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どうやら異世界カオスでも豚草姫が痩せると美女になるというテンプレは変わらないようだ。

【プリムラ視点】


 私は、農家の父と母の間に生まれた。

 ごく普通の家庭に生まれた私は、それなのに一人だけ特別だった。

 聖女(ラ・ピュセル)になることが運命づけられているような一部の、特別な人しか持たない【光魔法】という稀有なスキルを持って生まれてしまった私は、その小さな村で聖女と崇められ、最終的にその国で最も優秀な者が集まるエリシェラ学園に入学することになった。


 実の父や母すら、神からの授かりもののように扱い、決して一人の我が子として扱ってくれない。私はそんな環境で孤独を抱えて生きてきた。

 私はエリシェラ学園に入学することで、何かを変えられるかもしれないと期待していた。


 だけど、エリシェラ学園に来ても何かが変わる訳ではなかった。


「農民のくせに、【光魔法】を持っているからっていい気にならないでよね!!」


「ここは貴族の学園なのよ! アンタみたいな平民に居場所なんてないわ!!」


聖女(ラ・ピュセル)候補だからってチヤホヤされて、いい気になっているんじゃないわよ!」


 そもそも私は平民で、エリシェラ学園は貴族の通う魔法学園――私が場違いなのは明らか。

 あの村の人々は、私が立派にエリシェラ学園を卒業して、聖女(ラ・ピュセル)になることを望んでいる。

 もし、エリシェラ学園を去れば、私に帰る場所はない。


 私にはもう、選択肢が残されていなかった。どれだけ辛くてもエリシェラ学園で三年間を過ごし、必ず聖女(ラ・ピュセル)になる――それが、私の生まれた意味なのだから。


「一体何をしておられるのですか? この学園に入学したその日から、家柄を問わず皆平等に扱われる――それが、エリシェラ学園です。貴族だからと権力を振るうということは、お家の教育を、ひいては家そのものの品位を疑われることになりますが」


 いつものようにイジメられていたその日、私はジルフォンド様と出会った。

 こんな私にも手を差し伸べてくれる人がいるのは驚きだったし、それがこの国で最も権力を有する大公家の長男だと知った時はもっと驚いた。


 その後はジルフォンド様のおかげか貴族令嬢達からイジメられることが格段に減った。

 そして、頑張って勉強を続けて来たのが功を奏したのか、実力考査で優秀な成績を取り、ジルフォンド様が会長を務める生徒会に所属することになった。


 生徒会の皆様は、私のことを暖かく迎えてくれた。

 私の人生で一番落ち着ける場所は、多分ここだと確信した。


 そして、その中心にはいつもあの人がいる。

 陽だまりのような笑顔で、みんなの中心にいるあの人が。

 あの人は、私にも優しく接してくれた。だけど、私はその優しさを素直に受け入れることができなかった。


 ……だって、私は愛してしまっているのだから。あの人の婚約者のことを。



 異世界生活四十九日目 場所エリシェラ学園


 学園に来てから大体一ヶ月くらい経った。

 正直、これだけ長い間一箇所に留まっていたということもなかなか無かったと思う。


 別に学園が居心地がいいとか、そういう理由ではない。まだ、超古代文明マルドゥークに繋がるものがこの国に一つだけ残されているからだ。

 まあ、思っていたほど貴族が絡んでくるということも無かったけど。それどころか、最初に何人かの生徒に時間外に分からないところを教えていたのがきっかけとなり、最終的にどんな相談事でも聞いてくれるお悩み相談室的なものが生まれたみたいだし……何でも言うことを聞いてくれるなんとかチャンなのだろうか? うむ、よく分からん。


 時間外労働だけど、学園から指示されたものということでもないので完全にボランティアだ。

 今は中学校や高校の部活顧問をしている先生ってきっとこういう気分なんだろうな、と思いながら貴重な経験をさせてもらっている。……まあ、教師になる気は毛頭ないが。とある県だとある大学出身じゃない限りは出世できないとか、そういう裏事情があるみたいだし……ってそういうのはどこも同じか。深淵は深淵でもそういう深淵は覗きたくないな。


 場所は生徒指導室を使わせてもらい、秘密は決して外部には漏らさないという保証つきだ。

 特に女子の恋愛系の話が多く、基本的にはついていけずおざなりな対応になることが多い。でも、それがいいそうだ……うん、よく分からん。もしかしたら、誰かに聞いて欲しいだけなのかもしれない。


「失礼いたしますわ」


「失礼する」


 ヴァングレイとノエリアだな。乙女ゲームの攻略対象とライバルキャラだったようだが、この世界では主人公のプリムラとは生徒会の一員として仲良くしていること以外は特に接点がなく、その関係が脅かされることはないようだ。


「すみません、お茶とお茶菓子を切らしてしまっていて。……とりあえず、食堂からもらって来てから仕切り直せば良いでしょうか?」


「草子先生にご迷惑をおかけする訳には参りませんわ。ここは私が――」


「……ノエリア、俺達はここに相談をしに来たのであってお茶を堪能しに来たわけではない。草子殿、お気遣いは結構ですので、本題に入ってもよろしいでしょうか?」


 ヴァングレイは結構せっかちなタイプだ。形よりも中身を大事にするタイプといい直した方がいいだろうか?

 まあ、別にいいんだけどね。相手が貴族だから機嫌を損ねちゃまずいなってやっているだけだし。小市民なもので、すんません。


 しかし、ここに来た目的は何だろう? 二人は誰が見てもイチャイチャラブラブなイチャラブカップルだし、特に相談することもないと思うんだが。

 浮気調査ならノエリアが一人で来るだろうし。


「本題なんだが……今度、学園内でピアノコンサートをすることになった。そこで、草子殿に何かいい曲があればおススメしてもらいたいと思い、今回相談させていただくことにした」


 なるほど……しかし、改めてマジマジ見ると手が大きいな。


「あの、草子様。ずっとヴァングレイ様の手をマジマジと見られているようですが、何かあったのですか? もしかして、手フェチなのですか?」


「いや、そういうことじゃなくて……そうですね。俺がオススメするのは『パガニーニによる大練習曲』第三番 嬰ト短調、ラ・カンパネッラです」


 スマホから何かに使えるかなととっておいた楽譜を探し出し、二人に見せる。


「……あの、草子様。物凄い悪意の篭った笑みを浮かべられているのですが……何か企んでいるのですか?」


「別に何も企んでいませんよ。ただ、あまりにもお二人が幸せそうなので、ちょっとイラッと……いえ、なんでもございません。この曲は俺の知る限り最高難度に数えられる一曲です。例え、ヴァングレイ様が天才でも簡単には弾きこなせまい」


「……草子様、いくらなんでもあんまりですわ!」


 ……まあ、別に二人に嫉妬したとかそういう訳じゃないんだけどね。イラっとしたのは本当だけど。寧ろ、全力で後押ししてる?


「……ヴァングレイ様、草子様の見え透いた罠に引っかかってはダメですわ! ……草子様ならきっちり最適な案を出してくれると思いましたが、どうやら勘違いだったようです。とっとと行きましょう、ヴァングレイ様」


 とりあえず、ノエリアにはご退出いただき、出て行く直前のヴァングレイに声を掛けて少し残ってもらう。


「ああ、言い忘れてたんだけど。『パガニーニによる大練習曲』第三番 嬰ト短調、ラ・カンパネッラは、とにかく魅せるピアノでね。『ピアノの魔術師』と呼ばれたフランツ・リストが、何人もの女性を虜にしたって伝承? が残っている。最高難易度だが、ミスなく演奏したらどれほどカッコいいか。もし、弾き終わった後に、ノエリアに花束なんか贈ったら、もっと愛が深まるんじゃないかな? ってあくまで希望的観測だけど」


「……なるほど、それが草子殿の策ということか。わざとノエリアを怒らせて退出させたのも、サプライズにするためか? ……もしや、草子殿に対抗するためにこの曲を選び、完璧に弾きこなして鼻っ柱を折ったという演出をするために自ら悪役になるよう振る舞ったのか?」


「さあ? 俺は真実しか口にしませんよ。ちょっとイラっとしたのは本音ですし。俺はただ。『パガニーニによる大練習曲』第三番 嬰ト短調、ラ・カンパネッラがいかなるものかをお伝えしたまでです。後で楽譜を【筆写】して渡しに行きますが、この曲を選ぶかはヴァングレイ様が選ぶことですので」


「……ありがとう」


 さて、と。これでまた一組相談が終わったか。後何組あるんだろう? そして、いつになったら食堂で夕餉を食べてテントに帰れるんだろう? いい加減、時間外労働分を学園に請求しよっかな?


「次の方、どうぞお入りください」


「失礼いたします」


 おっ、お次はシャートのようだ。エリシェラ春の攻略対象祭りでもやっているのだろうか? そのうちジルフォンドとかフィードも来たりして。


「草子先生。みんなには……特にお義姉様にはご内密にしていただけないでしょうか?」


「勿論、秘密は漏らさないよ。そのことをネタに強請るなんて恐れ多くて……よっぽど腹に据えかねないなら無いと思うけと」


「……草子様なら、本当に脅迫しかねませんね。逆鱗に触れるような行為は謹んでおかねば」


 俺ってそんな風に見られているの? 俺、恐れ多くて貴族を強請ったりできないよ! ただ隕石を落とすだけだよ!! ……えっ、そっちの方がダメだって? お前はそろそろ自分の感覚が麻痺っていることを自覚しろって? ……俺は正常だよ? 清浄じゃなくて、正常だよ! 〈清浄●る世●の理〉でもないよ!!


「それで、どうかしましたか?」


「実は昔から好きな人がいるのですが……その方には、婚約者がいまして……一体僕はどうすればいいのでしょうか?」


 ……だから、俺に恋愛系の相談で最適解を出すことは無理なんだって。

 えっと、もしかしなくてもロゼッタのことだよね。……そういえば、シャートって攻略対象だった! ……もしかして、あのパターンだと、婚約者を脅かす最強のライバルになるんじゃないか? よし、ロゼッタがジルフォンドルートで失敗したときのために、ちょっとだけ手伝うとするか。某韓ドラの廉宗(ヨムジョン)みたいに上手くはできないけど……というか、あの人は天才だし、こんなモブと比較できる訳がない。……というか、廉宗(ヨムジョン)の真似をしたら恋が破滅に直結することになるな……真似しちゃダメじゃん!


「そうですね……まず、その方はきっとシャート様のことを恋愛対象として認識していない可能性が高いです。恐らく、可愛い義弟だと思っているのでしょう。シャート様が真っ先にすべきことは、自分が男だと、その方の恋愛対象になり得るのだと認識していただくということです。……荊棘の道を進むことを覚悟してください。貴方の思い人に婚約者がいることだけが問題ではありません。可愛らしいルックスのシャート様をお慕いする令嬢も数多くいらっしゃるのです。ちなみに、ここだけの話ですが、既にシャート様のファンクラブも存在するようです。最悪の場合は彼女達を敵に回すことになります……まあ、その相手がロゼッタ様となれば皆様もご納得されると思いますが」


「草子様にはなんでもお見通しなのですね。……しかし、男らしくですか。僕には難しそうですね」


「男らしくって、別にシャート様の可愛さという武器を捨てろといっている訳ではありませんよ。寧ろ、その武器を利用するのです。ほんの少しだけ、ロゼッタ様がお困りになっている時などに力を貸して、『シャートって頼りになるな』と思っていただくのです。まあ、一度では効果が薄いでしょうが、何回か繰り返せば、きっと少しは効果が出ると思います。……後は、ですね。当たって砕けろです」


「……当たって砕けろですか?」


「まあ、そのまま玉砕したら意味がありませんが。『私の気持ちって分かる? 私のことを愛しているなら分かるよね?』……はい、分かりません。分かる訳ないでしょ! 以心伝心なんてどんなに愛し合っていても無理です。そんなのは、一卵性双生児でも限られた者しか持ち得ない固有技能(ユニークスキル)のようなものです。言わなければ、言葉にしなければ、気持ちなんて伝わりません。どんなに迷っていても、結局YESかNOの二択でどっちになるかしか道はないのです。片想いを両想いに変えるためには、ちゃんと言葉にして伝えることが重要です……って告白された経験もした経験のない万年彼女無しのぼっち君に言われても説得力は無いと思いますが」


「アドバイス、ありがとうございます。必ず気持ちを伝えて、お義姉様を――ロゼッタを振り向かせてみせます」


 うむ、これで良し。実は俺って他人の恋愛フラグを立てるの得意なんじゃないかな?

 経験はないけど知識はあるからどうするのが最適なのかはなんとなく分かるんだけどね。まあ、それを実践しようとは全く思わないけど……素材が素材な訳ですし。


 シャートが退出した際についでに外を見たら長蛇の列は全く減っていなかった。

 一体俺はなんのためにこんな他人の惚気話を聞いたり、他人の恋を応援したり、次のお茶会にどんなお菓子を出せばいいのかを一緒に検討したりしているんだろう? あの、本気で残業手当いただけませんか!!


「えっと、次の方」


「お久しぶりです。草子様」


 ……えっと誰? 見たことのない令嬢だ。しかも、相当な美形。プリムラとかロゼッタとかノエリアにも匹敵する……お久しぶりって言われてもな。こんな美人、クラスにいたっけ? いや、貴族って七十パーセントくらいは美形なんだけど。


「……あの、すみません。どなたですか?」


「……お忘れになられてしまうのも無理はありませんわ。私は草子様にとって名前を覚える価値すらない最低のクズ人間ですから。お久しぶりです。かつては、ディスクルトゥ=ノルマンディーと名乗っておりましたが、今はマイアーレ=ノルマンディーと名乗らせていただいております」


 えっ、もしかしてあの時の豚貴族!? 劇的なBEFORE AFTERだ! だけど、辛うじて面影だけは残しているようだ。……あの、なんでわざわざマイアーレなんて名前にしたんですか? 狙っているんですか! 俺に対するあてつけですか!! maiale(マイアーレ)ってイタリア語で豚って意味だよ!!


「本日は相談ではなく、草子様にお礼を言いたくて参りました。償いになるとは思いませんが、私が女性蔑視の発言をしてしまった皆様には謝罪して回ろうと思っております。……草子様に女体化させられた私は、その容姿も相まって様々な方から陰口を叩かれるようになりました。そんな状況が続き、嫌になった私は負けたくないとダイエットを始め、なんとか効果が現れ始めたという状況です。……自分が蔑視していた側になって初めてその辛さに気づきました。もし、あの時草子様に切っ掛けを作って頂けなかったら、恐らく今の私はこの世にいないと思います」


 まあ、ですよね。いや、そもそもこんな風に変わる訳がないし、女体化させた張本人がどうしてこうなった! って言いたい状況だよ。

 というか、いつのまにか豚草姫を卒業してるし……やっぱり豚草姫は痩せると美女になるのがテンプレのようだ。


「なるほど、理解してくれたということか。良かった良かった。……それで、男に戻せばいいのかな?」


「いえ、私は今の自分に満足しています。もっともっとお洒落をして、女を磨いて、貴族令嬢の皆様ともお友達になって楽しくお喋りするのが今の夢です」


 なるほど、身も心も女になってしまったようだ。まあ、女を知ると男に戻れないってのはテンプレだからね。

 まあ、自分に【性転換】スキルを使う予定は今のところないけど。


「それでは、失礼いたしますわ」


 そう言って、マイアーレは来た時と同じように風のように去っていった。リアル『風と共に去りぬ』だ。マーガレット・マナーリン・ミッチェルを召喚したほうがいいのだろうか?

 ……うん、本当にこの展開は予想外だよ。いや、まさかね。こんなことになるとは流石に思ってなかったよ。改心してくれたらいいなぁ、程度だったのに……まあ、本人がいいならそれが一番なんだけど。


 めでたしめでしたえーじぇんしー? いや、めでたしじゃなかったよ! あのTCG風カードを渡した犯人に関する情報を聞かないと! ……まあ、そんなに情報は得られないと思うけどね。とりあえず、今度会ったらにしよう。この長蛇の列を放置することは無理だし。

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