【一ノ瀬梓視点】冒険者ギルドには色々な問題を抱えた人達がいるようだ。
異世界生活六日目 場所ウィランテ大山脈、リュフォラの町、宿屋 花橘
ボク達は、あの後急遽三人部屋にしてもらい、それぞれのステータス情報の共有などをしてから就寝した。
ちなみに、汐見君に【性転換】のスキルを使ってみたけど効果は無かった。恐らく、身体の性別が完全に固定されているんだと思う。
途中、遊び半分の気持ちでゼラさんに頼まれ【性転換】を使ったら男の子の方のゼラさんも可愛かった。それを言ったら複雑な顔をされたけど。
一つ分かったのは、汐見君の能力とボク達のスキルが大きく違うこと。
汐見君の技にはMP消費がない代わりに再使用規制時間が存在するし、魔導技と呼ばれる能力を想片を消費することで習得できる。
……なんだろう? この世界のルールの中に無理矢理『FANTASY CARDs』のシステムを入れ込んだような、なんとなく違和感がある。
衣装は着脱可能で、服を着替えることもできるらしい。ゲーム時代は画面上でコーディネートをできたみたいだけど、異世界に来てからはそのシステムは使えなくなったそうだ。
同じように髪型を変えることもできるんだけど、髪自体を切ることはできない……ならどんどん伸びていくんじゃないかって思うけどそうでもないらしい。
つまり、体の性別と同じように髪の長さも固定されているみたいだ。もしかしたら、身体の年齢とかも固定されているのかもしれない……どこかの魔法少女みたいにイメチェンにすら専用の魔法が必要って訳じゃなさそうだから、まだいいのかな?
一方、カードを使用して変身した後の姿は一切弄れないことも分かった。
上から盛ることはできても、引き算はできないらしい……多分、キャラとして固定されているからなんだと思う。
ということで、服を買うまではあんまり露出が多くない(ただし、爆乳だったりミニスカートだったりして否が応でも視線を集める) 魔法騎士クリステラで行動し、服を手に入れてからは変身前の姿で行動するということになった。
その後、汐見君(とせっかくなのでボクも)はゼラさんに弟子入りして魔法師のJOBを手に入れた。
ちなみに、ボクの戦乙女や汐見君の小国の王女は弟子入りできないらしい。
戦乙女の職を手に入れる方法は先天的に持っているか、神様から授けられるか、自力で会得する場合は【槍理】もしくは【槍術】と【騎乗】、【乗馬】のスキルレベルを200にして、かつ女であるという条件を満たすしかないみたいだ。
この世界って上級職とかだと女性を優遇しているって思うところが所々あるよね。まあ、【性転換】のスキルの存在が性差の壁を物凄く薄くしているんだけど。
◆
翌朝、宿を後にしたボク達はまず服屋を訪れた。目的は勿論、汐見君の服を買うためだ。
「お嬢さんは別嬪さんやからどんな服でも似合いそうだな。うん、この服とかどうかな? 似合うと思うんだけど」
そう言って持ってきたのは甘ロリ……なんで異世界にあるの!
なんでも、異世界からこの世界にやってきて「さあ、この世界で第二の人生の薔薇色ハーレム人生を送るぞ!!」と息巻いたでっぷり眼鏡男が、妻となる女性に来てもらうためと作ったのが始まりらしい……そして、肝心のその男だが、独身のまま一生を終えたようだ。ただ、男の服は質が高く人気があったらしい……男の服の人気だけは。重要なんで二回言いました。
「あの……普通の服でお願いしますわ」
店員のおじ様が残念そうにしている……おじ様も少女趣味だったんだね。隣にいる奥さんが呆れているよ。
しかし、可愛い服だね。地球にいた時は、ゴスロリ、甘ロリ、黒ロリを一着ずつ持っていたけど、今は持ってないし。
「それなら、そっちのお嬢さん達はどうだ?」
「……私は遠慮しておくわ。そんなヒラヒラ、恥ずかしくて着られないわよ!」
「では、その服はボクがもらいましょう。可愛いですから♡」
「梓さん、本気! いや、似合うとは思うけど……勇気、あるのね」
「梓様……まさかとは、思いましたが」
ゼラさんと汐見君が露骨にドン引きしている……全く、酷いよ、二人とも。
「そうか! そんなに気に入ってくれたならその服はプレゼントしよう。……そ、その代わり、実際にここで着てみてくれないか?」
奥さんが溜息をついている。そして、同情の視線を向けてくる。
若くて綺麗なそして童顔な奥さんだけど、もしかして甘ロリとかを着るように頼まれたりするのかな?
関係ないところでボクが甘ロリを手にした一方、汐見君も奥さんの方に無難な服を選んでもらえたようだ。
更に、奥さんの協力を得て汐見君の髪型をあまり目立たないように変えることができた。
絶世の美少女であることには違いないんだけど、前みたいな派手さは無くなった。
後はハイヒールを普通の靴に変えれば問題なさそうだ。
靴屋のナザールに移動し、昨日と同じような注文で汐見君の靴を買った。
一通りやることも終わったということで、リュフォラの町を出発する。
ウィランテ=ミルの街までは子供の足で半日も掛からないという……そこまで遠くはなさそうだ。昼頃には着けるかな?
魔獣もそこまで強敵ではないということで、ウィランテ=ミルの街までの間に互いの戦い方を把握し合うということになった。
やり方は、戦う人を一人に限定し、それをローテーションで変えていくというもの。
話し合いの結果、ボク→ゼラさん→汐見君の順になった。
「それじゃあ、まずはボクから行くよ」
【死纏】の効果である黒い靄を身体全体に纏わせ、【縮地】を使って肉薄し、【無拍子】と【薙ぎ払い】を併用して、イェスハウンドを薙ぎ払う。
続いて【螺旋槍撃】と【閃光槍撃】を併用してエステンメノスクスを穿ち、倒した。
そんな感じで十分ほどが経過した頃、ゼラさんとバトンタッチした。
「〝真紅の炎よ。無数の槍となりて、我が敵を貫き焼き尽くせ〟――〝無数灼熱炎槍〟」
無数の炎の槍が虚空から生まれ、エステンメノスクスやイェスハウンド、スミロドンを貫きながら焼き尽くす。
火属性中級魔法〝無数灼熱炎槍〟……初めて見る。
効果としては、魔法の分散による威力低下が起こっていない〝火炎槍〟という感じかな?
「〝凍てつく氷よ。槍の形持つ無数の氷塊へと姿を変え、汝の敵の身体を貫け〟――〝無数氷塊大槍〟」
続けて無数の氷の槍が魔獣達に襲い掛かる。こちらは氷属性の中級魔法だね。
「そろそろかしら? メーアさん、お願いね」
「勿論ですわ! 魔法騎士クリステラをセット!」
汐見君の姿が女剣士のものへと変化する。
「インシネレーション・スピアですわ!!」
無数の炎の槍が生まれ、魔獣達へと襲い掛かる。
〝無数灼熱炎槍〟に似ているけど詠唱はないし、やっぱり別の体系の能力みたいだ。
「ライトニング・ダブルですわ!!」
汐見君の持つ両手の剣が雷を纏った。
汐見君が地を蹴って加速し、そのままクロスした剣から斬撃を放つ……十字斬りかな?
速度は確かに早かったけど、正直なところ十字斬りを放つ意味は無かったと思う。普通に袈裟懸けをしていても倒せただろうからね。
つまり、汐見君の使うスキルには一つの決められた方があって、それ以外の動きはできない……この手の技って一部の行動をキャンセルして、そのまま別の技に繋げるということもできそうだけど……ソード●マイトとか? その辺りどうなのか聞いてみよう。
「フリージング・ハリケーンですわ!」
吹雪を伴った竜巻が無数の魔獣を巻き込んでいく。ところどころ凍傷になりながら、吹き飛ばされる中で魔獣達は次々と絶命していった。
「スクエア・スラッシュですわ!」
魔獣達の群れに勢いよく突っ込んでいき、そのまま周囲に四角形を描くように四連撃……それで、全ての魔獣が倒れた。
「こんな感じですわ!」
汐見君が魔法騎士クリステラの技を披露し終えた頃、ボク達はウィランテ大山脈の麓に到着した。
◆
ウィランテ=ミルの街に到着したボク達はまず冒険者ギルドに向かった。
酒場と併設された冒険者ギルドには、異世界モノでよくあるような粗野で野蛮な雰囲気がある。
冒険者は男社会かと思ったけど、女性の姿も見受けられる。案外女性に厳しい世界という訳でもないのかもしれない……セクハラはありそうだけど。
受付カウンターは、依頼を受ける場所、報酬を受け取る場所、その他雑事の三つに分かれている。
ボク達はその中のその他雑事のカウンターに並んだ。
「あの、冒険者登録をお願いしたいのですが……」
「はい、登録ですね。畏まりました。では、こちらの書類に必要事項を書いて下さい。その間に私は鑑定士を呼んで参ります」
いかにも仕事のできそうな受付嬢は、書類を三枚ボクに手渡すと、そのまま奥に引っ込んでしまった。
鑑定士を呼んでくるって言っていたけど……。
書類はゼラさんと汐見君の分も入っていたみたいなので一枚ずつ渡し、書き始める。
……えっと、書類に書くのは名前、年齢、出身地、身長、体重、職業、(ある場合は)称号か。
「ゼラさん、これって出身地とかもちゃんと書いた方がいいのかな?」
「地球のどこどこと書いても仕方ないし、そういうところは空欄にしておけばいいんじゃないかしら? 嘘さえつかなければ大丈夫よ」
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名前:一ノ瀬梓
出身地:
身長:
体重:
職業:戦乙女
称号: 【死出の案内を仕る戦乙女】
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「書けましたか?」
受付嬢は戻ってくるとボク達の書類を受け取った。
それから、中から連れてきた鑑定士の方がボク達を見渡すと、ボク達の渡した書類とは別のものに何事か書き込んで受付嬢に渡した。
受付嬢は、二枚ずつの紙を見比べている……緊張するな。
「虚偽申告がありませんでしたので、問題なく冒険者登録できます。ランクは一番下の藍からスタートです。冒険者ギルドのシステムについて分からないと思いますので誰かに……そうだ。ジュリアナさん、お願いできませんか?」
受付嬢はギルドの隅に一人座っていた僧侶風のお姉さんを呼び出す。
美しい系というよりも可愛い系に分類されそうな美人さんだな。
「初めまして、治癒師をやっているジュリアナ=スワンです。冒険者歴は三年です」
なんだろう……それにしてはあんまりギルドに馴染めていなさそうな雰囲気なんだよね。
治癒師ってことは攻撃系のスキルを持っていない筈……魔法師なり剣士なり誰か攻撃系の人と一緒に行動するのが普通だと思うけど、そういう人達はいなさそうだし……まあ、こういう話はデリケートだから聞かない方が良さそうかな?
「よろしくお願いします、ジュリアナさん。ボクは一ノ瀬梓です」
「ゼラニウム=レーラよ。ゼラって気軽に呼んで欲しいわ」
「メーア・ゼーエンですわ。よろしくお願いします、ジュリアナ様」
「梓さんに、ゼラさんに、メーアさんね。では、早速行きましょうか?」
ジュリアナさんは、実際に場所を巡りながら冒険者ギルドのシステムについて説明してくれた。
大体は異世界モノに出てくる冒険者ギルドのルールとほとんど変わらなかった。
まず、冒険者にはランクがある。藍、青、紫、緑、黄、橙、赤、銀、金、白金、黒、虹の順に上がっていくみたいだけど、現在虹ランクと黒ランクの冒険者は空席みたいだ。
依頼の受け方は掲示板に貼られている依頼を選び、受付に持っていく。この時、自分のランクよりも同等以下の依頼しか受けられない。
依頼には期間があって、それを超過して終わらせても失敗と見なされる。その場合、依頼報酬の二分の一の代金を冒険者ギルドに払わなければならないそうだ。その後、依頼の難易度設定が一つ上がるらしい。
「ところで、貴女達って三人なのよね? ここに三年冒険者をやっている治癒師がいるのだけど、どうかな?」
つまり、パーティに誘って欲しいってことなのかな?
「あの……失礼ですが、ジュリアナさんにはパーティメンバーはいないのですか?」
失礼な質問だけど質問せずにはいられなかった。
回復職はパーティの要で、三年も冒険者としての経験があるということは引く手数多の筈。
「……実は私、男性恐怖症でね。前にチームを組んでいた冒険者に酷いことをされてから、男の人が怖くなったの。それで、男の人がいるパーティには入りたくないんだけど、冒険者の世界ってかなり男社会な雰囲気があるから女性だけのパーティってなかなかないのよね」
もしかして、受付嬢はボク達とジュリアナさんを引き合わせるためにジュリアナさんを指導役に指名したのかな?
でも、大丈夫かな? 汐見君の心は男だけど。ボクもグレーゾーンだし。
……内緒にしておこう。
「私はいいと思うわ」
「そうですわね。私も異議ありませんわ」
二人ともジュリアナさんをパーティにいれるのに賛成みたいだ。
ボクとしても反対する理由はない。ジュリアナさんにはボク達にはない冒険者として活動してきた経験があるし、回復役は貴重だからね。
「よろしくお願いします、ジュリアナさん」
こうして、ボク達の仲間に新たにジュリアナさんが加わった。
◆
一人の冒険者が冒険者ギルドに入ってきた。
美しい女性だけど、纏っている空気感も目つきも鋭い。他人を寄せ付けないような、そんな人だ。
「あの人は?」
「コンスタンス=セーブルさんよ。この冒険者ギルドで最もランクの高い金ランク冒険者で、昔は勇者パーティに所属していたみたいよ」
勇者パーティか。やっぱりいるんだね。
「……あんまりいい噂は聞かないわ。色々な男を籠絡して、その技術を奪っているっていう噂があるの。彼女の異名、“貪欲の魔術師”はその貪欲な性格が現れたものだわ」
「ジュリアナ、随分とおしゃべりに私のことを話してくれているようだな」
コンスタンスさんはこちらに鋭い視線を向けてきていた……ジュリアナさん。本人がいる前で陰口を叩いたらそりゃ睨まれるよ。というか、最早それ陰口じゃないし。
「コンスタンス=セーブルだ。ランクは金。それから、勇者パーティに所属していたのは黒歴史だからあまり言わないでもらいたい。……男を籠絡してか。確かにそう見られても致し方ないだろう。だが、仲間などという信用に値しない者と共に戦うくらいなら、私は性悪女という評価も甘んじて受けよう」
そう言い残すと、コンスタンスさんはカウンターの方に向かった。