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【榊翠雨視点】二人の教官との出会い――護法と聖法の騎士団長。

 異世界生活二日目 場所ミンティス教国神殿宮 訓練場


 今回もどこを通ったか分からなかった。

 階段を一つ降りて、そのまま複雑な通路を進み外に出ると闘技場のような建物に向かう。

 訓練場というからには数百人単位の人間が掛け声とともに剣を振っているような光景が広がっていると思ったが、意外にも閑散としていた。

 人の気配が一切ない……どういうことなんだ?


「ん? どうした?」


「いえ……訓練場というからには訓練している騎士の皆様がいらっしゃるかと」


「あはは、流石にそれはねえよ。ここは今俺達が貸し切っているからな。他の騎士が訓練しているところに行っても双方の邪魔にしかならねえだろ?」


 どうやら、こっちの口調が素らしい。……なんというか、知的な文官タイプなのかと思っていたけど、やっぱり武官なんだな。

 まあ、僕が偏見を持っていただけなんだけど。


「改めて、護法騎士修道会の騎士団長を務めているダニッシュ=ギャンビットだ。まあ、要するに近衛騎士だな」


「……あの、その護法騎士修道会というものについて詳しく教えてくださいませんか? 騎士修道会というのはあんまり耳にしない言葉なので」


 まあ、孝徳が疑問に思うのも当然だよな。神様を自称する異世界人が支配する某異世界の宗教集団も騎士団(・・・)だったし。

 騎士修道会っていうと、一般的には十字軍時代に、聖地エルサレムの防衛とキリスト教巡礼者の保護・支援を目的として創設された中世のローマ・カトリックの修道会のことを指すんだよな。

 まあ、異世界だから概念は全く違うだろうが。


「騎士修道会ってのは、まあ、簡単に言って仕舞えば騎士団のことだ。特に違いがあるって訳でもないが、教会の騎士団という意味で騎士修道会って名乗っている。いくつか得意分野で分かれていて、基本的にその分野ごとに仕事をしているって感じだな。聖獣……つまり召喚獣を従えて戦う獣法騎士修道会、法術……要するに魔法を使って戦う聖法騎士修道会、最高戦力とされる聖騎士(パラディン)によって構成される神聖騎士修道会、ミント正教会の影と言われる隠法騎士修道会、そして俺達護法騎士修道会の五つが存在している」


 バランスがいいな。どんな相手にもマルチに戦える戦力か。

 しかし、隠密までいるのか。……後ろ暗いことする気満々だな。


「まあ、関わるとすれば俺と聖法騎士修道会のハインリヒ様になるから他は覚えておかなくてもいいと思うけどな。あっ、ハインリヒ様には気をつけろよ。少々頭の固いお方だからな」


 ……同格の筈の騎士団長にも様づけなのか。


「さてと。まず、お前達には今から武器を選んでもらう。とりあえず、ついてきてくれ」


 ダニッシュはそう言うと、ダニッシュの背後にあった南京錠で閉ざされた倉庫の扉を腰につけていた鍵束の中の一本で解錠する。

 外開きの鋼鉄の扉の内側を視界に入れた僕達は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。


「「「……凄い」」ザ・ファンタジーって感じだ」


 奥までは見えないが、可視光が照らし出す部分だけでもロマンを感じずにはいられない鉾槍(ハルバード)星球式鎚矛(モーニングスター)戦斧(バトルアックス)騎兵槍(ランス)などの武器が整理されて置かれているのが分かる。


「Fantasyってのは確か幻想を表す言葉だったな。確かニホンゴ……ではなくEnglishだって言ってたっけ?」


 なんでダニッシュが日本語や英語って概念を知っているんだ?


「ダニッシュ騎士団長。なんで、日本って概念を知っているんだ? 確か俺達は転移する前の世界の話をしてなかった筈だぜ」


 そのことを聞こうと思ったら照次郎が先に質問していた。


「ああ、そういえばそうだったな。実は俺、お前らと同じ異世界人に会ったことがあるんだよ。そいつらのほとんどが日本って国出身と言ってたからそうかな? と思っただけだ。……そうだ。まだ誰もそのことに触れていないならこの際話すか。まず、異世界人って言っても大きく分けて転生者(リンカーネーター)転移者(トラベラー)の二つが存在する。前者は前世の記憶を保有してこちらに転生したもの、後者は異世界召喚によって召喚された者を指す。そして、この転移者(トラベラー)も大きく三つに分けることが可能だ。まずは、お前達のように〝勇者召喚(ブレイヴ・サモン)〟によって召喚された者……説明は不要だな。次に神的存在によってこの世界に召喚された者だ。本人達は証言しているが、ミント正教会としてはあんまり肯定できない。……まあ、俺は事実だと思っているけどな。ミント正教会は唯一神信仰だが、彼らが語る神が若い女性ではない老人のような姿の存在だと踏まえると、複数の神が存在するか、或いは女神ミントは存在しないかの二つになる。……この話はオフレコで頼む。最後はそれ以外によって召喚された存在……と言ってもコイツらはレア中のレアだから全転移者(トラベラー)の中で最も遭遇率が低い。俺も一人しか知らない。……一人って定義していいのかは疑問だが。まあ、そんなところか」


 さらりと衝撃の事実を明かしてくれるな。

 なるほど、地球出身者は俺達だけじゃないのか。

 神に召喚された人がいるなら確かに神は存在しているのだろう。……やっぱりいたんだ、神。なら、度々聞こえてくる助けを求める声も空耳じゃないんだろうな。


 ……というか、何気に不敬罪に問われそうな発言をしていたけど、この人本当に騎士修道会の騎士団長なのだろうか? ……もしかして、ミント正教会も一枚岩じゃないのか?

 狂信者とそこまでじゃないグループで温度差が生まれているのかもしれない。


「〝青き鬼火よ、周囲を照らせ〟――〝鬼火(ウィルオウィスプ)〟」


 青い炎が生まれ、周囲を照らす。……ライト魔法の代わりなのか? というか何気に異世界初魔法!? ……ではないけど、どれもスケールが大き過ぎて、魔法だって印象が強いのはこれが初だな。回復魔法も感動できるほどの余裕が無かったし。


「生憎と俺は【光魔法】に全く適正がなくてな。【火魔法】で代用しているんだ。多少不便だが勘弁してくれ」


「大丈夫です。……これが、魔法。凄いです!」


「ははは。孝徳だって、すぐに俺よりも上手く使いこなすようになるさ」


 ダニッシュは自重気味な笑みを浮かべていた。……もしかして、傷口に塩を塗り込んじゃったのかな?


 ダニッシュは置いてある武器には目もくれず先に進んでいく。

 ……ここにも強そうな武器がいっぱいあるけど。


「あの、ダニッシュ騎士団長。ここに置いてある武器は?」


「そこに置いてある武器もなかなかのものだ。使いたければ持っていってもいい。だが、それは只の武器だ。勇者(ブレイヴ)には勇者(ブレイヴ)にしか使えない聖剣という武器がある。お前達はその中から自分の手にあったものを選んでもらいたい」


 勇者に聖剣……まあ、王道だな。折れたら女の子に転生するって展開は……流石に無いか。

 ちなみに、二人はともかく僕はとにかくモテる理由がないので賢者を通り越して大賢者になることは間違いないだろう。……言ってて悲しくなってくる。


 武器が置かれた廊下を進むと、もう一つ見るからに堅牢そうな扉があった。

 鍵束からいくつかの鍵を取り、一つ目の鍵を差し込む。すると三つの鍵穴が出てきた。

 その三つを回すと二つ鍵穴が出てくる。鍵束の鍵と最後の鍵を差し込んで回すとギィーと音を立てて扉が開いた……からくり錠かよ!


 中には装飾が施された三つの石櫃があった。


「もしかして、先代勇者の遺体が安置されているのですか?」


「……翠雨君ってそういうのさらりと言っちゃえるよね。怖くないの?」


「あはは、翠雨は肝が座っているようだな。残念ながら(・・・・・)ここに死体はねえよ。この石櫃にはそれぞれ聖剣が収められている。勇者(ブレイヴ)は三人、聖剣も三点。――数もぴったりだ。この中から自分に合うと思うものを選んでくれ」


 ダニッシュが石櫃を開くと、中には精緻な彫刻が施された白銀の双剣と大剣と長剣が姿を現した。


「右から聖極双剣ジェルヴラ=エンドルゥール、聖護大剣ランヴァードゥケエス、聖濫煌剣アイリシュベルグだ。勇者(ブレイヴ)でなくても鞘から剣を抜くことはできるが、その力を十全に引き出すことはできない。青い輝きを放てば聖剣に認められたってことだ。〝勇者ノ儀〟を終えているお前達なら問題ない。それじゃあ、選んでくれ」


 三人で相談し、照次郎が聖護大剣ランヴァードゥケエスを、孝徳が聖極双剣ジェルヴラ=エンドルゥールを、そして僕が残った聖濫煌剣アイリシュベルグを使うことになった。

 鞘から剣を抜くと、刀身に淡い青い光が宿る。


「よし、三人とも聖剣を選べたことだし、そろそろ戻るか」



 訓練場に戻った僕達は、ダニッシュ()と対峙していた。

 その理由は「順番に一人ずつ掛かってこい。武器の使い心地を試すためだ」と言われたからである。


 ダニッシュを守るように三体の白の歩兵(ポーン)が配置されている。

 この歩兵(ポーン)達は突然現れた……魔法じゃないよな。


「この歩兵(ポーン)達は俺のスキル【ギャンビット】で生み出したものだ。安心しろ、攻撃命令は出さない」


 つまり、剣道で使う巻藁や畳表のような扱いということか。


「それで、誰から来るんだだ?」


「――まずは俺から行きます!」


 重そうな聖護大剣ランヴァードゥケエスを巨大な鞘から引き抜き、構える。

 実際にかなり重いようで、聖護大剣ランヴァードゥケエスを持つ照次郎の肩の筋肉は遠目から見ても明らかなほど震えていた。


 照次郎が一歩を踏み出すと同時に遠心力にその身を任せて横薙ぎする。

 バリバリと耳障りな音を立てて歩兵(ポーン)が砕け散った。


 聖護大剣ランヴァードゥケエスに完全に振り回されないところは、流石は運動神経抜群な照次郎と言うべきか。


「体感もしっかりしていて、聖護大剣ランヴァードゥケエスを振える膂力もある。だが、やはり大振りになってしまうところが問題だな。大剣使いの宿命みたいなものだから仕方ないといえば仕方ないが、改善できる部分は改善していかないといけないな。……さて、次は誰だ?」


「はい、次は僕が! ――よろしくお願いします」


 聖護大剣ランヴァードゥケエスを鞘に収めた照次郎と入れ替わるように、孝徳が前に出る。


「――参ります!」


 鞘から二対一体の聖剣――聖極双剣ジェルヴラ=エンドルゥールを抜き払い、二刀を十字(クロス)させ、そのまま十字斬りを放った。


「なるほど、前方の防御と十字斬りへの連携を同時に達成する攻防共に隙のない構えからの一撃か。悪くない……が、構えるまでがそこまで早くない。今回は敵が動かなかったから成立したが、もし敵が動いていたら上手くいかなかっただろう。まあ、その辺りが今後の課題かな? ……それじゃあ、最後は翠雨か」


 孝徳と入れ替わるように前に出る。

 ……照次郎は大剣の得意分野を生かしてダイナミックな攻撃を仕掛けた。孝徳は二刀流であることを生かした攻撃を仕掛けた。

 僕の得物は剣一本……特徴はほとんどない。


 二人からすると明らかに見劣りするよな。ならば、技で差をつけるか。

 って僕は照次郎みたいに運動が得意じゃないから上手くいくか分からないけど。まあ、上手く行ったら儲けものということで。


「お願いします」


 聖濫煌剣アイリシュベルグを鞘から抜き、切っ先を歩兵(ポーン)に向けるように構える。

 右回転しつつ構え、そのまま左水平薙ぎ、垂直斬り上げ、左水平薙ぎ、垂直斬り下ろしを流れるように繋げる。


 ……ホリ●ンタル・ス●エアの模倣、初めてやってみたけどできたみたいだ。そして、歩兵(ポーン)が粉砕された。

 だけど、流石にキツイな。腕の筋肉が悲鳴を上げている。


「……今のは剣技か。翠雨、剣を握ったのは本当に初めてか?」


「はい、そうですが」


「なら、今のは我流か。……荒削りだが、ここまで動けるとは驚きだな。照次郎や孝徳とは別の意味で成長が楽しみだ」


 まあ、所詮は他人の模倣なんだけどね。……しかも二次元。


「とりあえず、今日はここまでだ。明日から本格的に訓練を始めるから、ここに集合ということで。……ところで、これからのことは聞いてるか?」


「いえ……何も」


「……マジでか。とりあえず、聖法騎士修道会のハインリヒ様のところに今日中に挨拶に行った方がいい。あの人がお前らの魔法の師匠になるからな……多分。あの人以外に適任はいないし。それから鎧と普段着用に採寸が必要だってメイド連中が言ってたな。お前達の着ている服は市販されている、既に仕立て済みの既製品だからな。体にピッタリって訳じゃないだろ?」


 確かに、服は体にピッタリって感じじゃない。少しダブダブになっているのは致し方なしって思っていたけど、体に合ったものを作ってもらえるのならそれに越したことはないだろう。

 ……メイドさんに採寸されたりしないよね?



 二つ選択肢があったが、まずはメイド達の方を終わらせることにした。


 慣れた手つきで身ぐるみを剥がされて、身体の隅々まで調べられる。

 メイド達は反応一つせず淡々と仕事を進めていく……一瞬メイドロボかと思ったよ。


 メイド達が仕事を終えて一人を残して去った後、着替えた僕達は残ったメイドに案内してもらい、階段を一つ上って五階に移動する。

 複雑な廊下を歩き、辿り着いた場所には強固な鋼鉄の扉があった。


 扉の中央部には【聖法騎士修道会 ハインリヒ=インスティトーリス入室中】と書かれたプレートがはめ込まれている。


「……ご武運を」


 メイドは洒落になっていない言葉を残して去っていった。

 ……「ご武運を」って、この中に何が待っているっていうんだよ。何かと戦うことになるのか!? 鬼が出るか蛇が出るかってことか!!


 ノックをしてから重い扉を開ける。


「「「失礼しま……」」」


 僕達は目に飛び込んできた光景に思わず声を失った。

 三階をぶち抜いたと思えるほど高い天井と、壁一面を埋め尽くす本棚。

 分厚い本が隙間なく並べられた本の数は分からないが、恐らく一万は優に超えるだろう。その一つ一つに装飾が施されている。……総額でどれくらいになるのか、想像がつかない。万が一焼失したらどれほどの被害になるのだろう?


 脚立一つ存在しない。上段の本をどうやって取るのだろう? と思ったら、床に上昇気流の意匠が中央に存在する魔法陣が描かれていた。もしかして、本を取るために飛ぶの? 確かに飛行は魔法使いと聞いて真っ先に思い浮かべるものだけど……。


 そんな部屋の中央には長机が置かれ、無造作に本が積み上げられていた。

 その中に埋もれながら一人の老人が作業を続けている。


 黙々と十五分ほど本と睨めっこしていた老人だったが、休憩をしようとして顔を上げた時にこちらと目があったことで、ようやく僕達に気づいたようだ。


「……おや、貴方達は。そうでした、そうでした、すっかり忘れてしまっておりました。いや、失敬」


 窪んだ眼窩と蓄えた白い顎髭が印象的な老人は椅子から立ち上がり、ローブを正した。


「はじめまして、儂は聖法騎士修道会の騎士団長――ハインリヒ=インスティトーリス。主らに法術(・・)を教える役割を与えられているただの老骨です」


 ハインリヒはいかにも好々爺然とした表情で、そう自己紹介をした。

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