サイフィドルの町の冒険者ギルドのマスターは猛毒を言葉に節々に盛ってくる皮肉屋のようだ。
異世界生活七十一日目 場所サイフィドルの町、冒険者ギルド
「ようこそ、冒険者ギルドへ。私はギルドマスターのリンスリットです」
ギルドマスターは女性だった。てっきり老害Ⅱみたいな奴が出てくるかと思っていたんだが。
「初めまして、能因草子です」
「お噂はかねがね。本当なら、貴方に冒険者の地位を与えたいのですが」
「……それは断った筈です。俺は組織に縛られることを嫌っています。まあ、名前を貸すくらいならいいですが……冒険者ギルドの狙いは、俺を脅威と考え組織の力で縛るのが目的ですよね?」
「あはは……もし、そうだとしたら、私供は草子様の粛清対象にされてしまいますよ。私達は貴方とパイプを持ちたい――それが、本音なのですが、まあ今となっては不可能なことは承知しています。草子様にとって、我々冒険者の印象は最悪な筈ですから。私だったら全ての冒険者に対して殺意を抱いてもおかしくありません」
……意外に過激な人だな。
「別に俺にとってはどうでもいいことですよ。あのような有象無象の魔獣に手間取るような相手、取るに足りませんから。まあ、冒険者の中にも真の強者はいますからね。強いて挙げるなら白崎さんとか?」
「それは、草子様のお仲間ですよね? ……まあ、理解していますよ。私達冒険者がそこまで強くないことは。真の強者は冒険者ギルドなどには入らない。傭兵などでもやっていけますからね」
超帝国のインフィニットなど、真の強者は冒険者ギルドには属さない。
それぞれの実力だけで日銭を稼げるから、無理に冒険者になる必要はないからだ。
冒険者ギルドに入るメリットは、冒険者ギルドの存在する多国間を自由に移動できることと、冒険者ギルドという看板の持つ信用の力で依頼が集まってくることだが、依頼を達成した際に上前をはねられる点と、情報を管理されることを考えるとデメリットの方が大きい。
伝手がない人間が、とりあえず入るのが冒険者ギルドだと考えておいた方がいいだろう。
「それで、貴方ほどのお方がわざわざ指名依頼をするとは……一体どの冒険者にですか? 生憎と、冒険者の世界に貴方以上の猛者はいませんが」
……このギルドマスター、相当な皮肉屋だな。言葉の端々に毒を盛ってきやがる……まるで、言葉の毒●ノ太刀や!
「指名するチームは、トライアード。依頼はエルフの里、武装中立小国ドワゴフル帝国、獣人小国ビーストへの案内、とこんな感じですかね」
「地域にかなりばらつきがありますね。ちなみに、どのような理由で?」
「昨晩、ヴィッツィーニファミリーを壊滅させて奴隷を解放したんですが、人数が二千人もいたので……で、助けた奴隷については、それぞれの種族の国に任せようと」
「……えっ、ええ〜〜ッ! あの巨大犯罪組織が、壊滅ですって!! いや、おかしいでしょ! なんでそれをさも当然のように言ってるの!! と、とにかく冒険者ギルドのネットワークを使って後で報告しておきます……。しかし……なるほど、それで三国へ。しかし、それほどお強いなら、やはり冒険者を頼る必要はないのでは?」
「俺は武装中立小国ドワゴフル帝国と獣人小国ビーストに行ったことがありませんから。それに、折角だから三人を里帰りさせたいですしね」
「……意外と優しいお方なのですね。しかし、それだと指名依頼にする必要はないのでは?」
「折角なら一緒に報酬も貰えて、冒険者ランクの足しになる方がいいでしょう? 実際、冒険者ギルドにもお金が入るのですから、断る理由はないと思いますが」
冒険者ギルドという組織は、冒険者がこなした依頼の報酬の上前を撥ね、そのお金で経営されている。
つまり、冒険者ギルドとしては、何も言わずに俺の依頼を素直に受けた方が儲かるということになる……んだが、この人は正直だな。悪人だったら指摘せずにそのまま受けるだろうに。
「……本当に優しい方なんですね」
「俺が優しい? なんのご冗談を? 俺はただ、自分の目的のために動いているだけですよ。今回の件も巡り巡って自分の利益になるからですし、俺が教授した弟子? と言えるほど何かをした訳ではないですが、そんな子達にいい思いをさせてやりたいのは、当然のこと。弟子達がいる組織がもっといいものになるように力を貸すことも至極当然のことです。……俺は今でも冒険者ギルドを嫌っていますから。JOBに冒険者を入れられないから、冒険者にできないと言ったアンタ達をね」
「……まあ仕方なかったとはいえ、とんでもないお人を敵に回してしまったものです。貴方が本気で冒険者ギルドを壊滅させようとしないことを心から祈っておきましょう」
……全く、こんなモブキャラを捕まえて、やれ「歩く大厄災だ!」とか、全く過大評価もいいところだよ!
とりあえず、これで依頼を冒険者ギルドに出せたので、俺は報酬「金剛金貨一枚」を置いたらリンスリットに絶句された。
「ということで、依頼出してきたから。受付で受けてから戻ってきてね」
「「「ありがとうございます! 能因先生」」」
チームトライアードの三人はお礼を言うとギルドの受付に向かった。
それから十分後、依頼書を持った三人が戻ってきた。
「本当に、こんなに貰っていいのですか?」
イオンが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「順当な金額だろ? なんたって国を超えるわ、二つの国との交渉をするわの波瀾万丈な旅だぜ。こんな依頼、いくら金を積まれても普通は引き受けないものさ。寧ろ、これっぽっちの金で依頼することを許してくれって感じだよ」
白崎達が「一億円を端金って言ってる。やっぱり草子君って凄いな」ってな感じで感心なのか金銭感覚が狂っているのをdisっているのかよく分からない感想を口にしているが……いや、文字通り端金だぞ、これくらい。
白崎達ならすぐにこれくらい稼げるって。
「んじゃ、そろそろ行くか。まずは、エルフの里だ」
〝移動門〟を開き、俺達はエルフの里に降り立った。
◆
「お帰りなさいませ、リーファお嬢様。……草子様、白崎、聖様、北岡様もご健康そうで何よりです。――今、ご当主様に知らせて参りますので、それまで応接間にてお待ち下さい」
前回と同じようにエルフのメイドが俺達を出迎えてくれた。
「リーファさんって本当にエルフのお姫様だったのですね」
「イセルガさん、もしかして疑っていたのかしら?」
「全く高貴そうな雰囲気が感じられませんでしたので。なんというか、よく言えば親しみやすいという感じと言えばいいでしょうか?」
「あらあら、奇遇ですね。私も最初にイセルガさんが貴族に仕える執事だと聞いて驚きましたわ。貴方ほど品位のない方が公爵家の執事をやっているなんて。まあ、ロゼッタさんの慈悲だって聞いたら納得がいきましたが」
リーファとイセルガが火花を散らしているようだ。こいつらこんなに仲良かったんだ。知らなかったよ。
「久しぶりだな、草子殿。娘は迷惑を掛けていないか?」
そして、その場にオーベロンとティターニアが現れ、そのまま見事にフリーズした。
「お久しぶりです、オーベロンさん、ティターニアさん。その節はお世話になりました」
「……こちらこそ、我が息子の悪行を止めてくれた草子殿への恩を忘れたことは一日たりともない」
う〜ん。そんな大層なことをした覚えはないんだけどな。
別にエルフの仙人と戦っただけで、四つ首の怪物ともバカ強い領主とも戦ってないし。まあ、勇者パーティのモブキャラAである俺でもあの領主はワンパンで倒せると思うけど。
ぶっちゃけ、インフィニットクラスの猛者相手に運良くとはいえ戦いを演じられたんだから、それ以下の奴相手なら有象無象も同義っす。
「ところで、そちらの方々は?」
「あっ、紹介するの忘れてました。まず、こちらのご令嬢がフューリタン公爵家令嬢のロゼッタ=フューリタンさん。そこでリーファさんと争っているのがロゼッタさんの執事をしているイセルガ、この海棲族の女の子が海洋国家ポセイドンのお姫様のミュナ=トリアイナさん。で、三人の冒険者が右から豹人族のイオン=トーカさん、エルフのライヤ=ヴァル・ソー・ディーム君、ドワーフのリーシャ=ヴァレンティスさん」
「……あれから仲間も増えたのだな」
「友達のいなかったリーファに、友達が増えて良かったわ」
ティターニアさん。泣くほどのことじゃないと思いますよ。
「ところで、草子殿ほどのお方がエルフの里にお越しになるとは、一体どのようなご用件なのか?」
「ミュナさんにも関係することなんですが、実は昨晩また奴隷を解放することになりまして、流石に人数が多いのでエルフの元奴隷に普通の生活が送れるよう、支援をして頂きたいのです」
「「……奴隷解放だと!!」」
……そこ、そんなに驚くこと?
「とにかく、そんな感じで助けたはいいがその後が厳しいという感じでして。なんせ、二千人ですから。同じエルフなら、色々と勝手が分かると思いますし、これが最善だと思うのですが。勿論、対価は支払います」
「……なるほど、そういうことなら是非とも……と言いたいのだが、今のエルフの里は完全に合議制で私一人では決められないのだ。明日までにどうするかを決める会議を開けるようにこちらも頑張ってみよう。いい返答ができるように頑張ってみる」
「よろしくお願いします」
これで、とりあえずエルフの元奴隷の受け入れ交渉の第一段階はクリアか?
「それと、今夜は宴会にしようか? 草子殿達は、私達にとっての英雄だからな」
「すみません、俺達だけいい思いをする訳には参りませんから」
「そうか……また、落ち着いた時にでも来てくれ。私達はいつでも歓迎するぞ」
◆
明日にならないと結果が分からないということで、俺達は一旦屋敷に戻ることにした。
その際、ライヤ達には「また迎えに来る」と伝えてエルフの里に置いてきている。
ライヤにとっては懐かしい生まれ故郷だからね。
久しぶりの里帰りに水を差すのは野暮というものだろう。
それに、イオンやリーシャと里を巡ることでまた新しい発見をできるかもしれない。
出会い自体は良いものでは無かった。だけど、あの忌まわしい事件があったからこそ、三人が出会えたというのもまた事実だ。
エルフ、ドワーフ、獣人――彼らの関係は本来、決して良いものではない。
だが、彼らの関係を見ていると、決して分かり合えない訳じゃないんだって思えてくる。
肌色や、尻尾の有る無しなんて、本当に些細なことだ。
本当に大切なのはその中身――結局は性格とか人となりとか、そういうことだと思う。
他人事だけど、いつか人間、魔族、獣人、エルフ、ドワーフ、海棲族――彼らが互いを尊重できる時代が来ると良いなって思っている。
……案外、ヴァパリア黎明結社がその理想を体現していたりするんだよね。
一度ヴィッツィーニファミリーのアジトに戻って居残りメンバーに食費を渡そうとしたら、来ていた水の街アクアレーティアの衛兵から「元奴隷の方々の食事は全て水の街アクアレーティアが負担しますのでご安心ください」と言われてしまった。
ということで、居残りメンバーに「適当なところで各自食事をとってくれ」とお金を渡し戻ってきた俺は連れてきたレーゲンと共に、武器・防具製作用の別棟に向かった。
目的はイオン達の新装備を作ることだ。まあ、今回無理を言って手伝ってもらっているから、せめてものお礼ってところかな?
イオンには宵時雨に飛燕という剣と、魔導騎士の戦衣という軽装備と服が一体となった防具を、ライアには一点突破の極槍という細槍と銀布の冒険装備を、リーシャには癒しの願い宿し杖と大治癒師の法衣をそれぞれ作成した。
突然、レーゲンを呼び出したのは申し訳なかった。後日なんらかのお礼をしないといけないな。
レーゲンをヴィッツィーニファミリーのアジトに送り届けた俺は、再び白崎達と合流してエンドレス読書に耽った。
そうしている間にかなり暗くなってきたので、〝移動門〟を開き、俺達はエルフの里に向かった。
イオン達を回収し、その後本日の食事を取る店――まあ、いつも通りだけど。エリシェラ学園の食堂に〝移動門〟を開いた。
さて、早速食事だ。今日のデザートは林檎づくしらしい。
ちなみに、この世界の植物は地球と旬が違ったりするから桃の後に林檎ってのも普通なんだよね。
俺はフルコースとデザートにアップルパイと林檎のパフェを注文した。
みんなもそれぞれ思い思いの物を注文したようだ。
「あら? 草子様ではありませんか? いらしていたのですか?」
適当な席に座って料理が来るのを待っていたら、ノエリア、ヴァングレイ、マイアーレの三人がやってきた……珍しい取り合わせだな。カップル+才女か。華やかですなぁ。
しかし、ヴァングレイよ。両手に花とは良いご身分ですなぁ。
「ロゼッタ、久しぶりだな」
「お久しぶりです、皆様。ご無沙汰しています」
「旅の方はどうですか?」
「波瀾万丈な旅で、驚かされっぱなしですわ。でも、楽しいです」
「そうか。それは良かった」
ノエリアとヴァングレイとロゼッタは近況報告を始めたようだ。
三人は長期間を共に過ごした友人だからね。積もる話もあるだろう。
「ところで、その女の子は?」
マイアーレが俺の膝に乗っている女の子を見て不思議そうな表情をした。そういえば、初対面だっけ?
「この海棲族の女の子は、海洋国家ポセイドンのお姫様のミュナ=トリアイナさん。奴隷として捕らえられていたんだけど、その組織を俺達が壊滅させちゃったから、祖国に戻すまで一時預かっているところ」
「「「――海洋国家ポセイドンのお姫様!!!」」」
わー、三人とも驚いている。……そんなに驚くことでもなくね。
三人とも高貴な家の生まれだし、エルフのお嬢様なリーファとも知り合いな訳だから、今更って感じじゃない?
「はじめまして、私はノエリア=フォートレスですわ」
「俺はヴァングレイ=エリファスだ」
「マイアーレ=ノルマンディーですわ。よろしくお願いします、ミュナさん」
「……ミュナ」
ミュナはすぐに俺の後ろに隠れてしまった。この子、人見知りが激しいんだよな。何故か俺にはすぐ懐いたけど。
「ところで、今はアルドヴァンデ共和国を旅しているんだよな? あの国は今どうなっているんだ?」
「現在進行形で独裁政権ですね。クライヴァルト王国時代の宰相が今なお権力を握っています。まあ、俺達がアレクをぶっ倒せば独裁政権は崩壊しますので、しばらくはマシな国になると思いますが」
「「「アレク宰相を倒すッ!?」」」
「……一体どうしたらそんな話になるんだ?」
「アレク首相が俺達のスキルを狙っているらしく、自分の拠点に引き込んで殺そうとしているので、そのまま返り討ちにしてやろうと。俺はともかく白崎さん達は伝説の勇者ですからね。その力を取り組むことで、これ以上アレク首相を強力無比な存在になることを許容する訳にはいきませんから」
「……ははは。アレク宰相は欲を出し過ぎたな。事もあろうにこの世界で一番喧嘩を売ってはいけない相手に自ら仕掛けるとは」
「そうですわね」
ヴァングレイの言葉にノエリアが同意した。マイアーレも頷いている。
まあ、そうだよね。白崎に喧嘩を売るなんて無知蒙昧にしかできない愚行だ。
「ところで、アレク亡き後の国の統治は誰が行うことになっているんですか? あんな独裁者でも統治者であることには違いないのですから、アレクが死ねば混乱が見られると思いますが」
「流石はマイアーレ様ですね。水の街アクアレーティアの領主の伯爵様に、アレク亡き後の為政者を引き受けて頂きたいという旨を伝えています。アクアレーティア領主が一人で統治することになるか、或いは複数の貴族の合議制になるかは分かりませんが、当面は善政が敷かれることになると思いますよ。アクアレーティア領主には、自由諸侯同盟ヴルヴォタットと協力関係を築き、再び一国に統合するという案も提出しました。その辺りは貴族同士の話し合いですから、平民モブキャラの俺には関係ないですけど」
「……草子様、前々から思っていましたがいっそ政治家に転身してみたらいかがですか?」
「俺に政治は無理ですよ。マイアーレ様こそ、政治家や官僚向きではないですか? 行動を起こした時にどのような影響が出るのかを予想できていますし、素晴らしい美貌を持ち合わせているのですから、裏方でも表方でもこなせると思いますよ」
俺の切り返しにマイアーレは驚いたようだ。
頬を赤く染めている……恥ずかしがるような言葉、あった?
「確かに、マイアーレ様なら政治もできそうですわね」
「私なんてまだまだですわ。ロゼッタ様こそ……いえ、やっぱり貴女には無理ですわね。貴女ほど純粋で優しい方に、薄汚れた政治の世界は似合いませんわ」
確かに、ロゼッタなら分け隔てなく全ての者を救おうとするだろうからね。
それがロゼッタの優しさで良さであるんだけど、政治の世界で必要なのはどれを切り捨てて、どれを選ぶかという合理的な考えが必要になってくる――つまり優しさとは対極にあるものだ。
ロゼッタもこういう合理的な考えをできると思うけど、やっぱり優しさが優先されてしまう。まあ、それがロゼッタのいいところなんだろうけどね。打算的に考えて動いていただけなら、こんなに沢山の友人に恵まれることは無かっただろうから。
「まあ、詳しい話はアレクを倒してからということで。その時は、皆様お力添えをお願いします」
「勿論ですわ。令嬢の私にできることは限られていますが、頑張って家の方に働きかけてみます」
「次男という中途半端な立場だが、俺もできる範囲で頑張ってみよう。まずはジルフォンドに話してみるか」
「私もノルマンディー伯爵家に掛け合ってみますわ。……どこまで通用するか分かりませんが」
エリファス大公家、フォートレス伯爵家、ノルマンディー伯爵家。
この三家が味方になってくれるのなら心強い。
「よろしくお願いします」
その後、俺達は夕食を堪能した後、屋敷に戻った。