【榊翠雨視点】更なる力を求めて――召喚勇者と大賢者の弟子
異世界生活三日目 場所ミンティス教国神殿宮 訓練場
――翌日。
昨日と同様に食堂で朝食を取った僕達は訓練場に移動した。
数百人もの人間が掛け声とともに剣や槍など多種多様な武器を振っている、広大な土が剥き出しになっている広場――訓練場を通り過ぎ、到着したのは昨日と同じく閑散とした訓練場だった。
「おはようさん。昨日はよく眠れたか?」
ナイスミドルな騎士の男。寝ぼけ眼を擦る姿は格好良さを台無しにしていますよ、ダニッシュ騎士団長!!
「おはようございます。……てっきり場所を間違えたかと思いましたよ」
「ん? 昨日と同じ場所をしていたのに何か間違いがあったか?」
「お隣の訓練場では騎士の方々が武器を振るっておりましたので、一瞬こっちじゃないかって不安になりました」
「隣というと……ああ、神聖騎士修道会ね。あそこは訓練熱心だから。ちなみにうちは緊急時召集だから基本的には毎日非番なんだよね。ほら、大抵の有事は【ギャンビット】でどうにかなるからな」
やっぱりとんでもないスキルだったんだ、【ギャンビット】。
しかし、残念だな。ダニッシュ騎士団長の部下がどんな人なのか楽しみだったのに……近衛ってどんな人がいるんだろうって意味でね。
というか、ヴァルキューレ? もしかして、神聖騎士修道会の騎士団長は女性なのか? というか、ヴァルキューレって職業あるんだ。
「さて、とりあえず目標を立ててみるか。お上さんは、今日から一週間くらいである程度の水準まで強くなってもらった上で、最終試験――要するに実地訓練だな――を受けてもらうことを望んでいる。……全くとんでもない無茶を言うよな。ああ言う連中は現場の気持ちも知らずに書類と睨めっこで決めやがる。たく、中間管理職は辛いぜ……と、これは聞かれたらやばいタイプの独り言なんでオフレコで頼むぜ」
相変わらず騎士団長らしからぬ人だな。
まあ、上と下から板挟みになる中間管理職はキツイって話をよく父さんから聞かされていたから何と無く分かるけど。
こういう人達はきっとどこかで破裂しないようにストレスを発散する方法を身につけているのだろう。彼の場合はそれが陰口ということか……あんまり褒められたことではないけど、こういうところまで一々文句を言うべきじゃないだろうしね。
というか、僕自身ミント正教会をそれほど信用していないし、教会上層部に媚びを売る必要はないんだけれど。
「さて訓練の内容だが……俺は正直筋トレや走り込みは無駄だと思っている。いや、無駄ってのは言い過ぎか。効率が悪いといい直した方がいいだろう」
……てっきり、ウェイトをつけて走り込みとか筋トレとか体幹トレーニングとかそう言ったので基礎を築いてから、模擬戦とかより実践的なものに移っていくと思ったんだが。
「……そうだな。例えば、筋肉がモリモリのいかにも強そうなオッサンと細腕で華奢な女の子がいたとする……で、もし戦ったらどっちが勝つと思う?」
「そりゃ勿論、筋骨隆々なオッサンだろ?」
照次郎の答えに孝徳も首肯をもって同意する。
「照次郎と孝徳はそっちでいいか。ちなみに後出しだが間違えても別にペナルティとか無いから気にするなよ」
その言い方だとペナルティがあるとしか思えないよ。
なるほど……難しいな。普通なら筋骨隆々なオッサンと答えるべきだろうが、もしそうであればそもそもこんな問題を出す必要がない。
となれば、細腕で華奢な女の子が勝つということになるが……根拠がない。
では、強さの根拠になるものはなんだろう? ……う〜ん、レベルかな。
だけど、今回の質問ではどちらのレベルも明らかにされていない。……これって答えがないんじゃない?
「……分かりません」
僕の答えに照次郎と孝徳が不思議そうな表情をする。
その表情に「こんなの考えるまでもなく分かるだろう」という感情が篭っていることを見逃さなかった。
「……参考までに理由を聞かせてもらえないか?」
「理由ですか? ダニッシュ騎士団長が示したことには足りない情報があるからです」
「「――そうか、レベル!!」」
照次郎と孝徳も分かったみたいだ。ちょっとヒントを出しただけで僕の意図を察せるなんてやっぱり二人は凄いな。もし、僕が二人の立場だったら分からなかったと思う。
「その通りだ。レベルとステータスが分からなければ判断のしようがない。……まあ、仮に筋肉がモリモリのいかにも強そうなオッサンがレベル十、細腕で華奢な女の子がレベル四十だったとしたら、女の子が勝つことになるということだ。筋肉を鍛えることで確かにSTRは上昇するが所詮は微々たるもの――経験値を稼ぎ、レベルを上げた方が格段に強くなる。細腕だから、華奢だから、女だから、男だからと見た目で判断していれば足を掬われかねない。どんな相手にも油断はするな……って少し脱線した。ということで、お前達にやってもらいたいのはレベルアップだ。経験値を稼ぐ一番手っ取り早い方法は魔獣をぶっ殺すことだが、それ以外にも手段はいくつかある。本を読むことで知識を得る、戦闘を観戦する、経験値が豊富に含まれる食材を用いた料理を食べる、武器を振るう、体を動かす……まあ、こんなところか? まあ、魔獣を倒すのに比べたら微々たるものだが」
なるほど、別に敵を倒さなくても経験値を得られるのか。
確かそんなのがゲームクリエイターが主人公の異世界ものにあったな。……食材を食べて経験値獲得は聞いたことがないけど。
つまり、経験値豊富な食材を食べ続ければレベルアップできる?
「ああ、忘れてた。経験値豊富な食材でレベルアップしまくろうとか思うなよ。ただレベルアップすればいいってもんじゃない。身体の感覚が伴ってこそだ。経験を積むことと並行してレベルアップをするのが一番なんだよ。ということで、安易に経験値豊富な食材に頼るなよ」
と思ったら先回りされて釘を刺された。まあ、身体の感覚を取り戻すって余計な手間を掛けるくらいなら普通にレベルアップした方がいいよな。
となると、パワーレベリングも無理か。いや、寄生する気は更々ないけど。……それ以前にあんまり効果なさそうだしね。
「ということで、これからのメニューは基本的に模擬戦だ。俺が【ギャンビット】で敵を作るからそれと一対一……まあ、協力プレイでもどっちでもいいけど、で撃破を目標に頑張ってくれ。あっ、最初は弱めで徐々に動きを複雑化させたり駒を強くしたりして強化していくから頑張ってくれ!」
もしかして、【ギャンビット】のスキルがあるからダニッシュが教官役として選ばれたのか?
三体の白の歩兵が現れる。
歩兵達は武器の長剣を一斉に抜刀し、僕達に向かって突撃を開始した。
だが、その動きはあまりにも単純だ。一斉の小細工が存在しない。
聖濫煌剣アイリシュベルグを鞘から抜き、切っ先を歩兵に向けるように構える。
右回転しつつ構え、そのまま左水平薙ぎ、垂直斬り上げ、左水平薙ぎ、垂直斬り下ろしを流れるように繋げる。
それだけで、歩兵は粉砕された。……動かない歩兵とは雲泥の差だけど、そこまで大した強さではないな。
照次郎と孝徳も歩兵を倒し終えたようだ。特に照次郎の倒した歩兵は横腹の部分が派手に欠けている……これは斬ったというより力任せにぶっ壊したという感じだな。
「よし、三人とも単純とはいえ動く敵でも余裕を持って倒せるようだな。ならば少しレベルアップだ!」
再び三体の白の歩兵が現れる。……あれ? てっきり駒を変えてくると思ったんだが。
歩兵達が一斉に長剣を抜刀するところまで寸分違わない。……なら、一体何がレベルアップしたんだ?
だが、そこからの動きが格段に良くなっていた。単調な突撃じゃない、フェイントを交えた剣捌き――これまでの歩兵と同じだと思ったら簡単に敗北する。
……だけど、まだ終わりじゃない。現状すらも手加減されている。歩兵相手でもこれなら王妃、城、僧正辺りが出てきたらヤバそうだな。
というか、それだと王はどうなるんだろう? 駒の価値としては∞だけど、仮にキングが取られてもよい駒ならば、その価値と強さは4に相当するんだっけ? まあ、チェスの駒がそのまま反映されるなんて誰も一言も言ってないけど。
ホリ●ンタル・ス●エア擬き――〈剣技・四陣ノ斬撃〉を使い、歩兵を撃破……だが、一つの技で勝ち続けることは不可能だろうし、技の熟練度も明らかに低い……このままだとかなり早い段階で負けることになりそうだな。
照次郎と孝徳も無事に第二陣の歩兵を撃破できたようだ。
「よし、もう少しレベルを上げるぞ!」
今度は二体の歩兵と騎士が現れる。
騎士は先端が三叉に分かれた槍を装備していた。
チェスの駒の場合、基本的に歩兵は1、騎士は3の価値を有する。
それをそのまま当て嵌めて考えるのは危険だが、根本的な部分が同じならば騎士は歩兵より明らかに強いことになる。
武器のリーチで考えた場合も騎士の方が明らかに間合いが広い。もっとも、槍使いは間合いが広い代わりに狭い間合いだと明らかに取れる動きが減ってくるが。
騎士が槍を前に突き出すように構え、二体の歩兵が長剣を抜刀する。
騎士は槍を構えたまま突撃攻撃を開始した。その動きは直線的で見切ることも容易だが、だからといって侮ることはできない。
もし、騎士に対処すれば、残った歩兵二体に攻撃される。逆に歩兵二体に注意を向ければ迫る騎士に対処できない。
槍を避ければ剣に斬られ、剣を避ければ槍に突かれる……あれ? 似たような展開がどっかにあったような。まあ、あれは刀と拳銃だったけど。
「別に剣だけで戦わなくてもいいんだぜ」
ダニッシュが駒達の向こうから僕達に声をかける。
……なるほど、魔法を使えってことか。確かに剣だけでどうにかしろとは一言も言われてないからな。盲点だった。
だけど、それだとダニッシュの掌の上で転がされているみたいで少し嫌だな。……僕には天邪鬼なところがあったみたいだ。
横飛びをすることで突撃する騎士の間合いを逃れる。
逃れた先に待ち受けていたのは歩兵――勿論、想定のうちだ。
本当は第一●剣「犀撃」のように下半身のバネの勢いを利用したいところだが、そんな余裕はなさそうなので諦めた。
剣に力を込めるイメージをすると【聖刃】を発動した。……全く試していなかったが、スキルってこうやって使うんだ。その辺りは後々教えてくれるつもりだったんだろうな、ダニッシュは。
光を纏わせて渾身の突きを放つ。歩兵、撃破。
だが、敵は一刻の猶予も与えてはくれない。
すぐ近くまで騎士ともう一体の歩兵が迫っていた。
ステータスにあった【飛斬撃】のスキルの存在を思い出した僕は斬撃を飛ばすイメージで騎士に向かって剣を振るう。
すると、剣に纏わりついていた光の一部が斬撃に乗り移り、そのまま騎士に向けて飛んでいった。
斬撃を受けた騎士は砕け散って動かなくなった。
だが、まだ安心はできない。騎士を倒したという戦果は確かに大きいが、ここでもし油断すれば残った歩兵に倒される。
歩兵はそのまま僕との距離を詰め、袈裟懸けに斬ろうとする。
僕は斬撃を繰り出した際に筋肉の収縮を連続で行うことで衝撃波を発生させ、そのまま歩兵の剣にぶつけた。
第六●剣「毒●ノ太刀」の参考にした〈剣技・衝毒ノ浸透〉――どうやら上手く決まったようだ。
腕ごと破壊された歩兵に、もう剣を握ることはできない。
「「「〝風よ、刃となれ〟――〝風刃〟」」」
どうやら、照次郎と孝徳の方も終わったようだな。
僕達は昨日の講義で〝風刃〟しか教えてもらっていない。一枚しかない手札だったが、なんとか騎士達を撃破できたようだ……終わっていないのは僕だけか。
無防備になった歩兵に駄目押しとばかりに、刺突を叩き込む。
しかも、それは半身のバネの勢いを切っ先に宿して強化した一撃だ。オーバーキルに見えるかもしれないけど、試せる時に試しておかないといけないからね。練習なんだし。
「よし、今日はここまでにするか! とりあえず、ステータスプレートを確認してみろ」
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NAME:榊翠雨 AGE:16歳
LEVEL:6 NEXT:600EXP
HP:450/450
MP:450/450
STR:800
DEX:600
INT:63
CON:700
APP:15
POW:780
LUCK:61
JOB:勇者
TITLE:【勇者】、【勇者召喚で呼ばれし者】
SKILL
【聖剣術】LEVEL:12
【魔法剣】LEVEL:1
【聖刃】LEVEL:4
【唐竹】LEVEL:1
【逆風】LEVEL:1
【袈裟斬り】LEVEL:1
【薙ぎ払い】LEVEL:1
【閃光斬撃】LEVEL:4
【閃光刺突】LEVEL:1
【飛斬撃】LEVEL:4
【無拍子】LEVEL:1
【無念無想】LEVEL:1
【蛮勇】LEVEL:1
【受け流し】LEVEL:1
【縮地】LEVEL:1
【閃駆】LEVEL:1
【全属性魔法】LEVEL:2
【物理耐性】LEVEL:1
【魔法耐性】LEVEL:1
【言語理解】LEVEL:9
【魔力纏】LEVEL:1
【自己治癒】LEVEL:1
【魔力操作】LEVEL:1
【魔力付与】LEVEL:1
【魔力治癒】LEVEL:1
【魔力制御】LEVEL:1
【威圧】LEVEL:1
【気配察知】LEVEL:1
【魔力察知】LEVEL:1
【熱源察知】LEVEL:1
【振動察知】LEVEL:1
【危機感知】LEVEL:1
【魔力吸収】LEVEL:1
【再生】LEVEL:1
ITEM
・聖濫煌剣アイリシュベルグ
・布の服
・ステータスプレート
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訓練場の端に置いていたステータスプレートを確認してみるとステータスに変化が出ていた。
いくつかスキルレベルが上がっているものもあるな。【聖剣術】、【聖刃】、【閃光斬撃】、【飛斬撃】、【全属性魔法】がレベルアップして、新たに【唐竹】、【逆風】、【袈裟斬り】、【薙ぎ払い】、【閃光刺突】の五つのスキルを獲得したようだ。
「とりあえず、確認できたか?」
「「はい!!」」
どうやら照次郎と孝徳も無事にステータスを確認できたようだ。……というか、やっちまった。反応が遅れたよ。
「翠雨はまだ終わってないのか?」
「終わりました。……タイミングを掴み損ねたので」
「……そうか、まあ、そういうこともあるよな。――さて、これでステータスの確認は終わった。今日のメニューはここまでだから自室に戻って午後の魔法の講義に備えてくれって言いたいところだが……すまない、少し時間をくれ」
……なんだろう? 何か問題でもあったのかな?
「まずは武器に触れて扱って使い方を学んでからにしようと思ったんだが……教える前に翠雨が使っちまったから、もう教えてもいいかなってことで、少し予定を早めたいと思う……って一日早めただけだけどな。とりあえず、スキルについて教えようと思う。スキルについて誰かから説明を受けてたりするか?」
「……ハインリヒ様から大体のことは」
ここですかさず答える孝徳……またしても出遅れた。もしかしたら、反応速度が落ちているのかもしれない。二刀流は無理そうだな。
「とりあえず、覚えていることを言ってくれないか? 足りないところを補足するから」
「はい……確か、スキルとはその者の持つ技術で、レベルが存在し、レベルが上がるほど技倆が上がる。スキルは基本的にJOBと対応したものしか得られない……こんな感じだった筈です」
「……本当にざっくりとしか説明していないな。まあ、ハインリヒ様は法術担当だから担当範囲が違うし、最低限のことしか教えてくれなかったんだろうが……スキルは、その動作を実際にすることで会得することが可能だ。一度再現してしまえば、それがスキルとして固定されるから二回目以降は簡単に使うことができる。スキルの発動は、イメージだ。このスキルを使いたいとイメージして行えば、発動する。……実際、そうだっただろ? 翠雨」
確かに【聖刃】が発動する前には確かにスキルを発動することで起こる結果をイメージした。
なるほど、あの時の使い方は正しかったのか!
「はい、確かにイメージしたら【聖刃】が発動しました」
「まあ、これは光を纏わせるって特殊性があるからイメージする必要があるんだけどな。動きと密接に繋がっている【袈裟斬り】とかはイメージしなくても勝手に発動するから安心してくれ……まあ、照次郎と孝徳も知らず知らずのうちにスキルを使っていたってことになるんだけどな」
なるほど、スキルによって違うのか。まあ、イメージせずに袈裟懸けをして【袈裟斬り】のスキルが発動しなかったらおかしいからな。
◆
昼食を摂り、向かった先は午前中に行ったのとは別の訓練場。
そこでは、白いローブを纏った聖職者達が二人一組で向かい合って模擬戦を行っていた。
「翠雨様、照次郎様、孝徳様。午後の講座にお越しいただき、ありがとうございます。……本日は聖法騎士修道会の騎士達が鍛錬をしております。騒がしいとは思いますが、ご勘弁ください」
「……あの、俺達も騎士の人達に混ざってやるんですか?」
照次郎がおっかなびっくり質問すると、ハインリヒは笑い返した。
「それはありませんよ。才能があるとはいえ、この世界に来たばかりの皆様が彼らと同等とは言えませんし、目指すゴールも違いますからね。法術が主力になる聖法騎士修道会の騎士達とは違い、皆様にとっては、やはり聖剣こそが主力――法術がそこそこ使えるレベルにまで上達していただければそれで十分です」
まあ、勇者にとって魔法は第二の刃という認識だろうからね。
ミント正教会も剣技の方に重きを置いてもらいたいと思っているんだろう。
「それでは、本日のメニューですが初級法術を実践していただきたいと思います。的を用意致しますので、少々お待ちください」
ハインリヒは杖を適当な方向に向ける。すると、訓練場の地面から木が生え、的のようなものを作り出した。
「準備が整いました。では、まず火、水、風、土、雷の初級法術を一つずつ順に試してみてください。ちなみに、属性が一致していればどの法術でも構いません」
偏に初級魔法と言っても様々なものがある。
今回はどの魔法を使うかの指定はなく、属性で縛って行うようだ。……さて、どんな組み合わせにしようかな?
「〝真紅の炎よ、弾丸となって貫け〟――〝火弾〟」
まずは炎の弾丸を生成する魔法を選んだ。的を貫通すると共に、着弾地点から的を焼き尽くし始める。
「〝清き水よ、球となって襲い掛かれ〟――〝水玉球〟」
水の玉を生成し、的に向けることで消化した。
これで、残るは風、土、雷の三属性。
「〝風よ、解き放て〟――〝風大砲〟」
風を圧縮して解き放つ魔法で的の一部を粉砕する。
無残な姿にはなっているもののまだまだ的としての役割は果たせそうだ。
「〝土よ、突き刺せ〟――〝土針山〟」
土に変化が生じ、無数の針へと姿を変える。
今回の魔法は的に直接ダメージを与えてはいないが、ハインリヒは「必ず的に魔法を当てろ」とは一言も言っていないので問題ないだろう。
「〝凍てつく氷よ、矢となれ〟――〝氷矢〟」
氷の矢を生成し、的に向けて放つ。氷の矢が的に着弾すると同時に、着弾の周囲を薄い氷で覆った。【氷魔法】の凍結効果が出たのだろう。
「〝雷よ、槍となって貫け〟――〝雷槍〟」
そして、最後に雷の槍を的に向けて放つ。今までなんとか的としての機能を保持してきた木も遂に崩壊し、黒焦げの木片だけが残った。
「全員終わったようですな」
どうやら、照次郎と孝徳も無事に魔法を撃ち終えたようだ。
まあ、二人は僕よりも遥かに優秀だから、無用な心配だったのだろうけど。
というか、僕如きに心配されるということ自体が二人にとっては迷惑かもしれない。
「皆様、法術の基礎は問題なさそうですな。明日は本日使ったものとは別の法術という縛りでもう一度同じメニューをこなしていただきたいと思います。ご足労をお掛けしたところ申し訳ございませんが、本日はこれでおしまいです」
「「「ありがとうございました」」」
他の騎士達よりも先に帰ることに後ろめたさを感じながら僕は照次郎と孝徳と共に訓練場を出る。
「はぁ、疲れた。部屋に帰って休もうぜ」
「そうだね。汗も流したいし」
照次郎の言葉に孝徳も同意する。
「ごめん。僕はもう少しだけしたいことがあるから」
「そうか。あんまり無理すんなよ」
二人の好意を無為にしてしまったことに申し訳なさを感じるが、それでもやっておかなければ後々になって後悔するかもしれないなら、友達の提案を断っても今ここで行動を起こさなければならない。
僕は二人と分かれ、もう一度訓練場に戻った。
「おや? 翠雨様ではございませんか? 何かありましたか?」
「ハインリヒ様、一つお願いしたいことがあります」
「……何でしょうか?」
値踏みするような視線を向けるハインリヒに、僕は真意を見抜かれないように取り繕いながら、一つのお願いを口にした。
「僕をハインリヒ様の弟子にしてください」
◆
「それは、つまり弟子入りすることで大賢者を獲得したいということですか? 確かに以前気軽に声をお掛けくださいとは言いましたが、あれは半分冗談で、本気でお願いにやってくる方がいらっしゃるとは思いませんでした。……しかし、何故そこまで? 貴方は既に勇者という特別なJOBに就いておりますのに?」
ハインリヒの言葉は「なんで特別な職業に就きながらそれ以上を求めるんだ?」という悪意の篭ったものではなく、純粋な疑問だった。
「もし、仮に回復魔法を使うことができる勇者がいたらどうでしょうか? ……確かに一人でできることには限りがあります。役割分担が重要だということも納得できます。――ですが、取れる手札が多いのに越したことは無い筈です」
大賢者は【回復魔法】のスキルを得るための条件を満たしているJOBだ。
勇者の【光魔法】と組み合わせれば理論上、聖女に匹敵する回復役になることができるのである。
「なるほど! ……何故、今までそんなことに気づがなかったのでしょう!! 分かりました、翠雨様を弟子にいたします。その上で儂の知る法術の知識を全てお教え致しましょう。向上心が高い若者には全力で協力したい性分ですので」
僕はハインリヒに弟子入りし、大賢者のJOBを会得した。
そして、明日からの特別講義の約束をした僕はハインリヒにお礼を言い、再度訓練場を後にした。