
艶やかな美しさに、周りの茶会客がホゥッと息を吐く。
そんな中、アイネの美しさに脳が一切溶かされないフィリアが、負けず劣らずの美しい微笑みを浮かべて口を開いた。
「そうだったんスか。何かあったんじゃないかって、心配してたんスよ〜。何かあれば力になるんで、いつでもお手紙くださいっス!」
「まあ、身に余るお言葉ですわ。さあ、立ち話もこれくらいに……お席へご案内致しますわ。どうぞ、こちらに……」
アイネの案内で、本日の茶会一番の席へと移動するフィリア達。
ワイルデローゼ家の薔薇が一望できるテーブルにアイネ、フィリア、ティアラの順で座ると、早速フィリアとアイネは会話を始めた。
ちなみに、カイトはフィリアの護衛騎士の役割を持っているので、茶会の席には着かない。フィリアの後ろで黙って控えているだけだ。
「うわぁ!このマカロン、この前ボクが渡した薔薇のエキス入れてるんスか?とっても美味しいっス〜!」
テーブルの上に置いてある可愛らしい薄紅色のマカロンを口に入れて、フィリアが頬を緩める。
それに対して、アイネは「ええ」と微笑んだ。
「魔花の薔薇で作って頂いたエキスですので、リラックス効果や美容効果などがございますの。最近は、薔薇を使ったスイーツの開発を進めているのですけど、フィリア様に何か案はございますか?」
「薔薇のスイーツっスか〜。ありきたりならケーキ……見た目ならゼリーじゃないっスか〜?」
「ケーキはただ今開発中ですけれど……ゼリーですか……確かに合いそうですわね……さすがフィリア様ですわ!今度試させてみます」
「完成したら食べさせてくださいっス〜!」
「ええ!もちろん!一番最初にフィリア様にお知らせ致しますわ!」
完全に女子トークである。
本来お茶会とはお家の為の大事な社交なわけだが、二人は自身の家の発展よりも自分自身の楽しみを最優先に話をしていた。
つまりは、ただお茶を飲んでお菓子を食べて、楽しくおしゃべりしているだけである。
むしろフィリアなど、貴族としての言葉遣いから砕けていた……いつものことだが。
「あ!そう言えば、ちょっと前に渡した試作品どうだったっスか?」
ローズティーに口をつけて、思い出したかのようにフィリアが問いかける。
「とても良い品でしたわ。お譲り頂いて、本当にありがとうございます。御礼の品というには、少し物足りないかもしれませんが……」
とそこで、アイネが側に控えていたメイドに何かを持ってこさせた。それはジュエリーケースのような箱だった。
必要最低限の装飾しかされていないその箱を、メイドがパカッと開ける。
「どうぞこちらを」
「……うわぁ!!すっごく綺麗っス!!」
フィリアが瞳を輝かせた。
そこに入っていたのは、薔薇をモチーフにしたガラス細工の髪飾りだった。日光を浴びる度、ガラスでできた薔薇が紅色の光を反射させる。
フィリアはその髪飾りを受け取ると、あることに気が付いた。
「……これ、うっすら魔力が流れてるっス。これも魔花で作ったんスか?」
「ええ。特別に加工して貰いましたの。世界でただ一つの品ですわ」
「すごいっスね〜。魔花をガラス細工にするなんて。後でその職人紹介して欲しいっス!」
「わかりましたわ。帰りにメモをお渡し致します」
「付けてみても良いでスか?」
「ええ、もちろん」
アイネから許可を貰うと、フィリアは髪飾りを後ろのカイトに渡した。
黙って受け取ったカイトは、フィリアの空色の髪に鮮やかな薔薇を咲かせる。フィリアの髪に、深紅の薔薇はよく映えていた。
「カイちゃん、似合ってるっスか?」
「ああ、似合ってる」
真っ先にカイトに感想を聞くフィリアに、カイトは優しい眼差しを返す。
カイトの言葉に嬉しそうにはにかんだフィリアは、アイネに向き直り改めて礼を告げた。
「とっても嬉しいっス〜!本当にありがとうございまス」
「いえ、少しばかりのお礼の品ですわ。フィリア様によく似合っておいでです」
こちらも嬉しそうに瞳を細めるアイネ。
美女と美少女が微笑み合う中、ずっと二人の会話を黙って聞いていたティアラが口を挟んだ。
「本当に素晴らしい品ですね。こんな素敵な贈り物を妹にして頂き、心が一杯です。アイネ様には改めて感謝を……」
「いえいえ、感謝だなんてそんな畏れ多い……次期領主様にして頂くことなんて何も……」
嘘くさい笑みを浮かべるティアラに、アイネは一見不敬とも取れる発言をする。
しかしそれをティアラが咎めることはなかった。
ニッコリと大層機嫌が良い様子でティアラは席から立ち上がる。
「いやぁ、本日のローズティーの味はいつもより濁っていて、僕好みの味でしたよ。ご馳走様でした。少し席を外させて頂きますね」
「…………」
しっかりと皮肉を残して、会場から退出するティアラ。
その背中を無言で睨むアイネに、フィリアは心配するような眼差しを向けた。
「アイネさん?大丈夫でスか?ティアラの言葉はいつものことっスから、気にしなくて良いでスよ?」
自分を労わるフィリアの気持ちが伝わって、アイネは頬を緩める。
「お心遣い、痛み入りますわ。……少々失礼致します」
それだけ残すと、アイネは席を立った。
その後ろ姿を見つめて、フィリアは不安げに髪飾りを触る。
アイネの背中には、黒いもやのようなオーラが漂っていた。
そう。イブリースの人間以外には見ることができない黒いもや……瘴気がアイネを渦巻いていた。
読んで頂きありがとうございました!!!
アイネさんとフィリアは本文からもわかる通り、とっても仲良しです!なので、個人的に文通をしているし、フィリアが実験で作った薬とか色々アイネに渡してます。
そして、ティアラのアイネへの態度ですが、言葉遣いが丁寧なのは、
年上であることが二割
フィリアが大切にしている令嬢であることが八割
という理由です。
イブリースは不敬罪が免除されているので、基本敬語を使わなくても良いですが、形式的な場面では使うことを求められてます。
そういう側面がある中で、普段からティアラは貴族としての礼儀作法を結構真面目にやっています。フィリアは言葉遣い以外はちゃんとしてるけど、滅多にまともな貴族の言葉遣いを使わない。理由は簡単。
メンドーだから。ちなみにディルカもフィリアと一緒で言葉遣いはテキトーです。親子だね。
サティアはまとも。ティアラと一緒です。親子だね。




