【榊翠雨視点】法術の教官――大賢者と法術の概説
異世界生活二日目 場所ミンティス教国神殿宮 大書架
「さて、時間は有限――早速始めるとしましょう。まず、貴方達は法術についてはどれくらい知っているか確認させていただきましょう?」
事前に僕達のことは伝えられていたので自己紹介は丸々割愛し、早速本題に入ることになった。
「……あの、法術って何ですか?」
……まあ、そうだよな。孝徳が「お前はそんなことを知らずに来たのか」と思われても仕方ない質問をしてしまうのも致し方ないことだ。というか、正直僕もよく分からない。
法術――①法律を実際に運用すること。②法律によって国を治める術。法家の術。③仙人の使う霊妙な術。神仙術。法術。④手段。方法。
大●泉から引用するとまあこんな感じか? 一番は日本国語●辞典を引用することなんだろうけど、異世界に偶然持ち込んだ電子辞書には当然ながら入ってないので諦めてください!
この場合だと③の意か? 魔法とは違うのかな?
いや、魔法というのが魔術と法術の組み合わせって可能性も……となると、法術は魔法の一部分ということに……考えてはみたがさっぱりだ。
「それならば、魔法は知っていますか?」
「言葉ぐらいは……ですが、ほとんど何も知りません。僕らの世界では魔法はお伽話の産物でしたから」
「なるほど……ふむふむ。それでは、法術だけでなく魔法についても説明しないといけないということですね。まず、法術とは魔法のことを指します。我々はご存知の通り魔族と敵対しております。そのため魔族を象徴する魔の一字を使いたくないのです。ですから、ミント正教会では法術という言葉を使用します」
つまり、宗教上の都合ということか。面倒だけど、こういうのに五月蠅そうな奴も教会内に沢山居そうだから気をつけないとな。
「さて魔法――以下、法術とさせていただきますが、こちらはMPを消費して現象を引き起こす異能じみた技術です。さて、この法術ですが全ての者が平等に全ての法術を使えるという訳ではありません。……そういえば、スキルについてはご存知ですか?」
「……いえ。そのスキルってどういうものなのですか?」
照次郎が申し訳なさそうな表情をしながら尋ねる……まあ、この世界の人からしてみれば常識だからな。
スキルと魔法の基礎的な情報は持っているつもりだけど、あくまで創作での話だから一致するとは限らない。
その誤差に足を掬われることだってあり得る。しっかり聞いてこの世界のスキルや魔法について学ばないとね。
「スキルとは、その者の持つ技術のことです。レベルが存在し、レベルが上がるほど技倆が上がるという構造になっています。スキルは基本的にJOBと対応したものしか得られません。基本的に、そのJOBを持つ者に弟子入りをすることでJOBを得ることができますが、勇者や聖女など特別なJOBについては弟子入りできませんのでご注意ください。また、男女で就けるJOBと就けないJOBがあります」
なるほど、スキル獲得はJOB連動式なのか。そのJOBに就くことで関連スキルが得られるようになる……が、具体的にどうやって得ることができるのかは分からないままだな。その辺り、攻略本は……ないか。そもそも異世界に攻略本がある訳がないよな。ゲームじゃあるまいし。
「法術は、対応するスキルを持っている場合に発動させることが可能です。まあ、法術はスキルレベルが一から使用できる初級法術、スキルレベルが五十から使用できる中級法術、スキルレベルが百以上になると使用できる上級法術の大きく三種類に分けられる場合がほとんどです。ただ、光魔術に関しては【光魔法】、【聖魔法】、【神聖魔法】とスキルそのものが変化する上に、スキルそのものを上位互換化する必要があります。この上位互換化については特定の法則があるのではと考えられていますが、現在調査中でして、これといった根拠は見つかっておりません」
なるほど。初級魔法、中級魔法、上級魔法か。最初は弱いものしか使えないけどだんだん強いものが使えるようになっていくゲームっぽさがあるな。柄にもなくワクワクするよ。
「ちなみに、皆様は【全属性魔法】のスキルをお持ちですよね? このスキルがある場合、【空間魔法】、【時間魔法】、【破壊魔法】、【契約魔法】、【生活魔法】、【回復魔法】、【結界魔法】などの魔法以外は基本的に使うことが可能になります。使用できる魔法については次回以降、実際に法術書をご覧頂いてからということで、まずは一度現物を見ていただきましょうか?」
魔法書をgrimoireではなくカタログと読むとは……正直びっくりしたよ。まあ、魔法の目録であることは間違いないんだけれど。
◆
大書架を出て向かった場所は訓練場。ちなみに、さっきダニッシュに武器選びをしてもらった訓練場とは違う区画にある訓練場だ。
ハインリヒ曰く「こちらは魔法関連に使用されることが多いです。まあ、特に決められている訳ではありませんが……」ということらしい。
「まず法術の構造についてお教えいたしましょう。法術は詠唱と法術名の二つから構成されています。この二つのどちらかが欠けた場合、法術は発動しません。――では、早速実践してみましょう」
ハインリヒは、『ハ●ーポッター』に出てきそうな30センチ程度の長さの彫刻が施された杖を木の的に向けた。
「〝真紅の炎よ、火球となって焼き尽くせ〟――〝劫火球〟」
ハインリヒが諳んじ終えた瞬間、掌大の赤い火球が杖の前に現れる。
火球は猛スピードで的に向かって飛んでいき、命中するのと同時に焼き尽くし始めた。
「〝清き水よ、球となって襲い掛かれ〟――〝水玉球〟」
今度は無数の水球が生み出され、立て続けに燃え盛る的に向けて放たれた。
大量の水蒸気を発生させた後、なんとか消火されたようだ。
「「……凄い」」
照次郎と孝徳から溜息が漏れる。
ちなみに、僕は感動よりも「消火に苦労するなら【火魔法】を使わなければ良かったんじゃない?」と比較的冷ややかな感想を抱いていた。
……素直に感動したかったのに台無しだよ。まあ、僕が魔法の登場するライトノベルを読み過ぎているせいで新鮮さを実感しにくくなっているって説も有力なんだけど。
「ちなみに【無詠唱魔法】のスキルを使った場合、詠唱と魔法名を口に出さずに発動することが可能です。――こんな風に」
無数の風の刃が黒焦げになった的を切り刻む。
なるほど、これが無詠唱か。
詠唱が分からなければどんな魔法が使われるか分からない。戦略的にはかなりの効果を発揮するものだ。……後々のことを考えても覚えておくことに損はないだろう。……カリキュラムの中に含まれているのか?
「それでは、皆様もチャレンジしてみましょう。……的を用意致します」
どんな魔法を使ったか分からないが、地面から木が生え始めた……これは、【木魔法】なのか?
「まず、皆様に試していただきたいのは風法術の〝風刃〟です。さっき実践した通り、風の刃を発生させる効果があります」
なるほど、アレは〝風刃〟だったのか。
というか、魔法とか法術とか使い分けるの面倒じゃない? もう諦めて魔法に統一しようよ!
「詠唱は〝風よ、刃となれ〟、魔法名は〝風刃〟です。それでは、皆様試してみましょう。……あっ、危険ですから人に向けてはなりませんよ」
……いや、わざわざ説明しなくても人には向けないよ。敵意を向けてくる人間は別だけど。
「「「〝風よ、刃となれ〟――〝風刃〟」」」
詠唱を終えると同時に手から風の刃が放たれた。
しかし、ハインリヒの時のように無数のということにはならない。……何が違うんだろう? レベルなのか、はたまた杖を使うか使わないかの違いなのか?
「全員成功ですね。ほほう、初使用でここまでの威力を出すとは」
ん? 初使用だと威力が落ちるということがあるのか?
「質問よろしいでしょうか?」
「はい、翠雨様。何でしょうか?」
「二点ほど質問させていただきます。まず、初使用だと威力が低いものなのですか、ということ。もう一つは杖を使用した時と使用しない時にどれほど魔法の発動に違いがあるかということです」
ハインリヒは目を細めた。……ん? なんだろう、見定められている? そんな視線を感じる。
「申し訳ございません。先に説明すべきでしたね。それを指摘されてしまうとは、翠雨様は聡明なのですね」
「いえいえ、滅相もございません」
照次郎や孝徳よりは多少異世界知識を持ち合わせているというだけで、実際のスペックは二人に及ばない。
まあ、こういう時ぐらい活躍してもいいよね?
「では、まずは初使用と二回目以降の違いについてお教えいたします。まず、法術の適性がスキルと対応することは覚えていらっしゃるでしょうか? 法術とスキルは使用することでより威力の高いものになっていきます。つまり、スキルレベル一とスキルレベル三十では天と地ほどの差が生まれるということです。……勿論、法術も加減ができなければ使い物になりません。あくまで加減せず全力で法術を使った場合の話です。では、同レベルの場合はどうなるか――もともとの基礎の差……つまり、個人差が影響を及ぼします。こちらは先天性のものなので基礎を引き上げることはできません。低い基礎はレベルによってカバーするというのが基本ですね」
なるほど、個体値と努力値みたいなものか。……種族値はないのかな? 魔族は魔法に秀でているとか、獣人系の亜人種は身体能力が高いとか。
「それから杖などですが、魔法発動の補助装置的な意味があります。命中精度を上げたり、物によっては魔法の威力を高めることも可能です。それ以外の使い道だと……鈍器くらいしか」
最後は意外と原始的な使い方だった。まあ、魔法使いが接近戦に弱いのはテンプレではあるけど……。
【杖術】とかもあるのかな? 上位互換化すると【神道夢想流杖術】とか【無比無敵流】になるのかな? ……いや、無比無敵流は江戸時代に為我流体術、明治時代に浅山一伝流体術を合わせたから、純粋な杖術ではないか。
「とりあえず、本日はここまでにしておきましょうか? 実際に魔法を試してみる実技を行っていきますのでよろしくお願い致します。そのために、お渡しする法術書の初級魔法の項目を覚えてきて下さい。――何か質問はございませんか?」
質問ね……じゃあ、少し気になっていることを聞いてみるか。
「あの、度々すみません。質問よろしいでしょうか?」
「はい、翠雨様。何でしょうか?」
「【無詠唱魔法】のやり方をお教えいただけませんか? ……その、度々すみません」
「いえいえ。学人たる者、向上心を持って学ぶべきです。受け身ではなく、積極的に学ぼうとする姿勢は賞賛されるべきこそあれ、否定されるべきではありませんよ」
意外と好意的に取られているみたいだ。まあ、実際は「お前らが信用できないから、今のうちに取れる手段を増やしておきたい」って意味なんだけど。
考えれば考えるほど、僕って人間不信になっているよな。教えを請う相手に抱く感情でないことは間違いないんだけど、信用し切るってのも危ないし……塩梅が難しいな。
まあ、だけどこの好々爺然とした表情の裏にドス黒感情が隠れている可能性もある訳だし……まあ、狐と狸の化かし合いになっている可能性もある。人の腹の中は分からないからな。
「さて、【無詠唱魔法】のやり方でしたね。残念ながら、スキルなのでイメージを伝えることしかできません。イメージは……そうですね、声帯を震わせることなく、呪文を強く意識するというところでしょうか?」
……なるほど、イメージは掴めたがかなり難しそうだな。
人間は何か行動を起こす時は反射を除き、目から入った情報が大脳皮質まで送られた後で四肢などに伝えられるという順序を辿る。つまり、考えて行動するということだ。
つまり、普段からイメージを元に動いていることになる。詠唱をする時点で既に頭でイメージしているにも拘わらず、【無詠唱魔法】では“声帯を震わせることなく、呪文を強く意識する”……これは詠唱をしないとは≠だ。
なかなか奥が深いな、【無詠唱魔法】。一度コツを掴めばなんてことないんだろうけど。
「それから、肝心なことがございます。【無詠唱魔法】は法術系に分類されるスキル――つまり、魔法系のJOBを持っていなければ獲得することはできません。もし、ご興味がありましたら私に弟子入りすることで大賢者を獲得することが可能ですので、気軽にお声掛けください」
大賢者は攻撃系の魔法(RPGにおける黒魔法)を扱う魔法師系と回復系の魔法(RPGにおける白魔法)を扱う治癒師や神官などの神官系を極めた場合に至れる賢者系の最終職らしい。
つまり、攻撃も回復もほとんど完璧ってことだな。
ちなみに、治癒師と神官系の違いは教会に所属しているか否かということらしい。
神官系は、助祭、司祭、大司祭、司教、大司教、枢機卿、教皇と上がっていくようだ。
神官のランクは所属する教会が与えたものがそのまま自分のものになるらしい。違いは使える法術のレベルらしく、枢機卿と教皇に至っては彼らにしか使えない専用の魔法が存在するようだ。
聖女は特殊で枢機卿と教会からは同等の地位として扱われるようだ。
聖女は【光魔法】に適性を持つものが勇者と同様に儀式を行うことで獲得できるJOBだが、こちらは当然ながら女性限定……まあ、男で聖女だったらびっくりだよ。
まあ、その権力もお飾りなんだろうけど。一応建前で与えていると言っているだけだと思うんだよね、多分。
ちなみに後々知ったことだが、〝勇者ノ儀〟とは異なり〝聖女ノ儀〟の方法に関してはミント正教会が極秘にしていないため、行うこと自体は可能らしい。現に、遠い異国にあるエリシェラ学園には【光魔法】の素養を持つ聖女候補の少女がいるようだ。
ただ、彼女はレアケースで【光魔法】保有者のほとんどがこのミンティス教国に集中しているらしい。
しかし、弟子入りすることで大賢者を獲得することができるのか。かなりお得な話だ。というか、白魔法が使える勇者って最強じゃね!? というか、聖女要らなくね。いや、ロマン的には必要かもしれないけど。
もう、いっそ勇者だけでパーティを組めばいいと思う。三人も同時に勇者にできるみたいだし。
まあ、指摘したところで特に利益がある訳でもないから、しないけどさ。
とりあえず、本日の講義は終了したということなので部屋に戻ることにした。
そして、案の定迷い迷って三人揃ってメイドに保護されたのは恥ずかしい思い出だ。
もしかして、今一番やらなければならないのは神殿宮の構造を覚えることじゃないかと思い立ち、それから夕餉までの全ての時間を神殿宮の探索に費やしたのは後々考えると良かったのだと思う。
まあ、その日は歩き回って足がパンパンになった上に疲労が溜まりに溜まって夜は泥のように眠れたけど……もしかして、戦闘訓練よりも神殿宮探索の方が体力づくりに適しているのではないかと思う僕であった。
なお、僕とは異なり早々に部屋に帰った照次郎と孝徳は、それからしばらくの間迷ってはメイドに保護されることが何度か続けたという……お疲れ様です。